第76話

迷宮の第2層は1層目と殆ど変化は無かった。一つあるとすれば、他の探索者とすれ違う頻度が徐々に少なくなっていった事くらいだろうか。俺達は3層目へと降りる階段まで進んだ後、少し戻って幅の広い開けた通路で食事と休憩を取ることにした。ちなみに3層目へと降りる階段は此処だけではない。此処の階段はポルコは初めて来た場所なのだそうだ。


脚力には自信のある俺から見ても、俺達は迷宮の入口から此処まで相当なペースで歩いて来ている。特に疲労の激しいポルコは本格的に休ませた方が良いだろう。場合によっては俺と荷物を交換することも考慮しておく。


蜥蜴3号が、俺が降ろした荷物から携帯食と飲料水を取り出してPTの皆に配ってゆく。俺達が1度の食事で食べられる食事と飲料水の量はきっちり決められている。

俺に手渡された食事は、正○丸をでかくしてカッチンコチンに固めたような味も素っ気もない見た目の携帯食だ。兵糧丸みたいなもんだろうか。ソイツを口の中に放り込み、手渡された水を口に含んで少しずつ噛み続ける。すると、カッチンコチンの携帯食は少しづつ柔らかく解れてゆき、もっちゃもっちゃと噛んで飲み下せるようになる。味?こいつは食事と言うより栄養補給だぜ。天然の防腐剤を練り込んであるのか、滅茶苦茶苦くて味どころじゃねえ。マジでどでかい正○丸を食ってるみたいだ。


こんな時、俺が日本に居た頃に見た漫画や小説のように、チート能力のマジックバックからバカでかい調理器具や新鮮な食材の数々を取り出して、高級料亭の如く料理を作り始めたらどうなるんだろうな。

俺はリザードマンズやポルコ、あのデヴ蜥蜴の3号すら嫌な様子一つ見せず、当然のような顔をして携帯食を頬張っているのを眺めながら物思いに耽る。


確かにそうやってこいつ等に美味い飯を与えてウメーウメーと喜ばせたら、俺は特別だと優越感に浸れるんだろう。だが、それじゃ結局上から目線で施しを与えただけで、本当の意味でこいつ等と同じ釜の飯を食ったことには成らないような気がする。

そんなことを何度繰り返した所で、結局はこの世界の住人からも、この世界からも俺は浮いたままの存在で、本当の意味で溶け込むことなんて出来やしないだろう。それに、もしチートなんてぬるま湯に浸かっていたら、このハードでデンジャーな世界でしぶとく生き抜く為の心身のタフさを身に付けることなんて到底不可能だろう。もし何かの弾みでチート能力を失ったら、その時点で人生のゲームオーバー確定だ。


尤も、もし今目の前に神様が突然現れて、君にチート能力をあげるっとか言われたら俺は大喜びで飛びつくだろうけどな。俺は別に清貧大好きって変態じゃないし、弁えるべき処さえ胸に刻んでおけるなら、下らねえチート能力を使ってゴージャスで怠惰な暮らしを満喫するのも全然アリだ。ま、所詮はチープな夢物語に過ぎねえけどな。


口の中の携帯食の苦みが、俺にリアルの味を嫌と言うほど突きつけてくれた。


休息を終えた俺達は、迷宮の3層目へと足を踏み入れた。

此処でリザードマンズは隊列を変更する。今迄は荷物持ちの俺達は適当に前を歩くリザードマンズの後を付いていたのだが、3層目に入ってからは先頭に斥候の蜥蜴4号、続いて蜥蜴リーダーと蜥蜴2号、その後に荷物持ちの俺とポルコが続き、殿に蜥蜴3号の隊列となった。

此の階層からは魔物に出くわす可能性が充分にある。とはいえ、まだまだ探索者の数の方が多いので、その頻度は左程でも無いらしいが。


今迄はズカズカと無遠慮に歩いていたリザードマンズだが、進む速度は今までの6割程となり、足音は驚くほど静かだ。特に先頭の蜥蜴4号の抜き足は、普段の俺に匹敵するかもしれないレベルだ。こうなるとザクザク足音を立てるポルコが目立ってしまうが、バカでかい荷物を担いでいるから致し方ないだろう。可哀想なので俺もポルコに合わせて敢えて足音を立てておく。山で身に付けた俺の隠形の技を安易に人に見せたくは無いしな。


暫く歩くと休憩している同業者と出くわした。彼らも他の例に漏れずリザードマンズを見てギョっとしていたが、俺達が手を上げて敵意の無いことを示すと露骨にホッとしていた。俺達はそのまま彼らを追い越して先へ進む。相変わらず分岐が多いので、後ろの連中が俺達と同じ道へ進んで来る可能性は低いだろう。


と、その時。研ぎ澄ませていた俺の五感。耳が微かな異音を捕らえた。


カリカリカリカリ・・


微かな音だが、間違いない。恐らく居るな、この先に。

先頭の蜥蜴4号はまだ気付いていない。注意を促すべきか。いや、先ずはリザードマンズのお手並み拝見と行こうか。


俺はまだリザードマンズやポルコを完全に信用した訳では無い。いや、例え信用していたとしても、迷宮の奥では何が起こるか分からない。もし不測の事態が起きて、彼らから「お前に食わせる食料はねえ」だの「お前俺達の肉盾になれ」だの「お前今から俺達の携帯食な」だの本気で言い放たれたら、その瞬間から俺とリザードマンズとの殺し合いが始まるかもしれない。そして、その結果がどうなろうが、其れを裁く者はこの場には居ない。


迷宮の中は基本治外法権だ。一応探索者同士の不文律と言うものはあるが、勿論それは厳格な物とは程遠い。逆に自治に近いガバガバなルールのお陰で、危険な迷宮の中でも緩い秩序が崩れることなく成り立っている側面もある。

そんな迷宮の中だからこそ、己の身を守るためにもPTメンバーの実力を正確に把握しておくことは重要だ。


俺が微かな音を察知してから遅れる事数秒。どうやら先頭の蜥蜴4号も前方の気配に気付いたようだ。立ち止まって振り返り、後方の蜥蜴リーダーと蜥蜴2号に何やら合図を送ってきた。


合図を受けた蜥蜴リーダーは音も無く留め金を外して、中華料理の肉切り包丁のような形をした巨大な刀身を背中から解放した。

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