第72話


今日は可愛らしいチビッ子達との約束の日だ。

あいつ等もしバックレたら探し出してタワーブリ○ジの刑に処すがな。


勿論今日も何時ものように早朝の鍛錬に励む。が、この都市に来るまでのように丸太剣を振り回して縦横無尽にドッタンバッタンする訳にはいかない。町中なので、早朝からそのような鍛錬をすれば激しくご近所迷惑になってしまう。あまりご近所迷惑を繰り返すと宿を追い出されかねないからな。それに、宿の周りにはそのような鍛錬に適した開けた場所が無い。


そんな訳で、此処に来てからの早朝の鍛錬は専ら基礎体力向上の鍛錬に終始している。地味~でキッツい基礎体力のドリル練習。反復反復である。

限界ギリギリの際、生と死の狭間。そのような瀬戸際に、最後の残り火のような力を絞り出させてくれるのは、このような地道な基礎鍛錬の成果なのだ。決して疎かには出来ない。


俺が誰に強制されるまでも無く、こんなに必死で肉体の鍛錬に励むのは何故か。それは、決して誰かを守るだの何かを救うだのそんなご立派な理由じゃない。その原動力は恐怖だ。この世界はその辺の道を歩いてるだけでライオンみたいな猛獣がいきなりギャオーンとかいって襲い掛かってくるとんでもねえハードでデンジャーなワールドなのだ。護衛を雇う金すら無い貧者な俺は、精神も肉体も弛んでいるとあっという間に死ぬだろう。そして俺はまだまだ死にたくねえ。・・・決して筋トレに嵌ってるからじゃねえぞ。プロテインはちょっとだけ恋しいけどな。


早朝の鍛錬の後は部屋の中で来たるべき迷宮での立ち回りの訓練だ。部屋の壁に張り付いたり、狭い空間で腕を折り畳んでコンパクトに槍を振り回してみたり。出来る限り音は立てないようにしているが・・お隣に壁ドンされませんように。

限定された狭い空間の戦闘てのは厄介だ。逃げ場が殆ど無いし、利用できる障害物や地形も限られる。となると、当人同士の体格や武器、技術による戦闘能力の差がダイレクトに現れ易い。地球で言えばプロレスのリングの中に居るようなもんだな。


そんなこんなでそろそろ約束の刻限が近付いてきた。鍛錬を終えて遅い朝食を搔き込んだ俺は、厨房の奥の宿屋のおばちゃんに声を掛けてスラム街へ向かった。


今の俺は布を巻いた弓を背中に背負っただけの軽装である。懐には金子を忍ばせてある。弓は弦を張って居ないが、ぶん殴ればこん棒代わりくらいにはなるかもしれん。巨大な背負い籠や丸太剣は、背負ったまま毎日歩き回るわけにもいかないので、宿屋の俺の部屋に置いてきた。宿屋の主人の爺さんに頼めば、一応外から部屋のドアの鍵を掛けてくれるのだ。


その鍵は現代日本にあったような複雑な構造のシリンダーではなく、古民家で見るような超レトロな形状のデカい棒みたいな鍵だ。手慣れた窃盗犯なら、取り付いて10秒くらいでピッキング完了しそうである。また、鍵は爺さんの持つマスターキー1本のみだ。鍵穴は全部屋共通である。つまり、あの宿屋のジジイは客の下着だろうが荷物だろうが盗み放題ってワケだ。恐ろしい程にセキュリティがガバガバである。とはいえ、何もないよりは遥かにマシだ。弓を置いて来るかどうか直前まで迷ったが、結局身に付けてきたと言う次第だ。


饐えた排泄物の臭いに顔を顰めながらスラム街に入っていくと、スエン達3人のガキが3日前に別れた場所に既に集まっていた。どうやらバックレた奴は居なかったようだ。正直ちょっと予想外。良かったな。お前らの背骨は守られた。


「あんちゃん遅いよ。」

俺の姿を見止めたルミーが口を尖らせてぶーたれてきた。


「そうか。」

いや、別に遅くねえよ。凡そ時間通りだ。だから謝ったりはしない。


「大丈夫。俺達も今来た所だよ。」

ザガルが俺をフォローしたが、ルミーに小突かれる。


「そのようだな。それで、情報は集まったのか?」


「「「うん。」」」


「じゃあ早速話を聞かせて貰おうか。」


てなわけで。俺達は再び人気のない場所で車座になり、スエン達に集めてきた情報を披露してもらう事になった。

その結果、俺が集めた情報と被る物が結構あったが、結構役に立ちそうな情報もあった。ガキどもの情報網も中々に侮れん。特に街の抜け道や公共の井戸や洗濯場、民宿みたいな宿屋の情報、街の人もよく知らなかった魔術師ギルドの所在地などの情報は有り難い。だが、武器屋の親父の浮気相手とかそういう情報は要らん。俺にどうしろと。そんなものより狩人ギルドの受付のおねーさま方の耳寄り情報を寄越せ。


更に、スエンからは迷宮の魔物に関するちょっとした情報を仕入れることができた。

スエンには弟がおり、二人はたまに迷宮の入口付近で物乞いをしているそうだ。そのお陰で、迷宮に出入りする連中から色々と話を聞く機会があるんだと。また、都市の外へは子供だけが通れる秘密の抜け道があるらしい。いいのか?そんな情報俺に教えちまって。尤も、俺は普通に門から都市の外に出入り出来るし、余計な事を言いふらしたりはしないけどな。

それにしても、俺の見込んだ通りなかなかやるじゃねえかスエン。約束通り、報酬としてお前には銀貨2枚をくれてやろう。



そんな具合にスエンと話し込んでいると、俺は左の脇下から素早く伸びる小さな手を視界の端に捕らえた。


ふぅ~。またかよ。

懐に手が入ったのを確認した俺は、素早く身体を反転させつつ、伸びてきた手を力の流れに逆らわず右手でポンと跳ね上げた。すると、そのまま背後にあった小さな身体が浮き上がって俺に向かって流れてくる。


俺の呼吸とスエンに向かって身を乗り出した際の死角を的確に捕らえた動き。中々堂に入っている。だが、残念だったな。俺はまだお前らを一瞬たりとも信用してねえし油断もしてねえ。


俺は身体を跳ね上げたルミーの腹に一本拳を叩き込んだ。


「ぐげえええっ。」


腹をぶん殴られたルミーは口から胃液と吐瀉物を盛大にまき散らしながらのた打ち回る。俺はその様子を冷徹な目で見降ろした。


だが実の所、俺は内心驚愕していた。

あれ?おかしい。よもや加減を間違えちまったのか。

今の一撃は、例えるなら口の中のバナナをぶぼおっと吹き出す程度の加減で叩いたハズなのだが。

此れってもしかしてヤバイんじゃないのか。俺、この迷宮都市にやって来て、たった数日でいきなり幼女をSATSUGAIしちゃうのか?此のままじゃもしかしなくても俺、ヤバすぎる奴じゃねえか。

勿論俺は幼女をぶん殴って愉悦に浸るような頭のイカれたDV的趣味趣向は一切持ち合わせてはいない。のたうち回るルミーを目の当たりにして気分は最悪である。


視線を横に走らせると、スエンとザガルがドン引きしているのが目に映った。


俺は内心焦りまくる。後頭部に冷や汗がジワリと滲む。俺は顔面の筋肉を総動員して冷徹なポーカーフェイスを維持した。念の為、肚に魔力を練り上げておく。致命傷では無い筈だが、ヤバそうならコッソリ偽装回復魔法をかけるか。


「げえっ ゲホッ ゲホッ ううっぐっううう・・・。」


暫くすると、ルミーは漸く痛みが落ち着いてきたようだ。どうやら内臓が破れたとかそのような事は無いようだ。ふ~危ねえ。マジで糞ビビった。


「お前がなんで ぶん殴られたのか、分かってるよな?」

ルミーは俺を見上げた。涙と鼻水でグシャグシャになった顔には、俺に対する明確な恐怖が見て取れた。


「お前が背後から 俺の金を 盗もうとしたからだ。次、舐めたマネしたら その腹をぶち抜くからな。」

俺は内心心臓をバクバク言わせながら超クールな体を装ってルミーに言い放った。

これはルミーに対して言った訳では無い。スエンとザガルに向けたものだ。俺が理由も無くいきなりガキをぶん殴る頭のイカれた輩だと誤解されてはいかんからな。

案の定、二人は驚愕に目を見開いてルミーの方を振り返った。


思いの外ダメージを与えてしまったことにはかなり焦ったが、俺はルミーをぶん殴ったことについては全く後悔はしていない。

俺の懐の此の金は、俺が文字通り死に物狂いで命を削って得た金だ。ガキだからと言って、お手軽に手を突っ込んで盗み出そうなどという舐めたマネは絶対に許さん。

ガキだろうがジジイだろうが妊婦だろうがそんなマネをする奴に俺は容赦なんてしねえ。そんな邪悪でアグレッシブな妊婦さんが居るとは思いたくないけど。


俺の脳裏にファン・ギザの町に居たときの苦すぎる思い出が蘇る。

あの時の俺は、ポーション草の量産に成功して懐が温かかったこともあり、道の端で死人の如く身体を横たえていた子供につい仏心を出してしまった。

人の目がある中で、その子供に銀貨を握らせてしまったのだ。

そしてその翌日から、俺はファン・ギザの町中の浮浪児どもに懐を狙われることになった。そして遂には命を狙われたり、留守中の安宿の部屋に侵入されそうになる段になり、俺は決断した。

見せしめに邪悪そうなリーダー格のガキを数人返り討ちにして徹底的にブチのめしたのだ。その結果、どうにか一連の騒動は収まったものの、結局ガキどもには恨まれるわ、俺自身は後味最悪だわ、誰も得しないロクでもない結末を迎えたのである。


奴らはガキとはいえ、日々ハイエナの如く厳しい生存競争の中で戦い続けているのだ。人を殺めたことのある奴だって一人や二人じゃないだろう。黒○無双の如き暗黒の目をした奴らに対して、ぬるま湯に浸かり切った日本人の感覚で更生なんて考えたらとんでもないしっぺ返しを食らう。ましてや脳みそプリン体の如き甘ったるい生半可な偽善で近付くなど以ての外なのだ。


だが。

俺は怯えるルミーの手を取って、あえて銀貨を握らせた。


「え・・・。なんで・・。」

すっかりしおらしくなったルミーが、弱々しく疑問を口にした。


「仕事の報酬だ。お前が持ってきた情報は役に立ったからな。」

俺はルミーの前にしゃがんで、彼女の目を真っ直ぐ見ながら疑問に答えた。


「あ、ありがとう。」

ルミーは目をウルウルさせながらお礼の言葉を口にした。


そうそう。お兄ちゃんは不埒なマネをすれば超怖いけど、普通にしてれば優しいんだからな。ちゃんと覚えとけよ。俺は言わばお前らの合わせ鏡のようなモノだ。不埒なマネをすれば鬼になるし、真面目に接すれば仏にもなる。

俺が選んだこいつらの目はまだ濁り切ってはいない。更生の余地もまだ充分にあるのかも知れない。なので、多少舐めたマネをされた程度で直ぐに関係を断つ気は無い。


尤も、俺はお前らと慣れ合いをする気は無い。都合良く利用させて貰うつもりだ。だからお前らも精々俺を金ヅルとして利用すると良いさ。

その後、俺はスエンとザガルにも報酬の銀貨を握らせた。二人とも金を握らせた瞬間、猛禽の如く目を光らせるのは流石スラムの住人てところか。


「さてと。そろそろ行くか。」

粗方話を聞き終えた俺は、再びスエンに近付いて更に銅貨を握らせた。


「え・・と。カトゥーさん。此れは?」

スエンは怪訝な顔で聞いてきた。この様子だと先程の事で俺に対してまだちょっとビビッているようだ。


「お前達の情報 中々役に立った。礼だ。それで 串焼きでも食いな。あ、ルミーにはやるなよ。さっきの罰だ。」


「わかった。ありがとう。」

「え~。ずる~い。」

ふむ。この様子だとルミーの動揺もどうにか収まったようだな。だが、その痛みと恐怖は胸の奥に刻み込まれたハズ。二度と俺に不埒なマネすんじゃねえぞ。


「また 面白い情報が手に入ったら 買ってやる。俺に会いたい時は 狩人ギルドの受付の赤髪のおっさんに 聞け。」


「うん。」

「分かったよ。」

「またね~。」


「じゃあな。」

多少のトラブルはあったものの、中々有益な情報を仕入れることが出来た。

俺はスエン達に別れを告げてスラム街を離れた。


明日はポーターの斡旋所を訪ねて、もし仕事が入って居ればいよいよ俺も迷宮デビューとなる。ドキドキするぜ。スエン達から仕入れた情報では、迷宮の他には魔術師ギルドの事が気になるが、どの道今の俺の手持ちの金で魔法を教わることは不可能である。なので、一先ずその件は棚上げしておく。まずは迷宮で金を稼ぐことを目標にしよう。いい加減防御力ゼロの状態を何とかしたいし。


長い時間スエン達と話し込んですっかり日が傾いてしまった。

俺は明日に備えて宿に戻ることにした。

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