第52話

金さえ払えば見習い制度の教育実習の延長を申請できることは、申し込みの際の説明の時にギルド職員に確認済だ。ゾルゲはすでに引退した狩人である。どうせ身体は空いてるだろうから俺の延長申請は通るだろう。たぶん。

俺は別に頭がおかしくなったワケじゃない。教育実習を延長したのには理由がある。


第一にゾルゲだ。こいつは少なくとも俺より遥かに強い。それに、10日間シゴキを受け続けて気付いたのだが、この爺さんは一応俺達見習いを指導する気はあるようなのだ。初めは俺達をスカッとぶん殴るためにこの仕事を受けたんだと疑ったもんだが、模擬戦の時も素振りの時も俺達の駄目な部分を指摘したり、矯正しようとする素振りがあった。ついでに手と足が出まくるので失念しがちだが、その指摘はかなり的を射ていたように思う。


第二に俺自身だ。俺は結局ゾルゲの指導メニューを何一つまともにこなせていない。どうやらゾルゲの指導メニューには素振りと模擬戦以外にも色々あるようなのだが、俺はまだそこまで到達できてすらいない。流石にそんな中途半端な状態で見習いを卒業してしまうのは、俺のなけなしのプライドでもちょっと我慢ならない。


第三にこの環境である。このゾルゲの狂気のシゴキ。一見するとありえないような、逃げてしかるべき内容なのだが、実の所この環境は俺が望んでいたものに近いのだ。


俺は強くなりたい。狩人の仕事で生き延びて満足する収入を得る為にだ。そのためには厳しい鍛錬を自身に課す必要がある。


地球に居た頃。よくテレビやネットで一流のアスリート達が練習中の疲労骨折や関節の損傷などで長期療養を余儀なくされるニュースを耳にしたものだ。彼らは厳しい鍛錬をすることでより高みを目指すが、ともすれば鍛えるどころか、肉体を損傷するまで自分の肉体を当たり前のように追い込んでしまう。それを上手くコントロールしてより効率よく最大の効果を捻り出すように指導するのがコーチなどの役割なわけだ。


そんな彼らが、俺の持つ回復魔法を見たらどう思うか。恐らく悪魔に魂を売り渡してでもソレを欲しがるだろう。なにせどれ程ハードなトレーニングをしても。肉体を限界以上に追い込みまくっても。絶対に壊れないのだ。いや、壊れても治ってしまうのだ。


人間の身体は案外簡単に壊れてしまう。皮膚や筋肉の軽い損傷程度なら完治は難しくはないかもしれない。だが、千切れた腱や靭帯、擦り切れた軟骨、砕けた骨、傷んだ神経はどれほど渇望しても元通り完治するのは難しい。だからアスリート達はトレーニングの負荷を泣く泣く制限せざる得ないのだ。負荷をかけすぎて壊れてしまわないように。

だからもし、彼らが俺のように回復魔法を手に入れたら。大喜びでどこまでも際限のない過酷な鍛錬に身を投じることだろう。


対して俺はどうか。俺はどこにでもいる普通の元中学生である。一流のアスリート達のような才能も根性も強靭な精神力も俺は持ち合わせてはいない。所詮俺は彼らの勇姿をスタンドで応援したり、ポテチを食いながらテレビで観戦する側の人間なのだ。

そんな意志薄弱な俺が過酷な鍛錬を成し遂げるにはどうしたら良いか。それは否応なくそうせざる得ない環境に自分を放り込んでしまえばよい。自分でできないなら誰かにケツを叩いて強制してもらえばよいのだ。


そんな俺に対して、釘バットで俺のケツを連打しまくるようなゾルゲの狂気のシゴキはまさに渡りに船である。

普通なら身体がぶっ壊れるか精神が病んでしまう状況ではあるが、俺には回復魔法がある。即座に致命傷を負わない限りは身体が壊れる事は無い。また、その安心感が俺の精神を正常な状態に繋ぎ止めてくれる。


ゾルゲ。お前の狂気も暴力も。全部俺が食らいつくしてやんよ。そして全て俺が高みに登るための踏み台にしてやる。




___そして3か月近くの時が過ぎ


俺はいまだに教育実習を受け続けていた。次が9回目の延長である。勿論次も延長する。だがそろそろ資金が底をつきそうだ。

ギルド職員によれば、見習い狩人から何年経っても10級に昇格できない連中はザラに居るが、教育実習をこれだけ延長申請しまくるイカれた人間はこの町では前代未聞だそうだ。

それはそうだろう。見習いのうちは実入りの良いまともな依頼は受けられないし、日本とは比ぶべくも無いがちょっとしたギルドの福利厚生なんかも対象外。

その他ギルドから受けられる恩恵も殆どが規制される上、町ではガキにすら見下される。まっとうな人間なら一刻も早く見習いを卒業したいだろうぜ。


だが、俺は普通ならロクに稼げない薬草採取でそれなりの稼ぎを叩き出せるし、森の奥深くに住んでいるから人の目なんぞ気にならん。勿論永遠に見習いのままで居るつもりは無いが、見習いの教育実習は俺にとっては実に有益な制度なのだ。


なにせそれなりに上級の狩人に格安で訓練してもらえるのである。どうやら普通にギルドへ依頼しても、同じように狩人を雇って教育を受けることは可能なようだが、ギルドの取り分を考慮すると、恐らく金貨を積まねばこれ程長期間狩人の身体を拘束することはできまい。補助金をゾルゲに出すギルドとしては噴飯ものだろうし、ロクに依頼をこなさずに毎日ひたすらゾルゲと戯れる俺は恐らくギルドの評判は最悪だろうが、そこは必要経費と割り切る。以前大吾に教えてもらった自分への投資ってやつだ。

折角俺にとってこんなに都合の良い制度があるのに利用しない手はない。俺はこの見習い制度をしゃぶり尽くしてから上に昇格してやるぜ。



そして9回目の教育実習の最終日。

「ぜえっ ぜえっ ぜえっ」

俺は糞重い丸太剣をひたすら振り続ける。3か月の間、ひたすら振って振って振り続けた結果、ゲロと鼻水を垂れ流しながら早々にぶっ倒れることは無くなったが、未だに実習でやってることはコレと模擬戦だけだ。模擬戦では今でもゾルゲにボッコボコにぶちのめされる。俺は未だにゾルゲに一撃すらロクに入れられていない。


「金がもう無い から 次は来られない」

今日も模擬戦で一方的にゾルゲにボコられた俺は、情けなく地面に這いつくばりながらゾルゲに告げた。


「フン。やっと終わりか。」

ゾルゲは詰まらなそうに鼻を鳴らした。


「金 稼いで また申請する。」

「逃げるなよ ゾルゲ。」

俺はゾルゲを挑発した。ゾルゲの表情が変わり、こめかみに青筋が浮かぶのを確認して俺は密かにほくそ笑む。この3か月でゾルゲが煽りに弱いのは確認済みだ。

これで次の教育実習の申し込みの時に教官に指名してやれば、ゾルゲは間違いなく乗ってくるだろう。


地面に這いつくばる俺は、激怒したゾルゲの蹴りが襲って来るかと身構えたが、意外なことにゾルゲはそのままズンズンと歩き去って行った。


さて、次は金を稼がないとな。






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