第69話
串焼きの露店で腹を満たした後、俺は店主のおっさんに教えてもらった場所へ向かった。何度か道に迷いながらも、俺の前には漸く狩人ギルドらしき建物が見えてきた。尤も、正確にはギルドじゃなくて現地語でユニオ・アーデムなんだけどな。まあ細かいことは気にしない。意味合いはギルドと殆ど変わらん。
建物の前には表札がある。俺は字が読めないが、聞き込みで得た情報と外観が一致する。恐らく此処で間違いないだろう。
それにしても、でっけえ。ちょっとした学校の校舎か町の警察署並のデカさだ。
その外壁は街道の材質と同じような石造りで継ぎ目をコンクリのような材質で固めた四角くて滅茶苦茶頑丈そうな建物だ。周囲には三角屋根の小さな建物が多く、この建物はかなり浮いているが、その分見つけ易い。
今にして思えば、俺が今まで滞在していたファン・ギザの町って周りにはあまり魔物が居なかったし、掲示板の常駐依頼は雑用しか無かったし、あんな倉庫みたいなショボい支部だったのも頷ける話だ。町の規模が大きかったから構成員の頭数だけは其れなりに居たけど、ランクが上がった狩人はとっとと他の町へ去って行くという話もチラリと聞いたしな。
俺は早速ギルドの入口と思われる頑丈そうな両開きの木の扉を押し開けて、建物の中へと足を踏み入れた。
建物の中は大勢の同業者と職員らしき人々で賑わっていた。
そして、俺が扉を開けると同時にその大勢の同業者達が一斉にこちらを振り返る・・・なんてことは無かった。ガン無視だ。まあココ人の出入り激しそうだもんな。
部屋はかなりの広さで、優に学校の教室4つ分くらいはありそうだ。内装は木造であり、奥には受付らしきカウンターが4つくらい並んでいるのが見える。左手前のかなり広いスペースは商談スペースだろうか。丸テーブルがいくつか並んでおり、同業の狩人や職員達が何人もなにやら話し込んでいる。右手の壁にはデカい掲示板が据え付けられており、依頼の紙のようなものが幾つも張り付けてある。
掲示板には常駐依頼やコモンな依頼しか貼り出されていないハズだが、それでも滅茶苦茶数が多いな。その前では掲示板を熱心に眺めている同業者も何人か見受けられる。
そして、奥のカウンターに立つのは、受付嬢である。
そう、敢えてもう一度言おう。美人受付嬢である。うひょーい!やったぜえええ!
ファン・ギザの町の狩人ギルドでお世話になった小太りの親父職員や人事のおばちゃん職員も決して悪い人じゃなかったけど、っぱこれよコレ。青少年たる俺に断固必要なのは、こういうおねーさん達とのときめくイケた絡みなのよ。何時までもむさ苦しい親父ばかり相手をしていては俺の瑞々しいリビドーに黴が生えちまわあ。
俺は山で鍛え上げた鋭い視力で穴の空くほどおねーさん達をガン見する。
一人はブロンドの目がパッチリ碧眼のおねーさん。うおお乳でっけえ。もう一人が黒髪のきりっとした釣り目のおねーさん。三人目がちょっと童顔な感じの栗色の髪の垂れ目のおねーさん。うおおぉ皆すっごい整った顔で美人だぜえ。流石受付嬢様だ。
残ったカウンターに立つもう一人の野郎は知らん。赤髪のちょっとくたびれた感じのおっさんだ。ケッ。冴えねえ見た目のくせに最高の職場で働きやがって。羨まけしからん。
俺は男性の受付員をひと睨みして理不尽極まりない敵意を叩き付けると、一切の迷い無くブロンドおねーさんのカウンターへ直行することにした。
そして俺はそそくさとカウンターの列に並んだ。俺の前は金髪の男だ。むさ苦しいな。早くどっか行け。
そしてしばらくの間、俺は受付嬢と馴れ馴れしく話す金髪のケツに蹴りを叩き込む衝動を必死で耐えていると、漸く俺の順番が回ってきた。やったぜ。
「当ギルドへはどのようなご用件でしょうか?」
あああ受付嬢の笑顔が眩しいぜ。ヤバい。俺ってこんなに異性に飢えてたっけ。
「俺は 10級の加藤です。今日初めてこの都市に 来ました。今後は此処のギルドを拠点にするつもりなので 所属の変更を お願いします。」
俺は自分の中での最高のキメ顔で認識票のギルドカードを差し出した・・て。
あっ!!!!
なまじ視力が良いだけに、パッと見た目の表情こそ変わらないが、差し出された原形を留めない程ボッコボコでズタズタな俺のギルドカードを一瞥した受付嬢の顔面の筋肉がみるみると引き攣ってゆくのが分かる。
ぐおああしまったあああ!!浮かれててコイツの事を忘れてたああ。コイツを交換して貰うまではあのおっさんのカウンターに行くべきだったのだ。
俺は自分の判断ミスを死ぬほど後悔した。だが、今更後悔してももう遅い。
目の前のブロンドのおねーさんと隣に立つキリッとおねーさんから注がれる視線がヒエッヒエで胸が超苦しい。カードを持つ手がプルプルと震える。
いや、そりゃね。ギルドカードは身分証でもあり、ギルドの看板みたいな物らしいから大切なのは分からんでも無い。だけどさ、ベコベコの傷だらけになったのは不可抗力なんだから皆そんなに怒らんでもええやろ。いい加減怒るなら魔物に怒ってくれよ。管理不行き届き?知らんがな。こちとら命がけで其れどころじゃなかったんだよ。
などと俺は胸の内で吠えまくったが勿論そんなことは口に出せない。
「あ、あの。此れには 訳があって・・。」
俺はしどろもどろになりつつも、北門のゲートに続いて再びカードがベッコベコになった経緯を説明し、再び所属の変更と、更にはヤケクソ気味についでにギルドカードの交換を願い出た。
ブロンドおねーさんは氷のような視線とオーラを出しつつも、どの道所属を変えるとギルドカードも更新されるとのことなので、難色は示さずその旨を了承してくれた。そして俺は銀貨20枚を請求された。
ウッソだろ!?高っけえええよ。
おねーさん達の氷のような視線に耐えられなくなった俺は、ズタボロのギルドカードを渡した後に早々にカウンターから離脱し、幽鬼のごとく空いている円卓の一つの椅子に崩れ落ちた。くっそお。此れじゃあの忌まわしき薬師ギルドの二の舞、始まる前から完全敗北じゃねえか。
俺は荒んだ気分で周りの同業者達に視線を送った。
良く見りゃ周りの連中は高級そうな格好良い装備に身を包み、余裕の表情で談笑している。雰囲気あるわぁ。しかも、ちょっと眺めただけでもイケメンが何人かいる。
それに対して今のこの俺の姿。みすぼらしい只の平服に、愚息が今にもポロリしそうなズタボロの下半身。更には、手製の粗末な背負い籠に曲がった槍と意味不明なデカい丸太を括りつけて担いでいる。そして、初めて都会に出てきた原始人丸出しの落ち着きのないキョドった挙動。更に言ってしまうと、俺、滅茶苦茶臭い。
皆が綺麗な制服を着ている中学の入学式に、鼻垂らしたガキが独りだけ薄汚いTシャツ半ズボン姿でボロボロのランドセルを背負って現れたようなもんだ。しかも、此れで学校でも有名どころで人気の美人パイセン3人組を口説こうなどと。あまりに無理筋。身の程知らずにも程がある。
俺は冷静に今の自分の姿を鑑みて頭を抱えた。
そんな浮きに浮きまくった俺が周りの立派な身なりの同業者達に向かって
「ねえ君たち。俺迷宮に行くんだけど、一緒にPT組まない?」
いやいやいやそんな雰囲気ではない。無理だろ無理無理。せめて装備か身なりをまともにしないと。チクショー世の中やはり金だ金。金が居るんだよ金金金。イケメンでも何でもない俺には世間の風はあまりにも冷たすぎるぜ。
とはいえ、頭を抱えているだけでは問題は何一つ解決はしない。暫くの間精神的苦痛と戦った後、漸く気を取り直した俺は、誰も並んでいないカウンターの赤髪のおっさんに話しかけた。今は、今だけはこのおっさんと話す方が俺の精神は安らぎを感じる。ごめんよおっさん。さっきは睨み付けてしまって。
快く俺の問いかけに応じてくれたおっさんの話では、この建物のすぐ裏には狩人ギルドと提携した宿屋があり、ギルドメンバーならかなり安く泊まれるらしい。其れでも1泊2食付きで銀貨2枚だ。やはり俺が今まで滞在していたファン・ギザの町より物価が高いようだ。
どうせ誰も並んで居ないので、赤毛のおっさんに更に色々聞いてみると、狩人ギルドを始め、各種ギルドや鍛冶屋、道具屋、武器防具屋などの専門店はこの辺りの北門の周辺に固まっているそうだ。そして、宿泊施設や食事処は俺が先ほど歩いていた都市の中心通りの周辺を中心に各所に点在している。また、貴族や大商人といった此の都市の支配層は、西側の斜面を登って防壁によって区画分けされた一帯に。その手前の区画には教会群なんかもあるらしい。
実はこの世界にも宗教はある。今迄はできるだけ関わり合いたくなかったので、教会などには近付くことすらしなかったが。この世界の宗教は基本多神教であり、それぞれの信徒は表面上お互いを尊重し合って不干渉を気取っている。だが、一皮剥けば俺んとこの神様が一番なんだよおおという主張は絶対に曲げないそうだ。その結果、人目のつかない所で連中が激しく暗闘しているという話は、ほぼボッチな俺程度の情報網ですら幾らでも伝え聞こえてきた。おっかねえな。
そんな連中の他には比較的マイナーだが、自然や精霊信仰なんてのもあるらしい。
何れにせよ、俺はそんな怖くて胡散臭い連中とお近付きになる気など毛頭ない。アーメンでも南無阿弥陀仏でも勝手にやっててくれ。
そして、俺が此処に来た目的でもある肝心の二大迷宮は、この都市の東門を抜けた先にある。二大迷宮の周辺には岩山をくり抜いて作られた高級ホテル群もあるらしい。金を持った高ランクの狩人や傭兵は、徒歩数分も掛からないそういった場所から迷宮へと入っていくそうだ。
俺のギルドカードの更新には数日はかかるらしい。粗末な造りの仮の身分票を貰った俺は、受付員のおっさんに礼を言って狩人ギルドを後にした。そして、教えてもらった宿屋を訪ねた俺は、受付のおばちゃんに声を掛けて宿泊の予約を入れると、更なる情報を求めて街に繰り出した。
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