第71話

スラム街のスエン達に仕事を頼んだ翌日の夜。

狩人ギルドと提携している宿屋に戻った俺は、部屋でプッシュアップをしながら今後の事を考えていた。

昨日と今日の聞き込みでこの都市についての情報は其れなりに集まったのだが、肝心な迷宮の情報については結局表層的な情報しか集まらなかった。命が掛かっていることもあり、迷宮については事前に出来る限り情報を深堀りしておきたいのだが、露店の店員やその辺に居る暇そうな一般人ではそんな情報知っているわけないし、ギルドの職員はあの赤毛のおっさんも含めて忙しそうにしていたのであまり長く話を聞けなかった。また、同業の狩人ギルドの連中には俺のみすぼらしい外見的な理由から、非常に声を掛け辛い。


迷宮についてはやはり人伝に聞くのではなく、自分で潜ってみるのが一番なのだろう。この二日間迷宮都市のあちこちを歩き回って得た情報で、次の行動方針はおおよそ固めてある。


そして次の日。俺は狩人ギルドの受付のおっさんに聞いたとある建物の前に立っていた。この都市の住居は三角屋根の木造建築が多いのだが、其れを横に二倍くらい引き伸ばしたような外観の建物だ。ちょっとしたお金持ちの民家という風情だな。だが、家の前には表札があり、恐らくは民家ではないのが分かる。だが読めない。読み書き勉強しないとなあ。


此処は迷宮の荷物持ちを斡旋する民間組織の一つである。この世界で迷宮の荷物持ちはサリサスと呼ばれている。地球でいう所のポーターとか歩荷て奴に近いだろうか。

この世界にはマジックバックなどという空想のご都合主義を体現したかのような超科学の道具は存在しない。いや、少なくとも一般には出回っていない。なので、迷宮を探索するには荷物持ちの存在が非常に重要になってくる。


迷宮は恐ろしい魔物や、死に繋がるような罠が多数存在しているそうだ。

そんな中、食料や飲料水を始めとした生活用品や予備の道具や武装など、巨大な荷物一式を担いだまま迷宮を探索して魔物との戦闘までこなすなど、正直想像しただけで身震いしてしまう。

そんな訳で、迷宮を探索する狩人や傭兵その他の連中は、通常ほぼ全員荷物持ちを同行させている。勿論例外も居るらしいが、其れは極々少数だ。中には専用器具で荷物を担がせた荷鳥や荷蜥蜴を引き連れて迷宮に乗り込む連中も居るらしい。


そんな荷物持ちの需要に目を付けたのが目の前の建物の連中と言う訳だ。要は人材派遣業務だな。但し、十分な需要があるのは此の迷宮群棲国の国内くらいなため、狩人ギルドのようなギルドと呼べるほどの規模は無い。その業務内容もほぼ迷宮の荷物持ちの斡旋のみである。


そして、俺の目的は云うまでも無く荷物持ちになることである。危険な迷宮を探索するには複数名によるパーティーを組むことが推奨されているが、ボッチな異世界人の俺にパーティーを組むような伝手は無い。だからと言って、防御力ゼロでまともな武器は曲がった槍オンリーのままいきなりソロで乗り込むのは余りにも無謀過ぎる。


そんな俺にこの組織は打って付けである。ならば荷物持ちから始めようではないか。此れなら大手を振って他のPTに寄生できるし、迷宮内の生の情報を仕入れることができる。更には組織からお金まで貰えちゃう。まさに一石三鳥である。

てなわけで。俺は民家のような扉を開けてポーター斡旋所に乗り込んだ。正直、建物の見た目から不法侵入してるみたいでドキドキする。


建物の中にはカウンターがあり、普通に店のような間取りであった。カウンターには茶髪の30代くらいのおっさんが立っていた。民家のような外観から、もし普通に玄関とかがあって子供や奥様が中で寛いで居たらどうしようかと思ったが、どうやら俺は衛兵にドナドナされずに済んだ様だ。


「いらっしゃい。ポーターをお探しですか?」

店内に入ると、早速カウンターの店員が俺に声を掛けてきた。


「いや。俺は ポーターの仕事を したい。お願い 出来るだろうか。」

俺は店員に願い出た。


店員は慣れたもので、自己紹介をした俺は狩人ギルドの身分証の提示と簡単な質疑応答の後に、すんなりと店の奥に通された。昨夜一応宿の裏の井戸で身を清めてきたものの、今の俺の身なりでちゃんと応対してくれるか正直不安だったのだが、ひとまずは安心である。

そして店の奥で俺を待っていたのは、身体検査と体力測定であった。


職業柄、迷宮の荷物持ちに求められるのはひたすらに筋力と持久力である。パワーイコール正義なのだ。後は迷宮内でビビらない度胸と、ちょっとした真面目さくらいか。荷物を持ち逃げするような輩は論外である。そんな奴はPTにぶっ殺されても文句は言えない。因みに迷宮内で身に降りかかった出来事は表向き自己責任なのだが、斡旋所で登録したポーターがそのような事をすれば犯罪者となり、以後は衛兵に追われる身となる。その事で斡旋所の信用の担保としているのだ。


俺は地球でどこかの雑技団が使っていたような糞重い石の玉を持ち上げさせられたり、石板を担いで裏庭のようなところで走ったりジャンプさせられたりした。

健康状態は良好。店員は俺のバッキバキンの筋肉を見て何故か目を輝かせていた。

その結果、俺の荷物持ちのランクは5段階の上から3番目となった。ボチボチの位置である。その更に上の連中は身体のデカいムッキムキな連中ばかりなのだそうだ。


だが正直、俺は体力測定はかなり加減した。俺の全力を赤の他人に迂闊に見せる気は無いし、もし間違って上のランクになって高ランクなPTから声が掛かってしまったら、いきなり初回から危険な迷宮の奥まで連れていかれるハメになりかねん。

尤も、一番上の1級ポーターにはさらに上が居る。ポーターとして名が売れた連中は大体専属となる。或いはフリーとなる。引く手数多なのにワザワザマージンを引かれてまで斡旋所を間に介する意味が無いからだ。そんな連中は下手な狩人なんぞより遥かに高額の報酬を稼ぐらしい。何とも羨ましい限りだ。


そして、俺の登録は滞りなく完了した。

俺のポーターとしての個人データは専用の紙に記載され、ファイリングされて管理される。素材は良く分からんが、この都市では紙が普及しているのだ。


「ではカトゥーさん。明日の午後の一の刻に再度当店まで来てください。その時に貴方に仕事が入ったかどうかをお知らせします。」

カウンターの店員が俺に指示してきた。

やはりポーターの需要は高いらしく、俺が裏で体力測定をしている間にも何人もの客が使える人材を探しに来ていたらしい。

因みにこの世界では、夜明けから昼までの午前と日が沈むまでの午後、日が沈んでから真夜中までとそこから夜が明けるまでの4つに大雑把に時間が分けられている。

更に午後を4つに区切った1番目が午後の一の刻って意味である。う~む日本人の俺からしたら実に大雑把なものだな。


「いや。明日は 外せない用事がある。明後日のその時間に また来る。」

明日はスエン達との約束があるからな。言い出しっぺの俺がバックレるのは流石にマズいだろう。


そんな訳で、俺はポーターの斡旋所を後にした。














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