第95話

俺が次に向かったのはこの世界の病院だ。この世界には一応診療所、ホスピタル的な施設がある。其処ではよもや謎の祈祷師やら呪術師みたいな連中が、悪霊を祓いたまへと祈祷したり、謎の呪文を唱えながら怪我人や病人の前で踊り狂う、なんてことやるほど原始的ではないだろう・・と思っていたのだが。市井の町医者や診療所的な場所ではガチでそういう事も行われているらしい。露店のおっさんから話を聞いた時にはぶったまげたぜ。


俺が信奉するのは言うまでも無く現代医学である。回復魔法などという怪しさ大関級な能力を身に付けた此の身ではあるが、本音を言えば怪我をしたり病気になったら現代の医師免許を持つご近所でも評判の良い先生に診察して頂きたい。切なる願いだ。尤も、俺が医師に回復魔法なんぞ披露したら逆にぶったまげて即通報されそうな気がするけどな。とは言え、此処は地球上ですらない何処ぞの異界である。例え国境なき医師団の方々でもよもや次元の壁だか空間の壁だかを踏み越えて、こんな場所までカッ飛んで来ることは不可能であろう。何処とも知れぬ異界の都市にそんな方々が居る訳が無いので、結局のところ妥協して落とし所を探るしか無いのだ。


とは言うものの、この世界において俺から見て多少なりともまともな医療機関で診療を受けるには、一定水準を超える地位、役職、或いは金が必要であり、其処らの貧乏な一般人では軽く門前払いされてしまうようだ。なんとも世知辛いものである。それ以外の選択肢を考えると、この世界の宗教施設・・いや、もう面倒だから教会でいいや。教会の高位聖職者の坊主どもは、神の奇跡とやらで俺の回復魔法みたいに傷を治したり、病を治癒することが出来るらしい。尤も、此方に関してもバカ高い寄付金(プラス賄賂)を要求されるそうなので、ハナから貧しい庶民はお呼びでない。


貧乏人にも分け隔てなく奇跡を分け与える清廉潔白ついでに清貧な高位聖職者なんぞ、この世界じゃどこぞを放浪する奇特な野良聖職者くらいしか居ないそうなのだ。そして庶民側にとっても其れ等が当たり前で、巨額な寄付金を分捕る聖職者どもを強欲だの生臭だのとは思っていない。勿論、俺がそんな野良聖職者を都合よく捕まえられる筈も無い。そら庶民の間で祈祷師やら呪術師が幅を利かすのも納得ですわ。ついでに地域の主の爺婆御用達の医学的根拠皆無な民間療法も大活躍してそうである。


因みに今迄見聞した限りでは、ビタを除いて俺以外にこの世界で回復魔法を扱う奴は誰一人居なかった。或いは先程述べた高位聖職者の坊主共が扱うと噂される神の奇跡とやらがそれに近いのかも知れんが、実物を見たことが無いので真偽は定かではない。それどころか、其の坊主どもに本当にそんな能力があるかどうかも疑わしい。何故なら自分の眼で確認したわけじゃないからな。それに、地球でも似たような胡散臭い事例があったし。何れにせよ、俺の回復魔法に関する情報の開示は益々慎重にならねばならんだろう。


この都市に来てから狩人ギルドの職員を中心に色々と聞き込みをしていおいた結果、今回俺が選んだのは薬師ギルドと提携している治療院だ。更に此の施設はどこぞの神を信奉する教会の関連施設でもあるらしい。因みに俺が居るこの地域の周辺国や東の大国には薬師ギルド以外の治療関係のギルドは恐らく存在しない。懐かしの日本には医師会があったのにな。治療院、薬師ギルド、教会、神の奇跡、何故か未発達な西洋医学的な医療技術。・・うっ、何となくこの世界に数多ある闇の一端に触れたような気がする。あまり踏み込まない方が良さそうだ。


教会の胡散臭い奇跡を除けば、この世界で名の知れた治療院による治療法は、西洋医学よりも漢方のような東洋医学的な治療がメインである。薬師ギルドが幅を利かせているからさもありなん。情報を集めた限りでは外科手術なども行われてはいないようだ。何ともデンジャラス。戦闘などで内臓が傷ついたら、俺以外ほぼ終わりだな。そして、貧乏人専用の怪しげな診療所と怪しげな治療師は掃いて捨てる程存在するようだが、然るべき治療院では薬師ギルドの構成員が医師を兼ねている事が多いようだ。ドクターとファーマシストが分かれていないようなもんか。更には専門分野も特に分れていないようなので、虫歯からケツの切れ痔まで全部同じ人が面倒を見てくれるそうだ。日本で言えば色々な教科を独りで教える小学生の教師みたいだな。


道に迷いながらもどうにか目的の治療院に辿り着いた俺は、其のまま中へ乗り込もうとした。だが、ズタボロの見た目と割れたギルドカードお陰で、その後三悶着くらいはあった。ムカつくのでその詳細は思い出したくもない。そして、最後は金貨を支払って半ばゴリ押しでどうにか診察を受けることが出来た。俺を診察しようとした治療師の第一声が、何でアンタ生きてるの?だったのは笑えねえけどな。


治療師は俺の症状と身体に興味を持ったのか、思いの外食い気味に熱心に診察をしてくれた。その結果、俺の身体は極度の栄養失調と、案の定体内で寄生虫どもが元気に蠢いていることが判明した。


治療師と古風なメイドっぽい服を着た助手らしき女(結構かわいい)の視線が汚物でも見るようなものに変わり、俺は虫下しの薬を渡されて早々に治療院を放り出された。尤も、例え死に掛けでも俺が入院なんてできるわけもない。施設自体はあるようなのだが、この世界で入院なんて贅沢が出来るのは、王族貴族豪商或いは神職くらいだろう。幸い、俺が患った寄生虫はあの迷宮ではポピュラーな奴らしいので、薬で問題なく駆除できるとのこと。何だかんだで薬師ギルド提携の治療院を選んで正解だった。治療師からアンタ迷宮で何喰ったの?と聞かれて返答に困ってしまったけどな。糞不味いスカベンジャーでっす!などと答えようもんなら、薬を貰う前に即座に叩き出されていたかもしれん。


その後、狩人ギルドに戻った俺は荷物を返却してもらうと、赤髪のおっさん職員のギルドカード更新の誘いから逃げる様にそそくさと建物の外に出て、以前宿泊した狩人ギルド提携の宿に向かった。久しぶりに会う宿屋の受付のおばちゃんは、俺の事を完全に忘れていた。認知症でも患っているのかよ。怒っても仕方ないので、俺は再び1週間分の宿泊費を支払い、漸く部屋のベッドにダイヴした。回復魔法では栄養失調が原因の倦怠感は除去することが出来ない。其れに、回復魔法の思わぬ弱点も発覚した。迷宮を彷徨っていた時から薄々気付いてはいた。確かに俺の回復魔法は細菌などに対しては体内の異物として処理してくれるようだ。だが、一定以上のサイズの寄生虫に対しては、寧ろ胃酸のダメージから俺諸共回復してしまっているのかもしれん。


・・・しかし、今日は流石に疲れた。もう動けねえ。


当分は体力の回復と体内の寄生虫の駆除に努める。そして、その後はリハビリだ。

筋力も体力も落ちまくった今の俺は、リハビリで以前と同等の戦闘能力を取り戻すにはどの位時間が掛かるか見当も付かない。


あと、ルエンとスエンには、この世界の菓子折りの一つも持ってスラム街へお礼に行かねばならんだろう。ついでにスエンにはあることを頼みたい。もし可能なら、引き受けて、くれる、だろう、、か。


そして、俺の意識は今度こそ泥のように深い眠りに落ちていった。



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