第74話

想定外すぎる事態に、俺の心臓は早鐘を打つ。知らず、冷や汗が頬を伝う。ポルコは完全にフリーズしている。漫画や小説じゃPTの蜥蜴枠や獣枠は一つか二つと相場が決まってんだろうが。全員蜥蜴とかありえないだろ。一体何がどうなってんだよ。


「クルルルル・・。」

だが、俺の目の前に屹立するあまりにもハードインパクトでリアルすぎるデカい蜥蜴の姿は、現実逃避気味な俺の精神を一瞬で妄想から現実へと引き戻した。


おおおお落ち着け俺。リアルに考えてみれば、こいつ等こんな特殊過ぎる外観をしているのに他の種族と仲良くPTを組んでいる方が逆におかしいだろう。気心の知れた同種族同士で組むのは寧ろ当たり前と言える。地球でもゴリラとチンパンジーと日本猿が一堂に会しても群れを作るなんてありえないしな。ならなんで俺みたいなホモ・サピエンスを指名したんだよと思わないでも無いが、只のポーターになろうなんて蜥蜴人の仲間は早々居なさそうだ。こいつ等戦闘能力に自信ありそうだし。


其れに、半端ない威圧感で囲まれて少々取り乱してしまったが、こいつ等はちゃんと服着てるし、街中を歩いていても周囲が騒ぎになることもなかった。普通に考えれば知性も理性もあるまっとうな知的生命体の・・ハズだ。危険度で言えば地球の鰐や大蜥蜴の方が遥かに上であろう。


だが、いきなり俺達を取り囲むのは良くない。ポルコなんて完全にブルッちまってるじゃねえか。反省しやがれ。などと俺は心中リザードマンを叱責する。が、勿論口には出さない。俺はそんな恐れ知らずのイキった空想の主人公では無い。腕力では勝てそうにないし、威圧感ハンパないし、怖くてそんなこと口に出して言えない。


暫くの間無言で見つめ合っていた俺達だったが、気を取り直した俺は此方からリザードマンズに声を掛けてみることにした。


「俺達はポーターだ。此処で依頼主のPTを 待っている。お前たちは俺達を 指名したPTなのか?」


「ギョゲ。」


「ギョキークルッルル。」


「キーグックルル。」


何言ってるか分っかんねえええよ!お前らこの街で普段どうやってコミュニケーション取ってんだよ。

すると、


「オレ オマエ シメイ・・シタァ。ヨ ヨロシ ク タノム。」

俺の正面に立つリザードマンが コンゴトモヨロシク・・ てな感じで滅茶苦茶拙い発音で俺にの問いに答えてくれた。


「オレタチ ハナス ムズカシイィ。コ コトバ ハナセル オレダケ。」

ううむ。成る程。確かにその口の形状では人間の言語を発音するのは滅茶苦茶難しいのかも。見た目は爬虫類で少々アホっぽいけど実は其れ程知能は低くないのかもな。俺はこいつ等の評価を少々上方修正することにした。


すると、俺の右手に立っているリザードマンが、腰に付いた小物入れのような物から粗末な紙片と木炭のような物を取り出してサラサラと何か書いて俺に見せつけてきた。だが、俺には何が書いてあるのか読めない。


「 え、ええと。分かりました。僕はポーターのポルコです。よ、よ、よろしくお願いします。」

すると、漸くフリーズが解除されたポルコがその紙片を覗き込んで、緊張してキョドりながらもぎこちなく自己紹介をした。その光景を見て俺は愕然とした。


な、な、なんだとぉ。まさかお前ら揃って読み書きできるのかよ。馬鹿なっ。俺は此の世界の言語の読み書きはまだ出来ないってのに。なんだか物凄い敗北感。俺は知性でリザードマンに負けちまったのかよ。


「お、俺は 加藤だ。すまない、俺は 字が読めない。」

俺は俯いて羞恥に震えながら声を絞り出す。すると、俺の肩にデカい手が置かれた。見上げると、リザードマンズは鷹揚に頷いた。くっこいつ等意外と優しいのかも。そして彼ら?はどうやら言語の聞き取りの方は問題なく出来るようだ。


今更逃げられそうもない、というか断ったらこいつ等暴れそうで怖いので、俺達は斡旋所の受付まで戻ると、リザードマンズと正式にポーターの契約を交わした。今後は5回一緒に迷宮に潜り、その後契約を延長するかはその時の双方の合意次第となる。受付に戻った俺は思わず受付のモヤシ男をキッと睨むと、サッと目を逸らされた。こいつらに俺を斡旋した犯人はオマエか?


その後、斡旋所を後にした俺達は、ぞろぞろと連れ立って酒場へと繰り出した。話の出来る蜥蜴リーダー?によれば、早速明日から一緒に迷宮に潜ろうということで、その前に顔合わせと打ち合わせを兼ねて一緒に飲もう、と言う事らしい。なんだか地球のサラリーマン達がやってる歓迎会みたいなんだが、この世界にもそんな風習があるのだろうか。それ以前に、そもそもこいつ等酒飲めるのだろうか。いや、もうあまり細かいことは気にしない方が良いのかもしれん。打ち合わせについては、俺達は基本荷物を担いで付いて行くだけなので、それほど込み入った話では無いようだ。


街の中をのっしのっしと歩く4人のリザードマンズと俺達は滅茶苦茶目立ちまくっていた。この世界の人間はどうも無遠慮なのか露骨にジロジロ見られまくって超絶恥ずかしい。到着した酒場は、飯屋も兼ねたまだ俺の知らないデカい大衆店で随分と繁盛していた。俺達が店に入った時、店内が一瞬静まり返ったのは中々に笑えなかったけどな。リザードマンズの面々は生肉でも食うのかと思っていたら、普通に俺達と同じような調理された飯と酒をちゃんと匙を使って食らっていた。但し、4人共表情の変化が乏しすぎる為、全然酔ってるように見えない。打ち合わせは筆談と蜥蜴リーダーによる通訳でどうにか進めることが出来た。


因みに色々と話をして判明したリザードマンズの面子は


一、リーダーの蜥蜴リーダー。剣士である。4人の中では一番小柄だが、戦闘能力は一番高いそうだ。頭もよく、言葉を話せるのもこの人だ。


二、蜥蜴2号さん。この世界ではタンク役とかそういった明確な区分は無いけど、デカイ盾と金属製の棍棒だかメイスみたいな武器を持って前線でリーダーを補佐する役割らしい。4人の中で一番大柄で身長が2m半ばくらいありそう。


三、蜥蜴3号さん。外見の見分けの付きにくいリザードマンズの中でこの人だけ分かり易い。樽みたいな腹をしていて横にデカいのだ。要するにデヴである。酒場でも俺とポルコが引くほどモリモリと肉を食いまくっていた。迷宮での役割は不明。


四、蜥蜴4号さん。この人は斥候役らしい。でも武器は剣。手先が器用なのと五感が鋭敏で、罠の察知や解除もこなす。やたら饒舌でゲギャゲギャ五月蠅いんだが、勿論何を言ってるかは不明だ。


因みに4人共性別は雄。俺が2号3号などと名付けた理由は、彼らには一応名前を聞いたのだが、人間の俺には滅茶苦茶発音しにくいからだ。なので俺は脳内で勝手にそう呼ぶことにした。リザードマンズのPT名も勝手に俺命名だ。


酒場で最初は縮こまっていたポルコだったが、酔いが回るにつれて饒舌になってゆき、リザードマンズと随分と打ち解けたようだ。因みにこの世界では飲酒の年齢制限など無い。赤ん坊でもグビグビいける。そんな奴は見たこと無いけど。

まだ縦の成長を諦めていない俺は、何の乳か知らんが生暖かいミルクをグビグビと飲んで、鉄板で豪快に焼いた骨付き肉や、様々な具が入ったブッといソーセージのような腸詰め料理、野菜や肉団子が豪快に入ったコンソメみたいな味のスープなどを遠慮なくモリモリと食わせてもらった。ちなみに勘定はリザードマンズの奢りである。あざっす。ゴチになりまっす。


そして翌日の朝。

東門で待ち合わせたリザードマンズと俺達荷物持ちコンビは、東門のゲートで手続きを済ませた後、いよいよ迷宮へ向けて出発した。




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