第75話

東門から迷宮都市の外に出た俺達は、この都市の二大迷宮の一つである古代人の魔窟へと歩みを進める。とはいえ、其処は綺麗に舗装された登り道な上、周りは俺達と同じ目的と思われる連中で賑わっているので、あまり都市の外に出た気がしない。目的の迷宮までは徒歩で地球換算20分ほど。途中で分岐があり、別方向に向かうと神々の遊技場や納屋迷宮へ行くことが出来る。


分岐を越えて目的の迷宮に近付いてくると、道の周囲には露店や商店が立ち並び、宿泊施設のような建物も見える。周りは人で溢れ、危険な迷宮の雰囲気は微塵も感じられない。日本の温泉街にでも迷い込んだようだ。視線を上に上げると、周囲を取り囲む岩山の表面には窓のような人の手の入った跡が見られ、あの辺りが噂の迷宮最寄りの高級ホテルだと思われる。更に街道を暫く進むと、俺達は遂に迷宮のゲートへと到着した。


迷宮のゲートは迷宮都市の北門や東門を小さくしたような外観だ。迷宮の入口周辺は壁で囲われており、ゲートを通過して少し歩くと迷宮の入口に到着する。ゲートの周辺では何人もの衛兵たちが警護に当たっている。思いの他警備が厳しい。また、其処では物乞いやフリーのポーターと思われる連中が座り込んだり、ゲートに並ぶ連中に声を掛けたりしている。尤も、俺達リザードマンズご一行には声を掛けるどころか、近付こうとする勇者は誰一人居ない。見るからにヤバそうな集団から距離を置く気持ちは良く分かる。人払いには最適だなリザードマン。


俺達はゲートで簡単な注意事項を受け、金を払って中に入った。そう、迷宮には入るだけで金が掛かるのだ。なんともがめつい話である。尤も、ゲートの支払いはリザードマンズ持ちなので、俺達荷物持ちコンビは素通りである。迷宮の入口の側にはデカい待機所の建物がある。其処では食事をしたり、仮眠を取ったりもでき、救護施設なんかもある。また、各種ギルドの迷宮出入口前出張所も存在する。俺達は待機所で一旦荷物をバラして入念なチェックを行った。今日の待ち合わせの際、俺の荷物は蜥蜴3号、ポルコの荷物は蜥蜴2号が担いで来たのだが、此処で荷物のチェックをしつつ、俺自身が持ってきた荷物と一つに纏める。俺は念のため曲がった槍と、切り札である毒キノコなどを配合した粉末の入ったダーティーボムの木筒や、逃走用の臭い玉などを持参している。弓や丸太剣や背負い籠は金を払って狩人ギルドに預けた。因みに身寄りのない俺が死んだら、預けた荷物は全部ギルドに没収される。


蜥蜴3号から預けられた荷物は正直滅茶苦茶デカくて重い。見た目は革製の巨大な背負い鞄だ。そして、その背負い鞄はデカすぎて俺の上半身の体積を遥かに超過している。その内訳を見ると、やはり食料と飲料水が大きなウエイトを占めている。だが、経験値ゼロとはいえ俺は一応プロのポーターである。泣き言など言えるハズも無い。それに、身長172cmしかない俺に配慮してくれたのか、ムッキムキで恵体のポルコの荷物の方が明らかにデカい。そんなに気を使わなくていいのに。回復魔法の使用を考慮に入れれば、俺は持久力に限って言えば既に人外の領域に片足を突っ込んでいるのだ。仮に地球でオリンピックのマラソン選手と並走しても、今の俺は絶対に負けない自信がある。回復魔法というパワフルドーピング付きじゃそんなの当たり前なのかもしれんが。


装備や荷物のチェックを終えた俺達は、いよいよ迷宮の入口へ向かった。

俺の視界に飛び込んできたその入口は、四角く削り出した巨大な石を積み上げてコンクリのような材質で補強した重厚な建築物に囲われており、無骨な金属製の扉で開閉できるようになっていた。其処には俺が期待したファンタジーな雰囲気は微塵も無く、まるでシェルターか防空壕のようだ。そして、其処にずらりと並ぶ順番待ちの連中。正直、その絵面は迷宮の探索者というよりは炭鉱夫か武装した難民にしか見えない。


俺達は列の最後尾に並んだ。此処でもリザードマンズは注目の的である。列には獣人なども多数いるが、リザードマンズの見た目のインパクトは獣人ごときとは次元が違うからな。更には使い込まれた皮鎧をガッチリ着込み、巨大な盾や武器を背負っていて皆超強そうだ。因みにポルコも今日はしっかりと皮鎧を着込んでいる。そして、唯一みすぼらしい平服な俺は、周りとは違う意味で目立っている。お前迷宮舐めてんだろという怒りの視線をビンビン感じる。うるせえよ。此れから迷宮でその鎧を買う金を稼ぐんだろうが。


俺達の前の順番待ちの列はどんどんと掃けていき、左程待つことも無く俺は迷宮の入口の前に立った。俺の眼前には擦り減って丸くなった石の下り階段と、薄暗い地下への通路が口を開けている。


いよいよだな。俺は立ち止まってごくりと唾を飲み込む。が、リザードマンズもポルコも慣れたもので、躊躇なくズンズンと階段を降りて行ってしまった。おおいみんな俺を置いてかないで~。




幅3mくらいはありそうな広い入口の階段を下っていくと、広間のような巨大な通路に出た。周りは迷宮の探索者どもの話し声でガヤガヤと喧しい。迷宮の情緒もへったくれもねえな。そして、迷宮の壁は薄ぼんやりと光っており、この世界の山暮らしで夜目が利くようになった俺の目にはかなり見通しが効く。勿論外の明るさとは比ぶべくも無いが。


実はこの明るさこそ此の迷宮の大いなる恵まれた特徴の一つだ。この世界にある迷宮の殆どは、このような親切極まる内部の明るさなど無い。その奥は自分の手の平さえ目視不能な真の闇である。そして、其れだけで迷宮の難易度はハネ上がる。暗闇に包まれた迷宮の奥では、光源を完全に無くした時点で即遭難、ほぼ詰みである。左程難易度が高くないハズの迷宮で、油断して光源を失くした高ランク狩人のPTが全滅した事例は幾らでも転がっているのだ。


広い通路の奥へ行くと、早速幾つかの通路が見えてきた。リザードマンズは迷う素振りも無くそのうちの一つをズンズン進んでいく。此の迷宮は最奥まで28層ある。たかが28層と言うなかれ。その1層1層は滅茶苦茶広いのだ。とはいえ、2層辺りまでは魔物の姿は殆ど見られない。徘徊する魔物より徘徊する探索者の方が圧倒的に多い為、魔物はほぼ根絶やしにされてしまっているからだ。なので、通路を歩いて居る時に遭遇するのは魔物では無く同業者ばかりである。しかしながら、リザードマンズはあの見た目である。魔物と間違えられて斬りかかられたことは一度や二度では無いそうだ。うんうん分かるぞ。そのムカつく気持ち。俺も山賊と間違えられていきなり斬りかかられた事があるからな。


俺は歩きながら長年の酷使ですっかり鈍らになったナイフで壁の具合を確かめてみる。切り付けると表面に傷が付いた。岩程は固く無いが、土よりは遥かに固い不思議な材質だ。だが、此れだけの強度があれば崩落の危険は少ないだろう。通路は幅と高さが5mくらいで結構広い。勿論一定の広さでは無いが、戦闘するのにそれ程支障は無さそうだ。壁と床は先ほど強度を確かめた薄く光る不思議な材質の石材?で造られており、その表面はかなり風化して凸凹になっている。だが話に聞いたところでは、この壁は穴を開けても直ぐに再生して元通りになるそうだ。物凄い技術だな。地球でもそんなことは出来んぞ。聞いたところによれば、其れは魔素による土魔法の応用技術と言われているが、その技法は長年の研究でもいまだに解明されていないそうだ。因みに天井は古代人が建材をケチったのか壁や床みたいに光っていない。


休憩を挟みつつどのくらい歩き続けたのだろうか。俺達は遂に2層に続く古ぼけた階段に到達した。ポルコは息を切らせてちょっとお疲れ気味だ。因みに俺はまだ全然疲れていない。ポルコお前2年もポーターやってるんだろ。もう少し頑張れよ。

ただ、体力はともかく精神的には俺もかなりキツい。というか怖い。此処に来るまで数えるのもアホらしい程の分岐を越えてきた。同業者とも何度もすれ違った。正直、想像したよりも広すぎるぞ。まさに迷宮の名に偽り無しだ。


既に入口までの道筋は俺には一切分からん。リザードマンズは地図を持っているから良いが、連中と逸れたら俺はマジでやばい。幸い、魔物や罠とは今まで一度も遭遇しなかったが、俺一人では確実に遭難する。こりゃ俺が迷宮探索する立場になったら地図の入手かマッピングは必須だな。今迄聞き集めた情報から、すれ違う同業者からの善意の施しなんて期待できる訳もないので、此処で遭難したらほぼ詰みだろう。


まああれこれ悩んでいたところで何が変わるモノでもない。今の俺は只の荷物持ち。黙って荷物を担いで依頼主の後に付いて行くのみだ。

そして俺達は、躊躇することなく階段を下って迷宮の2層へと足を踏み入れた。



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