第60話
俺達がファン・ギザの町を出立してから数日後。
ひたすら歩き続けた俺達は、カニバル王国国境付近の砦に到着した。
兵士の話では此処は有名な砦らしく、俺は地球のヨーロッパの画像で見た荘厳な城みたいなのを想像して期待していた。実物を遠目に眺めると、確かに規模はそれなりに見える。だが、土壁や木組みの防壁に守られ、櫓がそこかしこに建っているのは見えるのだが、特に目立った城郭らしきものは見当たらない。
そして歩き続けて砦に更に近づいてくると、ボロくて薄汚れた壁、粗末な建材、造りかけで放置されたと思しき防壁などが嫌でも目に留まり・・・何とも言えない気分になった。
やっぱり金無いんだなあこの国。なんで金ないのに遠征なんかするんだろ。いや、金が無いからこそ遠征に踏み切ったのか。
こういう逼迫した現実を目の当たりにすると、どうにも辛気臭い気分になってしまう。こんな遥か彼方の異界に来ても金金金。マネーイズパワーなんだろうか。なんとも夢の無い話だ。まあ俺達がこの世界に飛ばされた時は、金どころか食い物や水すら無かったけどな。
此の場所で先行したファン・ギザの戦闘部隊や王都や他の都市の軍勢やらと合流した俺達は、人数的にとても砦の中には入れないので、砦の直ぐ傍のだだっ広い平原で部隊を再編、その後に国境を越えて進軍することになった。
砦の上から見たら俺達はさぞ壮大で勇壮な軍勢に見えるんだろうが、隊列を組んだ今の俺に見えるのは、前に居る兵士の後頭部だけだ。
先ほど運よく捕まえたバルガさんの話では、此処で別動隊をいくつか切り離していくらしい。いいのかそんなことペラペラ話しちゃって。随分いい加減なもんだな。
それに、戦力分散させちゃっていいのかよとも思わないでも無いが、戦略だの戦いの趨勢だのなんて、唯の荷運び要員の俺には所詮雲の上の話だ。
ただ、俺達は主力の軍勢に組み込まれるらしいので、進軍するのに隘路ではなく街道をそのまま闊歩していけるのは助かるけどな。此処からはちょっとした山道だそうだ。
此処から先は、戦闘部隊や足の速い部隊が露払いを兼ねて先行し、足の遅い俺達ファン・ギザ補給部隊ご一行は、各軍勢の一番後ろをヨタヨタと付いて行くことになった。これはラッキー。俺達は戦闘からは終始無縁でいられるかも。
丸一日かけて糞長ったらしい再編が終わり、戦闘部隊には気合入れの訓示みたいなのが行われていたようだが、俺達後方部隊にはそんなものはどうでもいい。
翌日、整然と先行する部隊を次々見送った俺達は、その日の午後には笛のような合図と共に砦を出立した。
砦を出発してから丸2日後。街道をひたすら歩き続けた俺達補給部隊一行は、森に囲まれた小さな平原に一旦留まることになった。
ここで俺達を含むファン・ギザの補給部隊本体は、工兵隊など一部の部隊を切り離してそのまま先行する。残された部隊はこの場所で小さな補給基地を作り、後方から次々運ばれてくる物資を一旦集積しておくんだそうだ。
俺達後方支援部隊の仕事は、その集積された物資を随時前線に輸送することらしい。
地球時間で約1時間程待たされただろうか。部隊の再編と、補給基地の建設に必要な資材や食料などを切り離した補給部隊一行は、再び行軍を開始した。
小さな補給基地建設予定地からひたすら歩き続ける事更に丸2日。俺達は、森に囲まれた広大な平原に辿り着いた。俺達はすでにカニバル国の国境線を通過している。国境線と言っても、滅茶苦茶適当にこの辺と決められたものらしいが。
今朝、バルガさんに聞いたところによれば、カニバル軍の主力はすでにこの平原に着陣しており、恐らく数日中には隣国の軍勢と接敵するとのこと。
とはいえ、あくまでそれはバルガさんの話で、正直俺には何がどうなっているのかはサッパリ分からない。地理に疎いので此処が何処かもわからんし、カニバルや隣国の兵力がどの位いるのかも全然分からん。俺は戦場全体の情報が入ってくるような立場じゃないし、戦場を俯瞰で見る事も出来ない。それどころか、前を見ても歩いてる兵士の頭しか見えんし。俺が出来ることと言えば、補給物資を担いで周りの兵士と一緒にひたすら歩いて飯食って休んでまた歩くだけだ。
・・・正直もう町へ帰りたい。
行軍する部隊の前方が騒がしくなり、笛のような合図が鳴った。どうやらカニバル軍の主力と合流したようだ。兵士からの指示で、俺達も一旦歩みを止めた。
俺達が合流したのはカニバル軍の主力ではなく、その後方に展開する他の補給部隊であった。どの道、只の一般人の俺なんかに軍勢の全容など把握する術は無いが、周りを見渡すと、一国の主力の補給部隊だけあって中々の規模である。
其処には本体である巨大な天幕と、左右に広がるように幾つもの天幕が点在し、其処かしこに物資が積まれている。
巨大な天幕というと、地球のサーカスの天幕みたいなものを想像するかもしれない。だがしかし、俺の目の前にあるのはそのような立派なものではなく、粗末な木組みの上に適当に布の様なものを被せただけの簡素なものである。その気になればあっという間に解体して撤収できそうだ。実際に手早く移動させることも想定しているんだろう。
地球に居た頃、イベントや運動会なんかで見た簡易テントの面積を滅茶苦茶デカくして見た目を粗末にしたような感じだな。
周りを様子を見ると、後方部隊なだけに、そこら中で歩き回っている兵士たちにはそれ程緊張した様子は見られない。
俺達は暫くの間待たされた後、バルガさんの指示で荷蜥蜴車の積み荷を降ろす作業に従事した。ファン・ギザ以外の補給部隊の兵士も手伝ってくれたので、作業は急ピッチで進んだ。俺が担いできた荷物も兵士に渡す。元々大した重さは感じていなかったものの、漸く俺も身軽になった。
俺達はこの後、空荷で後方の補給基地へ一旦戻ることになる。今日はもう日がかなり傾いているため、部隊の再編後は補給部隊の天幕で雑魚寝して、明日の朝出発である。
翌朝。バルガさん達ファン・ギザ補給部隊本体と分かれた俺達は、後方支援部隊の兵士に率いられて、建設中と思われる後方の補給基地へと引き返した。空荷なので丸1日で到着する予定だ。
そして、特にトラブルも無く、俺達は後方の見覚えのある小さな平原に辿り着いた。
荷蜥蜴車の前で休憩する俺達の前で、補給部隊の工兵たちが小さな砦みたいなものを建造している。移動を想定していないせいか、前線の補給部隊の天幕より余程まっとうな造りである。俺達は素人なので見物だ。下手に手を出すと却って邪魔らしい。
この場所から前線への物資の輸送は、俺達狩人の後方支援補佐部隊も担当する。
昨日俺達が訪れていた、カニバル軍主力の後方に展開している補給部隊までの間を適時往復するのだ。
此処には後方からの追加支援がすでに何度か来ていたようで、建設中の補給基地の中には物資が小山のように積み重なっている。
「なあ、ルバーキャ。俺達が敵と戦うこと あるのかな。」
俺は赤ロン毛に尋ねてみた。
「その可能性は十分あるだろうな。敵の本体と戦闘になることはまず無いだろうが、別動隊の襲撃には十分気を付けたほうが良い。」
誰が来ようが俺の剣の錆にしてくれるわ、とか言いそうだったのに思いの外冷静だな赤ロン毛。
は~・・・だよなあ。ギルド職員の話しぶりではもうちょっと安全な感じの仕事だと思ってたんだが。正直、俺が敵の指揮官ならこんな分かり易い敵の補給線は是非とも叩いておきたいところだ。考えてみたら滅茶苦茶ヤバいじゃねえか。
「俺は 武器も防具も持ってない。だから 敵が来たら逃げるぞ。」
俺はキッパリと言い切った。此処は平原だが周りは森である。森にさえ逃げ込めばどうにかなる・・・と思いたい。
「まあ仕方ないだろうな。」
と赤ロン毛。
「そりゃそうだろ。」
これはバンダナ。
「僕も逃げるよ。」
さらにドワーフ。
逃げることに対し、狩人連中からは特に反対意見は出なかった。そりゃそうか。俺達は兵士じゃねえからな。国の為に命を張る義理なんてものは無い。ヤバくなったらとっとと逃げるさ。
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