(閑話5 前)

僕の名前はポルコ。新進気鋭のサリサスだ。サリサスってのは迷宮に潜る様々な人達の荷物を担いだり、身の回りの世話をする人々の事さ。危険な迷宮に挑む勇者達を影から支える、とっても大切で誇り高い仕事なんだ。


僕は今、ベニスの町で僕が借りて住んでいる雑居部屋で、迷宮へと潜る準備をしている。僕が生まれ育ったこのベニスは、皆から迷宮都市なんて呼ばれている。呼び名の由来は勿論、都市の周辺にある迷宮だ。そして、住んでる僕でも全容が良く分からないくらい滅茶苦茶でっかい都市だ。だけど昔爺さまから聞いた所によれば、元々は迷宮を訪れる人達の為の小さな宿場町だったんだそうだ。其れが何時しか沢山の人が此処を訪れ、更には多種多様な迷宮が新たに発見されるにつれて、迷宮は勿論、此のベニスの町も少しずつ世間に其の名を知られるようになっていったんだ。


ボレニスがボレニスを呼ぶという言葉がある。ボレニスってのは滅茶苦茶でっかい群れを作る魔物なんだけど、この町の名が広く知れ渡るにつれて、ボレニスならぬ人が人を呼び、此のベニスにはどんどん人が集まる様になっていった。そして、僕のご先祖様もその内の一人って訳さ。


沢山の人々が集まった結果、この辺りの地域は大きく発展することになったんだけど、その事は同時に幾多の争い事を生む要因にもなった。爺さまによれば、特に迷宮の所有権を巡っては、無数の人々がその鮮血を大地に染み込ませることになったんだって。そして、無数の争いや東方からの大侵攻を経て、荒れ果てた此の地に漸く平和が訪れた。その平和は我らが迷宮群棲国プラ・エ・テラニスの建国によって齎されたんだ。恐ろしい大侵攻を撃退し、建国に尽力した八人の大英雄の叙事詩は、今でもこの国の吟遊詩人達の一番人気の題目だ。


元々迷宮以外には何の取り柄も無かったベニスだったんだけど、プラ・エ・テラニスの建国により、国内の各城塞都市は手を取り合って連携をするようになった。そして更には、各都市がお金を出し合って都市間を繋ぐ街道の整備が行われたんだ。その結果、この町を訪れる人は益々増え、その上、其れまでは行商人によって細々と運ばれていた迷宮資源が大規模に国内外に運ばれて売られるようになり、そのお陰でベニスの町は益々発展していくようになったんだ。


僕のご先祖はこの町にやって来て、始めのうちは宿屋を営んでいたそうだ。だけど、商売が下手糞だったのか宿屋はあえなく潰れてしまい、以後は農民として付近の土地を耕すことにしたんだそうだ。


そして僕は、都市の近くにに土地を持つ農家の3男として生まれた。迷宮都市と言われている此のベニスなんだけど、勿論迷宮から食料は生まれない。だから、かつては農業はベニスにとって欠かせない大切な産業だったんだ。だけども、ベニスの周辺は岩山だらけで耕作地は少なく、しかも痩せた土地ばかりだ。更には、度々魔物が出没する危険地帯でもあるんだ。それでも、皆が生きていくためには何とかして作物を育てなくちゃいけない。なので、都市の偉い人達は農場や近隣の村に衛兵を派遣して、僕たち農家を守ってくれていたんだ。


だけど、今では食料はお金さえ払えば他の都市から簡単に手に入れる事が出来るようになった。それ自体はとても良い事なんだけど、飢饉の心配が無くなった都市の偉い人達は次第に目先のお金の事ばかりに目を向けるようになり、僕等農民たちの村や農地からは次第に衛兵たちの姿は消えていってしまった。その結果、最近では盗賊や魔物に襲われる農民の被害がどんどん増えてきているんだ。


僕って物知りだろ。三男の僕は兄ちゃんたちが家業の手伝いをしているのを尻目に、仕事をサボって爺さまから色々と教えてもらったのさ。母ちゃんは僕に甘いしね。尤も、もし兄ちゃん達が怪我や病で死んでしまったら、僕が兄ちゃんの代わりをやらなきゃいけないんだけど。幸い、今の所父ちゃんも含めて皆元気だ。


そして爺さまから沢山話を聞いて、僕は思ったんだ。何時かは、僕も父ちゃんや兄ちゃん達と一緒にこの土地を耕すことになるんだろう。その時、僕は何とか皆の助けになりたい。僕たち農民は、作物を育てる以外は何も出来ない。でも此れからの事を考えると、僕達はもしもの時には魔物や盗賊とも戦えるようにならなくちゃならない。でも、兄ちゃん達は父ちゃんの仕事の手伝いで忙しく、戦う練習どころじゃ無い。だったら僕が戦えるようになれば良いじゃないか。


僕が戦えるように成るのに一番手っ取り早い手段は、兵士になることだ。兵士になれば、二食宿付きで稽古も上官が強制的に付けてくれるしね。その上、給金まで貰えてしまう。だけど騎士に憧れる友達によれば、ベニスの兵士になるには、滅茶苦茶厳しい審査と入隊試験を通過しなくちゃいけないそうだ。しがない農民の子供でしかない今の僕にはとても無理だと思う。しかも、もし仮に兵士に成れたとしても、自分の都合だけで勝手に除隊して農民に戻ることなんて出来る訳無いよね。


それならば、迷宮で戦いの腕を磨くのはどうだろう。其れはこの迷宮都市では最も一般的な方法の一つだ。コネの無い兵士志願の人達が入隊試験に備えて迷宮で腕を磨くのは、試験通過の鉄則とまで言われている。でも、迷宮はとても危険な場所だ。独りで潜ってもあっという間に遭難するか魔物に喰われてしまうと聞いた。それに、この都市の周りに幾つもある迷宮の何処に潜るかの選択も大切だ。無難な方法としてよく言われるのは傭兵や狩人、或いは魔術師などのユニオ・アーデムに所属して、仲間を募って迷宮に潜ることだ。其れでも不慣れな新人はバタバタと死んでいくらしい。


コネかお金があれば熟練の迷宮探索者達にくっついて鍛えてもらうのも良く聞く手なのだけど、僕にはそんな伝手も、彼らを雇うお金も無かった。一緒に農作業が出来る友達は沢山居たんだけどね。そんな僕が目を付けたのが、サリサスの仕事だ。何故なら兵士と違って厳しい入隊試験は無いし、ユニオ・アーデムのように高額な加入金を支払う必要も無い。ちゃんとした斡旋所に登録する場合には加入審査があるけどね。それに、組織に所属することで発生する様々な義務や制約があるとも聞かなかった。サリサスになって迷宮探索者達と一緒に荷運びをすれば身体を鍛える事が出来るし、間近で魔物に対する実戦を見学する事も出来る。そして上手くいけば、彼らとのコネを作る事も出来るかもしれない。その時の僕には打って付けの仕事に思えたんだ。


僕はこの家を出て、まずはサリサスになる。そして強くなって、お金を貯めて、有力なユニオ・アーデムに所属する。そして何時かもっと強くなって、魔物や盗賊と十分戦えるようになれたら、爺さまや父ちゃんの所に凱旋するんだ。そして、僕達の家や農場を僕が守るんだ。


でも、僕には一つだけ心の奥に秘めた想いがあったんだ。

・・・でも、もし、もし僕に万が一才能があったのなら。もっともっと強くなって、もっともっと遠くに行って。僕もいつか、英雄と呼ばれるようになりたいんだ。


僕はまずは爺さまにその思いを打ち明けた。勿論心の奥に秘めた英雄の事は内緒だ。恥ずかしすぎるしね。予想はしてたけど、爺さまには強く反対された。危険だし、無謀過ぎるって。その気持ちは良く分かる。でも、僕は良く考えて、もう決めたんだ。だから僕は粘り強く説得を続けた。そして遂に、爺さまは認めてくれた。


次は家族が集まる夕食の時に、僕は思い切って包み隠さずこの話を切り出した。勿論、家族の皆には大反対された。父ちゃんと母ちゃんには滅茶苦茶怒られた。


「ガキの癖に生意気言ってんじゃねえぞっ!」


僕は怒った父ちゃんにぶん殴られた。でも、不思議と怒りは湧いてこなかった。僕を詰る怒鳴り声とはまるで違って、父ちゃんの表情には僕を滅茶苦茶心配してくれている気持ちが滲み出ていたからだ。


結局、父ちゃんと母ちゃんは爺さまが説得してくれた。どうやって説得したのかは僕は知らない。大人同士の長い話し合いがあったんだろう。そして、僕が話を切り出してから10日後の朝。僕は家族に見送られて家を出た。その時、兄ちゃん達は僕に大きな荷物を手渡してくれた。中を見てみると、其処には真新しい武具や生活用品と、少なくないお金が入っていた。


「ポルコ。身体を大切にしろ。無茶だけはするんじゃないぞ。」

上の兄ちゃんが僕の肩に手を乗せて、優しく僕に声を掛けてくれた。荷物を見て直ぐに分かった。普段は素っ気ない兄ちゃん達だけど、多分、今迄自分が貯めたお金を全部使って、僕に此の荷物を用意してくれたんだ。そして僕は堪え切れずに、泣きじゃくりながら住み慣れた家を後にした。


そして僕は、巨大な北門で手続きを済ませてベニスに入った。今は農場まで行くのに不便なので引っ越したのだけれど、僕達の一家は元々は此のベニスの町中に住んでいたので、迷ったりすることは無かったね。ちなみに結構大げさに別れて来てしまったんだけど、今の父ちゃんたちの家はベニスから街道を三の刻も歩けば辿り着ける村にある。なので、実はその気になれば歩いて何時でも会いに行けたりする。


其処から先は首尾よく事を進めることが出来た。予め爺ちゃんが話を通してくれていた雑居部屋のおじさんに挨拶をして部屋を借り、サリサスの斡旋所を訪ねて登録をしてもらったんだ。本当は迷宮の入口で声を掛けて雇ってもらう方が実入りは良いんだけど、もし悪辣な迷宮探索者に引っ掛かったら何をされるか分からないし、そもそも僕みたいな貧相な見た目の子供じゃ飛び込みで雇ってもらえる事はまず無いからね。サリサスの仕事は体力と筋力が物を言う。自分で言うのも何だけど、僕みたいな子供を雇う迷宮探索者なんて、大概金の無い貧乏人かロクでもない奴ばかりだ。自分の身を守る為にも沢山食べて、身体を鍛えて早く大きくならないと。僕はそんな事を考えながら、サリサスとしての第一歩を踏み出したんだ。



____そして、それから2年の歳月が流れた。

その間、色々な事があったけど、僕はサリサスの仕事にもすっかりと慣れた。身体は自分でもびっくりするくらい大きくなり、筋肉もそこら辺に居る大人には全然負けないくらい大きく盛り上がった。経験を積み重ね、サリサスとしてのランクも随分上がった。今の僕の主戦場は迷宮『古代人の魔窟』だ。この迷宮はベニス周辺の迷宮の中でも1、2を争う程有名なんだ。その大きな特徴として、迷宮の内部でも明るい事、あと中の魔物達は死ぬとボロボロになって消えてしまうこと、死んだ魔物からは何と必ず魔石を回収できること、などが挙げられる。


魔石は最近では飛ぶように売れる為、その価格はかなり高騰している。なので、今はこの迷宮は滅茶苦茶お金を稼げるんだ。僕達には基本サリサスの斡旋所から報酬が支払われるので、表向き恩恵はあまり無いけどね。あくまで表向きは。そしてその代わり、毎日数え切れないくらいの迷宮探索者達が潜って行くため、迷宮の浅層では熾烈な魔物の取り合いが起こっている。サリサスの仲間や迷宮探索者達が言うように、浅層の魔物は弱いから比較的安全に狩りが出来るからね。とは言っても、未熟な新人などが1日で数人、時には数十人死ぬことが普通にあるから、もしかすると迷宮に慣れ切った僕達の感覚がちょっとおかしいのかも知れない。


そして一昨日。僕は何時ものようにサリサスの斡旋所に行き、新しい仕事が入っているかどうか確認してみると、僕への指名が3件も入っていた。仕事を選り好みできるなんて、僕も随分偉くなったんもんだよ。この時僕には、そろそろサリサスからの卒業も視野に入れてみようかという考えが浮かんだ。お金も随分溜まったしね。そして仕事の内容を確認すると、1件だけ内容に対してやたら高額報酬の依頼が目に留まった。少々不審に思ったけど、他の2件は 『納屋迷宮』と『常闇の枝』の依頼だった。『納屋迷宮』では以前酷い目にあったし、『常闇の枝』って魔物領域の迷宮じゃないか。幾らお金を積まれても、僕なんかじゃ入口に辿り着く前に死んじゃうよ。


そんな訳で、僕は多少不審に思いながらも、斡旋所の職員に伝えて≪古代人の魔窟≫の依頼を受けることにしたんだ。選んだ理由としては、やっぱり歩き慣れた迷宮の依頼だったことが大きい。だけど依頼の受注を伝えた時、何時もの職員が何故か微妙な表情をしていたのが気になった。


そしてその翌日。

僕はサリサス斡旋所の奥で、今回の仕事の依頼主と、僕意外にもう一人雇われたサリサスが来るのを椅子に座って待っていた。


すると其処に現れたのは、僕が想像もしていなかった見た目の少年だったんだ。



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