第73話

スエン達と別れたその日の夜。

俺は粗末な燭台一つの薄暗い宿屋の部屋で、夕餉をしながら明日の事を考えていた。

因みに夕餉は露店で買ったポルタッカとかいうスープである。地球のイチジクの実をデカくしたような形状の固い入れ物に、謎肉と野菜たっぷりの栄養価の高そうなスープが入っている。味はシチューの様でシチューでない不思議な味だ。更に言うと、実はこの入れ物も食える。時間が経つと中のスープが染み込んできて味が付いて柔らかくなるのだ。だが、さっさとスープを飲み干して、固いまま咬合力に物を言わせて器をバリボリ食うのもアリだ。俺は後者の食い方が好みだな。



俺がこの迷宮都市ベニスにやって来てから数日が経った。このベニスは滅茶苦茶広い。この数日で俺が探索出来たのは北門周辺と中央通りの一部である。この都市を俯瞰で見れば、その全体のほんの一端のみであろう。とは言っても、別に都市の隅々まで探索しなければならん謂れなど無い。というか、そんな事をしていたら何時まで経っても肝心な迷宮探索など出来そうにない。

この数日で俺はそれなりの路銀を使っている。初めて訪れた物珍しい都市のせいか、少々浮かれて羽目を外してしまったようだ。此のまま無収入では手持ちの路銀が何時までも保つハズも無い。武器や防具はもとより、一刻も早く生活基盤を確立せねばならないだろう。最悪路銀が尽きたら山に入って再び狩猟生活に逆戻り、なんて事態もありうる。とにかくまずは明日だ。


迷宮群棲国の主要都市であるこのベニスの周辺には幾つもの高名な迷宮がある。

農家の納屋の床下から発見された納屋迷宮。奥行き1000歩分程の深さしか無い悪魔のねぐら。誰が掘ったか由来一切不明の巨大坑道跡ガニ・ガルム。広大な風穴に無数の魔物が住み着いた風錬魔洞。

その中でも特に高名な、此の迷宮都市の代名詞とも言うべき二つの迷宮がある。


その二大迷宮の一つは此の都市の人々に 神々の遊技場 などと呼ばれている。他にも帰らずの迷宮、奇跡の迷宮、浪漫迷宮など様々な異名がある。一応言っておくが他の迷宮も含め、これ等の呼び名は勿論日本語による俺的意訳である。


神々の遊技場。その奥では何時何が起きても可笑しくないと言われている、摩訶不思議な迷宮である。先日、中央通りを歩いて居た時に、道の片隅で吟遊詩人がその迷宮の事を朗々と謡っているのを聞いた。



其れは闇夜よりも昏き夢 冥府より深き処


数多の勇士 星の数の智者 数知れぬ英雄 


等しく溶け去りなお果て無し


なれど 


果て無き深淵に挑みし 猛し愚かなる灯 なお尽きること無し


其れは神々の創りたもう 不滅の戯れ


其の芳しき誘い 何人も逃れる事能わず



て感じの内容の、何か色々と拗らせてしまった感じの詩だ。

正直、俺は詩なんぞよりもその男に見入ってしまった。この世界には吟遊詩人などというファンタジーを拗らせたようなこっ恥ずかしい職業の連中がガチで現存するのだ。


ちなみにその吟遊詩人は細身の優男で地球人類の俺から見てもイケメン。声は女みたいなキモいソプラノボイス。周りに群がるのは女。いやあ、実にムカつくね。モテる奴ってのは何処の世界でも不変なのだろうか。いや、それは一先ず置いておこう。


その迷宮は遥か有史以前から存在していたらしい。一説には運命神の気まぐれにより創造されたとも謳われているが、真相は定かではない。だが少なくともヒトでは無く、神々により創造されたとは誰もが口を揃えて認めるところだ。

そういえばこの異界において、神という信仰対象は確かに実在するモノとして人々に認知されている。事実として神々の啓示を受けたり、その奇跡、あるいは災厄を目撃した事例が数多く存在するからだ。


随分とサービス精神旺盛な神様達なんだな。地球の神様なんてどんだけ祈ったところで特に奇跡が起きたり、何かをしてくれるワケでもない。其れどころか存在すらあやふやで、その在りようは殆ど空想或いは妄想に近い産物でしかないというのに。もし俺が今までせっせと貢いできた賽銭に応えて下さって、青少年の魂が渇望するHなハプニングの一つでも起こしてくれたなら、祈る手にも俄然力が籠るというのにな。

尤も、この異界で神々が直接声を掛けて啓示を授けたり、直接その奇跡を分け与えられる人間なんぞ、其れこそ伝説級の人物か、世界でも指折りで教会でも聖人扱いの超絶VIPだけらしいが。


それはさておき。この異界において神々によって創造されたと謳われる迷宮は、数こそ僅かであるが世界各地に存在する。それらは全て未踏破であり、このベニスにある神々の遊技場も例外ではない。その迷宮の特徴を端的に要約すると、其処は底なしに深く、奥底にはとんでもなく恐ろしい魔物が居て、更にとんでもないお宝が眠っている、となる。要するに地球の現代文明に骨の髄まで毒された俺から見たら、超絶ファンタジィな迷宮ってこった。

そしてその中では文字通り何があっても不思議では無い。一例を挙げれば俺が一笑に付したしたマジックバック。まともに考えれば現実にはあり得ないオーパーツなのだが、この迷宮で発見されたと言われる幼児の夢想の如き数々の宝物の噂は、その奥底ではそんなイカれたドラ○もんの腹パーツがガチで存在しているかもしれないと思わせるのに十分なのだ。

とはいえ、俺は当面はそちらの迷宮に挑む気は無い。勿論興味津々ではあるが。


俺が目下挑もうと考えているのは神々の遊戯場と並んでこの都市の二大迷宮と称されているもう一つの片割れ 古代人の魔窟 と称されている迷宮である。

その迷宮は、神々の遊技場に対抗して古代文明の人々により建造されたと言われている。なので、正確には迷宮と言うよりは遺跡と呼ぶのが相応しいのかもしれない。実際にその迷宮の正式名称は、古代文明のアン・クィウ・ウス遺跡である。


その遺跡、いや迷宮は謎多き古代文明の叡智と技術と情熱の粋を結集して建造されたらしい。現在この異界で発見されている古代文明の碑文は、基本素っ気ない文面で事実を簡潔に刻んだものが殆どなのだそうだが、この迷宮付近で発見されたものは一風変わっている。其処に刻まれた碑文には謎の気合入れや、他の遺跡では殆ど見られない感嘆符のような記号が随所に見られたり、お隣の神域の迷宮に対抗心ムキ出しの熱い文面が数多く見られ、古代文明の研究者達を大いに楽しませているそうだ。因みに此方の迷宮はずっと昔に踏破済みなのだが、お隣の神の迷宮にすら勝るとも劣らない幾つもの特有の優れた性質が存在する。まあ詳細は実際に潜って確認するとしよう。


俺がこの数日で仕入れた迷宮の大雑把な情報はこんなところだ。兎にも角にも俺が挑む迷宮が危険である事は間違いない。なので、まず今の俺がすべき課題は迷宮に関する更なる具体的な情報の収集であろう。大した事前情報も持たないまま、いきなりソロで危険地帯へ乗り込む程俺はアホではない。此処に来るまでの俺?知らねえよ。其れは大自然のパワーによって一時的に俺のフレッシュで繊細な脳がイカれただけだ。


まずは荷物持ちとして迷宮の内部を探りつつ、後方からジックリと先達たちの攻略の様子を偵察してやろうではないか。転ばぬ先の何とやらだ。先ずは此処の迷宮のあらゆる情報を丸裸にして、行く行くは迷宮丸ごと俺のナワバリにしてやるぜ。


そんな訳で翌日の午後。

俺は訪問を約束していたポーターの斡旋所へと再び足を運んだ。


「いらっしゃい ポーターをお探しですか?」

斡旋所の建物の中に入ると、一昨日とは違うやたら色白で弱そうなモヤシ男がカウンターから声を掛けてきた。


「いや。俺は 一昨日登録した加藤だ。依頼が入っているか 確認しに来た。」


「カトゥーさんですね。確認するので少々お待ちください。」

モヤシ男は俺に応えてそう言うと、カウンターの奥へ引っ込んで行った。


果たして俺に仕事の依頼は入っているだろうか。一昨日の感触だとこの仕事は随分と盛況な様子だったが。ちなみに複数のPTからの指名が競合した場合、俺がどのPTに派遣されるかは斡旋所が決める。フリーでもない俺に決定権は無い。


「カ、カ、カトゥーさんに迷宮探索のPTから依頼が入っています。」

資料を片手にカウンターに戻ってきたモヤシ男は、やたらキョドりながら指名が入ったことを俺に告げた。ううむ、仕事が入ったことは僥倖なのだが、大丈夫かこいつ。

テンション上がりそうな所を水を差されてしまい、何となく面白くない。


「カトゥーさん達を指名されたPTは午後の二の刻に此処を訪ねて来る予定です。此のままお待ちになりますか?」


「俺達?」


「今回PTに指名されたポーターは二名です。もう一人は既に奥で待っています。」


成る程。PTが雇うポーターは俺一人とは限らないもんな。其れに、二人居れば一人が死んだ時の保険にもなるし。

俺は斡旋所に登録する際、俺を指名するPTに幾つかの条件付けをしている。例えば俺への指名は俺が狙う古代人の魔窟、略称古代迷宮へ潜るPTに限定するてな具合だ。あまり無茶な要求は出来無いが、此処では仕事を依頼する側は勿論、俺達ポーター側も指名の前にある程度の条件付けをする事が可能だ。でなければ実際に顔合わせをして条件の擦り合わせをする段階になって互いの折り合いが付かず、そのまま仕事が破談になることもありうるからな。それらの必要条件に応じて、人員をある程度事前に割り振るのも斡旋所の仕事の一つだ。


まず俺は店員の許可を貰って、早速もう一人のポーターのツラを拝みに店の奥へと向かった。・・・すると、其処にはやたらガタイの良いオレンジに近い金髪の少年が丸椅子に座って居た。年齢は10代半ばくらいだろうか。顔を見るとまだ随分と若く見える。俺も充分幼く見られがちだが、それ以上だ。幼い顔やつぶらな瞳とゴツい身体とのギャップが凄い。


「君が 次に俺と組むポーターか。俺は加藤だ。宜しく頼む。」

俺は座っているガチムチ少年を見下ろして、偉そうに先輩風を吹かせて挨拶をした。俺はまだ一度もこの仕事したことねえけどな。


「カトゥーさんですね。僕はポルコです。よろしくお願いします。」

少年は立ち上がって差し出された俺の手を握った。俺は立ち上がった少年の顔を見上げる。矢張りコイツでっけえな。身長190cmくらいはあるんじゃねえか。


話を聞くと、ガチムチ坊やであるポルコは年齢16歳らしい。だが、彼はこの仕事を始めて既に2年以上になるそうだ。実は俺よりずっとパイセンだった。俺は此れがポーター初仕事ということは黙っておく。舐められたくないからな。というか、此奴のガタイで舐められたら普通に怖い。


スマホも何もないこの世界では連絡手段がかなり限られる。午後の二の刻までは左程間が空くわけでもないので、俺達は此のまま依頼主のPTを待つことにした。店員に相手の詳細を聞く手もあるが、まずは先入観無く自分の目で確かめて相手を見極めてみたい。


迷宮の事でポルコと当たり障りのない会話をしながら待っていると、突然目の前のポルコの顔色が変わった。表情には怯えの色が見られる。その直後、俺は背後に妙な足音と気配を感じた。何だ!?俺は振り向きつつ、さり気なくポルコを盾にしながら飛び下がった。

すると、振り返った俺の視界に飛び込んできたのは、威圧感タップリに俺達を見下ろす一人の蜥蜴人の姿であった。


数日前に初めて俺がこの町に来た時、中央通りで蜥蜴人いや、リザードマンとでも言うべきか。俺は遠目にも目立ちまくるその亜人種がのっしのっしと歩く姿を目撃して酷く興奮したものだ。よもやそんなリザードマンが今、俺の目の前に居てガッツリと目と目で見つめ合う事態になろうとは。俺は何処ぞの小説の主人公ような察しの悪いボンクラでは無い。俺の目の前の蜥蜴が、俺を指名したPTのメンバーであろうことは既に察している。


生まれて初めての迷宮探索。荷物持ちとはいえ、同行するメンバーがどんな連中になるのか。俺は正直期待と不安でドキドキしていたのだが、よもや獣人などをすっ飛ばしていきなりリザードマンが居るPTになるとはな。予想の遥か斜め上をカッ飛んでくれたぜ。


俺は見つめ合ったまま、正面からリザードマンを無遠慮に観察する。言うまでも無くその外見は俺達ホモ・サピエンスからは大きくかけ離れている。その肌はヌラヌラと光る鱗に覆われている。剥がして加工すれば良い鞄が造れそうだ。目の前のリザードマンはしっかりと鎧下と皮鎧を着こんでいるが、マッパでも充分防御力ありそうだ。二足歩行しているとはいえ、蜥蜴の外見で服を着ていることに凄く違和感がある。裸になって何が悪い。

そして目は細い瞳孔のまさに爬虫類。表情は無い。何考えてるのか全然読めねえ。

更にはその圧倒的な体格。身長は2mを優に超えているだろう。そして、その体型は人間のように筋肉が盛り上がったメリハリは無く、一見スラリとしたソップ体型に見える。だが、良く見れば其れは違う。太いのだ。人間の筋肉のような分かり易い起伏は無くても、手足も胴も圧倒的に太くて長い。そして、その内に秘められた圧倒的な膂力を肌で感じる。


成る程。面白い。此奴が雄か牝かは良く分からんが、間違いなく最前線で武具をブン回す生粋の戦士だろう。滅茶苦茶タフそうだし、前衛には引っ張りだこだろうな。この都市に来てからリザードマンの姿は僅かしか目撃していない。間違いなくレアな存在だろう。見るからに屈強そうなリザードマンが前衛を張るPTなら安心して荷運びと偵察に専念できそうだ。しかも、もしこの機会にこのリザードマンと友誼を深めることが出来れば、俺のこの漲る好奇心も必要充分に満たされるに違いない。俺は地球人類で初めてリザードマンと交流した男になる。まさに伝説の先駆者。中々に運が向いてきたと言えよう。


だが、その直後。俺は間抜けなツラを晒して放心することになった。


誰かが背後から俺の肩に手を置いた。ムッ誰だ。目の前のリザードマンに気を取られていたとはいえ、気安く背後から俺に触れるんじゃねえ。しかし妙に冷たい手だな。

警戒しつつ振り向くと、俺の目と鼻の先10cmくらいに蜥蜴の馬鹿デカい顔があった。

俺は固まった。


ヌッ ヌッ 


更にその直後、俺とポルコは突如 ヌッと 現れた蜥蜴人達に取り囲まれた。

え?え?え?ナニコレどういうこと!?


「ゲギャ」


「ギャ キィー グッグッ」


「キィー キィー ゲッグゲッ」


「ヒィッ。」


「・・・・・・・。」


ままままままさか・・マサカとは思うが、全員、蜥蜴!?


エエエエエエエ!?嘘だろ。 まさか、まさか、俺をポーターに依頼したPTって、

オール爬虫類の蜥蜴オンリーPTなんですかあああ?


なんじゃそらああ!?誰か嘘だと言ってよおぉぉ!




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