第59話

休憩時間が終わり、次は残りの物資を荷車へ運び込む作業だ。午前中はまだ検品が終わって居なかったり、追加で運ばれてきた物資である。

この頃には既に荷車の中は物資でかなり埋まっているため、上手に隙間に詰め込んでいく形となる。その為、俺達が積み荷を運ぶ時間より兵士たちが荷車の中を整頓する方が時間がかかる。なので体力的には楽なのだろう。貧弱組もどうにか復活したようだ。

そして、お次は俺達が自ら背負って運ぶ荷物だ。兵士の指示で支給された荷物を背板のようなものに固定してゆく。一般的には中々の重量だと思われる。ついでに俺個人の荷物も縄草で作った縄で固定しておく。


そして最後は、兵士たちが荷蜥蜴車たちの積み荷を、壊れないように固定する作業を手伝った。これが中々大変で、作業が完了する頃にはすっかり日が傾いてしまっていた。


出発前の俺達の仕事は此処までである。この後は、支給された夕食を食ってそのまま此処で野営して、出発は明日の朝である。俺達雇われ狩人や一般兵士は、基本どでかい天幕の下で雑魚寝だが、一部の自宅のある連中には今晩だけは帰宅の許可が出ている。


俺は寝る前に公園の人気のない所にドワーフを連れて行き、ドワーフに身体の上に乗ってもらい、筋トレに励んだ。

正直あんなヌルい作業だけでは身体が鈍ってしまう。丸太剣持ってくりゃよかった。高負荷の筋トレをしまくる俺を見て、ドワーフはちょっと引いていた。


少々物足りなかったが、体内回復魔法でスッキリした俺は、ドワーフと一緒にガヤガヤと喧しい天幕に戻って、そのまま就寝した。



翌朝。

俺達は遂に戦場へと出発する。

周りでは兵士たちが慌しく天幕の片付けを行っていた。中隊長らしい兵士の指示で、俺達もその手伝いをする。その後、支給された朝食を食って出発となった。


とはいえ、俺達支援部隊のさらに補佐は補給部隊の隊列の一番後ろの方なので、当分は順番待ちである。遠目に補給部隊の護衛が隊列を組んで歩いて居るのが見える。なかなかに壮観だ


この町の主要な戦闘部隊は、俺が森に居る間に先行して出立したらしい。準備に時間が掛かり、足の遅い俺達補給部隊は後発である。先に行ってしまって食料とか大丈夫なんだろうかとバルガさんに聞いてみたら、携行食など持っているから問題ないそうだ。いや、おっさんの眉間に深い皺が寄り、こめかみに血管が浮き出ていたので本当は色々と大丈夫じゃないのかもしれないが、深く突っ込むと藪蛇になりそうなので黙っておいた。


この町の全体の兵力はどの程度なんだろうな。此処はカニバル王国の中じゃかなりデカい都市のハズだから、それなりの兵力を拠出すると思うけど。見物人達も結構な人数が見えるな。なんだかちょっとしたパレードみたいだ。


暫くボケッと待っていると、合図の笛みたいな音が鳴り、遂に俺達も出発と相成った。俺は物資が詰まったデカい荷を担ぎ、荷蜥蜴車の列の後に続いて歩き始める。当たり前だが、荷蜥蜴車に乗って優雅に移動なんて舐めたマネは許されない。ひたすら歩け歩け歩けだ。


俺達は市街地の見物人たちの間をひたすら歩く。正直晒しもののようであまり気分は良くない。城壁を超えて暫く進むと、かつて俺がこの町にやって来た時に通った川の前の検問まで辿り着いた。当たり前だが、検問で誰何されることもなく、俺は鉛のように重い気分を抱えたままファン・ギザの町から戦場へと出立した。





俺達は街道をひたすら歩き続けた。その行軍は、正直、滅茶苦茶退屈であった。自由に立ち止まったり歩き回る事も出来無いし、町から離れた後の景色は、退屈な荒地や森ばかりである。ひたすら前で歩く兵士の後頭部を見ながらチンタラ歩く。兵士たちは狩人部隊とはまだちょっと距離があるのか、基本無言だ。ああ~つまんねえ。


そして日が傾いて。夕餉の準備となった。兵士たちは、分担してテキパキと簡易的な竈を作る。流石訓練されているのか、皆要領が良いな。

火はあっというまに点いた。そのまま火起こしをするのではなく、火種を管理している荷蜥蜴車から、煙管みたいな道具で火種を貰ってきて、竈 の薪に着火するのだ。

へ~、中々に勉強になる。兵士の仕事は何も戦うだけじゃない。

工兵たちが便所の穴を掘る手際も見事なものだった。あのスコップみたいな道具欲しい。因みにに女性達の便所は、一人の狩人が兵士から天幕を借りて、上手く覆いを作っていた。ああいう気配りの出来る男がモテるんだろうな。ちっ。


ちなみに俺が持っているライターには、まだ十分燃料が残っている。山で原始人生活をしていた時には、出来るだけ火種を消さないように気を配っていたので、ライターを使う機会は殆ど無くなっていたのだ。

尤も、集落では火打石を貰ったし、今は摩擦で火起こしをすることも一応可能ではある。だが、摩擦での火起こしは半日掛かりの重労働だ。正直やる気は全然しない。今の体力と筋力なら、かなり時間短縮できそうな気はするけど。


食事時になると、兵士達も饒舌になり、会話もそこそこ弾む。朴訥な感じの青年たちだ。などと偉そうに言ってるが、皆多分俺よりは年長だろう。


俺は一つ懸念していることがある。もし戦争で、この朴訥な青年たちが敵国の町や村に攻め込んだら、一体どうなってしまうんだろう。略奪したり、村人を殺しまくったり、女性を犯したりしてしまうんだろうか。


俺はネット小説の主人公の如く彼らの前に立ち塞がって、この人たちに手を出すなぁ なんて青臭い台詞をぶっ放す気は全く無い。だが、正直言うとそんなヒャッハ~なリアル北〇の拳な現場を目の前で見せつけられて、冷静で居られる自信も無い。俺は平和な日本育ちなのだ。臭っさい台詞は吐かずとも、物陰に隠れて石をぶん投げるくらいはしてしまいそうだ。まあ近世以前の地球の戦場を、この異界にそのまま当てはめる事に意味は無いのかもしれんが。


そんな嫌な雑念を頭を振って振り払った俺は、手に取った箸で黙々と支給された煮物のようなものを食った。この箸はナイフで削り出した後、樹液を薄く塗って7日間天日干しした俺の一品だ。

俺は地球の日本人だ。異界においても我がアイデンティティ、忘るべからず。


そして俺は、一緒に居る狩人達とも少し打ち解けることが出来た。


バンダナはファン・ギザの近くにある農村の4男で、家の土地を継ぐことは出来そうにないので、立身出世を夢見て狩人になったそうだ。境遇の割には身なりが悪くないので、そこそこ土地と金持ってる地主なんじゃないかこいつの実家。


ドワーフはファン・ギザの町の出身だ。親父は木工ギルドで職人をしているそうだ。

将来は後を継ぐつもりだが、様々な経験を積む為の武者修行で狩人ギルドに加入したらしい。どう見ても武者修行というツラじゃないが。と言うか、後を継ぐつもりならこんな新人の死亡率高い職業を選ぶんじゃねえ。普通に木工ギルドに入ってろよ。

いや、その辺りのヤバい情報はヴァンさんだからこそ知っていたのかも知れんが。


赤ロン毛は、カニバル王国の4等貴族の3男だそうだ。実家は小さな領地の貴族らしいが、良くある貧乏貴族などではなく、ロン毛の兄貴や親父に商才があったお陰で、実家はかなり羽振りが良いらしい。俺垂涎の高級そうな皮鎧を着てるのもそのお陰である。

狩人ギルドに加入した理由は、まあ貴族のボンボンの典型的武者修行てやつだ。


因みに、この国の貴族に侯爵だの伯爵だの男爵だのそんな階級は無い。貴族の序列は2等級から10等級に分れている。1等級は王族だ。いや、実際は呼び方は其々あるようだが、とてもそんな固有名詞覚えきれないので、俺は速やかに記憶から削除した。4等と言っても赤ロン毛が怒らないので問題ないだろう。


さらに言えば、俺が頭で考えている貴族平民と言うのも、この世界の連中が上級民、下級民的なニュアンスで言っているのを適当に当てはめただけである。そうでもしていかないと、様々な意味合いの単語を覚え切れないからだ。本当は、地球の貴族や平民とは微妙に解釈や意味合いが異なっているのかも知れんが、今の所不都合はないので細かいことは考えないようにしている。


食事の後、赤ロン毛が俺を模擬戦に誘ってきた。

暇だし、身体が鈍るのが嫌なので当然受ける。木剣を兵士から借りて、赤ロン毛と対峙した。

だが、その結果は惨憺たるものであった。

赤ロン毛の打ち込みは、余りにもスローすぎた。何も俺の動体視力がたった1年で異常発達したワケではない。いや、多少は発達したかもしれんが。


今の俺は、赤ロン毛の目線や身体の動き、重心のかけ方などでその動きをかなり予測できる。身体を露出していれば筋肉の動きからでもだ。その相手の動きから、考えるより前に反射的に対応する動きを始めるまでに、俺の肉体は戦闘において最適化された動きをゾルゲに刷り込まれている。

其処から見ると、赤ロン毛の動き出しは余りに遅く、次の動作もバレバレなのだ。


正直、魔物や動物ではなく対人の動きに特化しすぎたような気がして不安になるのだが、此れでは赤ロン毛相手では全く稽古にならない。

仕方ないので、適当に打ち合って場を盛り上げておいた。ゾルゲのお陰で痛そうな演技や疲れた演技は得意なのだ。





















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