第96話

深夜。

俺は腹部の激痛によって意識を現実に引き戻された。うぐおぉぉ何だ何が起きた!?

腹がきゅううぅぅと締め付けられるように糞痛い。余りの痛みに俺の意識は直ぐに明瞭になった。もしかしてアレのせいか。昼間治療師に無慈悲に宣告された腹の中のファッキンパラサイトども。治療院から放り出された後、俺は早速虫下しを口の中に放り込んだのだが、どうやら俺の腹という快適な借家を無断で占拠した不良住人どもは、大人しく出ていく気はサラサラ無いらしい。おのれニート、じゃなかった寄生虫ども。絶対にぶっ殺してくれる。


怒りに燃える俺は寝台からハネ起きた。そして、治療院で貰った丸薬のような虫下しを何個かひっ掴むと、叩き付けるように口の中に放り込んだ。次いで、部屋に置いておいた水桶を呷って一気に喉の奥に流し込む。うががが糞痛ってええんだよこんのヒモ野郎どもが。俺の腹の中にはお前らの席は一つもねえ。治療院謹製の毒薬攻撃でそのまま往生せいやあ。


其のまま倒れる様に寝台に身を横たえた俺は、腹を両手で抱え込んでただひたすら激痛と戦い続けた。そして何時しか、俺の意識は再び暗闇に沈んでいった。


俺が再び目覚めたのは、実に丸2日後であった。その間朦朧とした意識の中で、治療院で貰った虫下しを何度か服用した気がする。そして、先ほど俺が便所でケツと口からヒリ出したブツは、確実に俺の精神を抉りまくってきた。今迄俺は腹の中に、あのエ〇リアンの幼生体みたいな生物を飼っていのたかと思うと震えが止まらん。目が覚めてからは腹部の拷問のような痛みはもう感じないが、念のため治療院で貰った虫下しの薬は全部飲み切ろうと思う。因みに薬は超適当に投げ渡されただけで、食後とか寝る前とか一度に何粒とか服用の説明は一切無かった。あの治療師目つきが怪しかったし、無駄に可愛い助手を侍らせてやがったし、微妙にヤブな香りがするのだが大丈夫だろうか。貰った薬は一応効いているみたいだけど。


あと、回復魔法は当分使用を控えねばならん。消化器回生術などの消化器系に直接作用するような回復魔法でなければ問題無いとは思うが、念の為だ。折角虫の息になった寄生虫どもが奇跡の大復活なんて果たしたらシャレにならんからな。


そんな訳で。今の俺は下手に頑張るよりも、ひたすら養生して身体を治すのが最優先事項である。抗生物質も抗ウイルス薬も無いこの世界では、怪我や病気が非常に恐ろしい。難敵は何も目に見える手合いばかりじゃないのだ。休むべき時にはしっかりと休まねば、命が幾つあっても足りないだろう。排泄の衝撃から辛うじて脱した俺は、まずは宿屋の食堂に顔を出して消化の良い食い物を頼んでみた。すると、ドロドロの味の無いヨーグルトのような物体が出てきた。だが、今の俺に怖いものなど何も無い。その気になれば宿屋の床や壁だって食える。俺は味の無いドロドロに持参した塩をパラパラ振って何事もなく完食すると、隣接する狩人ギルドの建物に向かった。目的は情報収集だ。あの後、迷宮はどうなったんだろうか。俺が迷宮の中を彷徨っている間、死体以外の他の探索者の姿を殆ど見なかったし、地上の様子が気になる。もし日本でアレだけ死人が出たら、連日トップニュースの大騒ぎだろう。


狩人ギルドに入ると、またしても俺は注目の的だ。だが、こんなズタボロの服で汚な臭い男に声を掛ける勇者は誰も居ない。特に下半身は、ボロボロすぎて愚息が殆ど見えかけている。此処が日本なら、速攻で110番されるか外に叩き出されて職質のターゲットにロックオンされることだろう。俺は最早完全に開き直って半ば堂々と破れた下半身の隙間から愚息をチラチラ見せつけているが、此のまま猥褻物を衆目に晒し続けると、そのうち衛兵に通報されて連行されそうな気がする。加えて、俺が迷宮を徘徊してる間に外の季節は冬になってしまった。此の迷宮都市は標高が高いせいか、今の格好は正直かなり寒い。とは言っても凍死するほどでは無いが。


此れ等の理由から早々に新しい服を仕立てねばなるまい。だが、この世界の服ってチープでシンプルに見えて意外と高いし、一々仕立てなければならんので非常に面倒臭い。仕立て屋は吊るしで適当なサイズの服を置いとけよと思う。


ともあれ、俺は何時もの赤毛のおっさん職員がヒマそうになる頃合いを見計らって、声を掛けてみることにした。幸い、他の受付嬢と違って赤毛のおっさんのカウンターに順番待ちの列は無い。俺がおっさんに近付くと、気付いたおっさんから声を掛けてきた。


「やあカトゥー君。もう身体は大丈夫なのかい?」


「いや、駄目だ。もう暫くの間 身体を休めるつもりだ。」


「そうか。そういえば、君のギルドカ「俺達は『古代人の魔窟』で ハグレにやられたんだが、迷宮の様子は どうなっている。」

カウンターに肘をついて身を乗り出した俺は、赤毛のギルド職員の話を食い千切るように訊ねた。職員のおっさんは俺の真剣な迫力に気圧されたように少し仰け反った。


「あ、ああ。君は『古代人の魔窟』に潜っていたんだね。久方振りに強力なハグレが出現した話は僕等も聞いているよ。そうか、運悪くハグレに遭遇してしまったのか。そいつは災難だったねえ。」


「俺は迷宮の中で 相当な数の死体を見た。被害は甚大な筈だ。なのに、地上の様子は 以前とあまり変わっていない様に見えた。迷宮を閉鎖したり しないのか?」


「ああ。そりゃ始めは大騒ぎだったよ。低ランクの連中は怯えて『古代人の魔窟』に寄り付かなくなってしまったしね。でも、閉鎖?何故迷宮が閉鎖されなくちゃならないのさ。」


「い、いや。そのままじゃ危険だろうし。」


「なんで?迷宮で死人が出ることなんて日常茶飯事だろう。それに、ハグレの出現も今に始まったことじゃないし。」


お、おおう。マジかよ。こいつは異世界カルチャーショック。いや、地球でも日本が平和過ぎただけなのかも。俺が見た限り、あの階層守護者の部屋に積まれた山の死体は10や20じゃ全然効かないぞ。其れどころか、そのままハグレの腹の中に納まった連中もゴマンと居るはずだ。いくら迷宮の中の出来事が自己責任とは言え、いささか以上に人の命が軽すぎやしないだろうか。


思わずおっさん職員に改めて現状の危険性を問い質してみると、


「ベニスにある迷宮は『古代人の魔窟』だけじゃないし、死にたくなきゃ要はあの迷宮に潜らなきゃ良いだけだからね。それに、ハグレに殺られたと思われるのは凡庸な低ランクの狩人ばかりだから、其れほど大事とは言えないよ。確かに此のまま『古代人の魔窟』に探索者達が寄り付かなくなるとギルドの運営的には結構痛いけど、此の件に関しては今はまだ緊急性と脅威度は左程高いとは見做されていないね。」


おっさんは淡々と答えた。ううむ、何ともドライ。ギルドの受付なら行方不明者の中には直接言葉を交わした連中も居るだろうに。こんな様子じゃほぼ最低辺ランク狩人の俺の命なんて、蜻蛉並みに扱いが軽そうだな。このおっさんは一応俺の荷物を捨てずに取っておいてくれたし、再会を喜んでくれたので感謝はしている。けれども、あの時行方不明になって更にもう1か月も経っていたら、おっさんは俺の事なんて完全に忘却の彼方になっていそうだ。


「それにね。」

おっさんは俺にむさ苦しい顔を寄せると、耳元で囁いてきた。正直キモいし加齢臭が鼻に付く。


「君も噂くらいは聞いているかもしれないけど・・今、北域の国々は相当にキナ臭い事になってる。悪くすれば迷宮のハグレどころじゃ無くなるかもしれない。」


「・・・そうなのか。」

そう。迷宮から生還してから僅かな間ではあるが、俺も町中でキナ臭い噂話を何度か耳にした。現在、此処より北にある小国家群は風雲急を告げ、戦乱の嵐が巻き起こりつつあるらしい。その切っ掛けって、もしかしたら俺がファン・ギザの町で従軍した時のアレじゃないだろうな。


何れにせよ、俺は戦場で武功を上げるだの立身出世だのには興味は無い。俺は波乱と万丈に満ち満ちたこの世界において、田舎でスローライフとやらを目指す糞詰まんねえ生き方を志す腹づもりは無い。だが、だからといって自分から超ヤバそうな戦場に突っ込んでいくなど論外だ。戦場で華々しく活躍する英雄ではなく、戦災を避けて田舎に疎開する小市民の側だからな俺の立ち位置は。場合によってはこのベニスから早々に旅に出る覚悟もしておかねばならんだろう。・・・一応言っとくが、疎開とスローライフは全然違うからな。


ともかくキナ臭い話は一先ず置いておいて。おっさん職員の話では、一応ベニスの領主が腰を上げて『古代人の魔窟』のハグレには公式に討伐依頼が出されたらしい。人選はギルドに一任された為、狩人ギルドでは今、指名候補の狩人PTと連絡を取っているそうだ。だが、連絡手段の乏しいこの世界では、定住していない連中に対してコンタクトを取るには何かと手間が掛かる。


しかし先程も思ったが、随分と悠長な話だ。俺達がハグレに襲われてから1か月以上は経っているハズなのに。産業の迷宮依存度が高いこの都市において『古代人の魔窟』はかなり重要な迷宮のハズだ。人死にが大勢出ている事を切り離して考えたとしても、その重要な迷宮が機能不全に陥っているにも関わらず、都市の上層部の動きがやけに鈍いように感じる。迷宮群棲国の周辺国がキナ臭いのを考慮してもだ。


実はその主な理由は何となく想像が付いている。単純にこの世界の常識ではこんなもんだとか、都市の上層部が世評に疎かったり危機感に乏しいだけの可能性もあるが、此れだけの大都市を運営している連中がそんなボンクラばかりだとはとても考え辛い。少なくともケツから迷宮産の寄生虫をヒリ出してる俺なんぞよりは遥かに脳ミソが冴えてるハズだ。


俺の考えるその理由については迷宮『古代人の魔窟』の秘密が関係している。秘密といってもベニスの住人は皆知ってるんだけどな。実は、ベニスで『古代人の魔窟』と呼ばれる迷宮は俺達が潜ったあの迷宮だけではない。実はもう一つ、古代人が建造したと噂される似たような規模と、同じ特徴を持つ迷宮がこの都市の近郊に存在する。その双子の『古代人の魔窟』とも言うべき迷宮の中では、俺達が潜った迷宮と同様に消える魔物が徘徊しており、討伐すると魔石を残して崩れ去るらしい。そして、そちらの迷宮はベニスの領主によって厳重に管理されており、一般に開放されてはいない。もし許可なく侵入した場合、如何なる理由を問わず問答無用で処刑されるそうだ。怖えよ。因みにどこの世界でも欲深い連中は居るようで、毎年何人もの人間がその禁断の迷宮に「盗掘」に入って処刑されている、らしい。そして、今回は誰ソレが処刑されたらしいとまことしやかに囁かれるその話は、迷宮都市の暇な住人達による鉄板の噂話である。


その『官製古代人の魔窟』(俺命名)では領主公認の凄腕魔石「採掘者」達が迷宮に潜ってゆき、厳格に管理された採掘量とスケジュールに従って、日々大量の魔石を「採掘」しているそうな。そんなワケで。一般開放された『古代人の魔窟』が一時的に機能不全に陥った場合でも、『官製古代人の魔窟』さえあれば焦らずとも魔石の産出量も輸出分の魔石の在庫も問題なく調整可能ということなのだろう。ハグレへの対応が鈍い理由については俺の勝手な想像も多分に入ってはいるが、其れほど的外れでも無いと思う。


「おいコラ。」

俺は半ば物思いに耽りながらおっさんと適当に喋っていると、突然誰かに後ろから肩を思い切り掴まれた。ああん?イラ付いて振り向くと、見上げた先にブチ切れた同業者と思しき顔があった。その顔は髭面のかなりの強面で、更に怒りで歪んでいて超怖い。しかも筋肉を見せ付けるような半裸の服装で体格も身長2mくらいありそう。ヤ、ヤバい。此処ギルドの受付カウンターだった。す、すんません。俺は強面にペコペコと頭を下げると、職員のおっさんに挨拶をしてそそくさとカウンターを離れた。


その後、俺は別のカウンターで魔石を何個か換金すると、狩人ギルドの建物から外に出た。その足でそのまま向かう先はスラム街だ。出来るかどうかはまだ定かでないが、俺が見込んだスラム街の少年、スエンに一つ仕事を依頼する為だ。ついでにスエンの弟のルエンに助けて貰った礼でもしに行こうか。




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