第51話
「うがあっ」
俺の意識は激痛と共に覚醒した。
身体が動かねえ。何だコレ。金縛りか!?
ビキッ
「うぎぃ」
違う。動かねえんじゃねえ。動かせねえんだ。動くと糞痛え。あがががが助けて。助けて。親父!母ちゃん!兄貴!
俺はパニックになって心の中で叫んだ。知らず、涙が溢れる。
だが、助けは誰も来なかった。
・・・そうだ、思い出した。此処には家族も親友ももう誰も居ねえ。俺は独りだ。たった独りだ。俺を助けられるのはもう俺しか居ねえんだ。泣こうが喚こうが誰も助けてなんてくれねえんだ。
褌締め直せ。歯ぁ食いしばれ。そして思い出せ。あの山での誓いを。
生きて生きて生き抜くって決めただろ!女々しく泣き言ほざいてんじゃねえぞ馬鹿!
俺は自分自身に渇を入れると、臍の下で魔力を練り上げた。動けないのなら却って好都合だ。全力で練り上げた魔力を右手に保持して回復魔法を発動。集中してそのまま・・一気に体内に押し戻す。そして、心臓のあたりで一気に回復魔法をぶっ放した。
「あぎゃあああああああ」
全身に激痛が走り、俺は思わず悲鳴を上げた。うぐああああ隣の部屋から壁ドンされねえだろうな。
かろうじて動けるようになった俺は、身体の動きや痛みを確かめながらゆっくり起き上がった。
筋肉痛自体は地球に居た頃から日常茶飯事ではあったが、よもや全身打撲と筋肉痛でベッドの上で1ミリも動けなくなる事態になるとは。こんな経験は流石に今まで一度も無い。昨日の教育実習で一体どれだけ俺の肉体は酷使されたんだよ。
窓を小さく開けると、外はまだ暗かった。
寝よう。魔力を全快にしておかないと明日が本気でヤバい。
俺は再度回復魔法を使って身体をリフレッシュすると、今度は心地よく眠りに付いた。
翌朝。
回復魔法のお陰で俺の体調はすこぶる良い。だが、気分は鉛のように思い。当たり前だ。これからゾルゲの地獄のシゴキが手ぐすね引いて待っているのだ。
だが、俺はすでに飯20回分の金を払っている。山での飢餓生活の記憶が俺に逃げることを許さない。
俺は宿屋の椅子から身体を引き剥がすと、重い足取りで訓練所へと歩を進めた。
そして公園に着いた。俺の周りには親子が朝の散歩をしていたり、女性が洗濯物を干したり餅?みたいなものを捏ねてたり長閑な光景が広がっている。
それらを振り切るように進むと、陽気な春の公園にそこだけ暗黒の滲みのような異様な雰囲気を纏った老人が佇んでいた。いや、異様に見えるのは多分に俺の目にフィルターが掛かっているせいだろう。だって昨日の朝は割と普通だったし。
他の3人の見習いの姿は無い。まあ無理もない。回復魔法が無い連中は例えやる気があったとしてもベッドから起き上がれるかどうかも怪しいからな。
「遅えぞ。」
ゾルゲは目の前まで歩いてきた俺を睨みつけると、昨日の糞重い丸太剣を俺にブン投げてきた。
そして再び地獄が始まった。
「ぜひ~ ぜひ~ ぜひ~ ぜひ~」
地面に突っ伏した俺は酸素を求めて喘いでいた。すでに腕はピクリとも持ち上がらない。当たり前だが人間急に覚醒して強くなるなんてことは無い。昨日の録画再生のような光景がそこに在った。違いは倒れているのが俺独りだということか。
俺はゾルゲの蹴りに怯えていたが、なぜか追撃の蹴りはやって来ない。不審に思って顔を上げると、木の棒を杖代わりに生まれたばかりの小鹿のようにプルプル震えながら此方に歩いてくるイキリが見えた。根性あるじゃねえかイキリ。少しだけ勇気を貰った。
そして、必死でゾルゲの前までやってきたイキリに対して、一切の情け容赦なく丸太剣が投げ渡された。
太陽が丁度頭の真上に差し掛かろうかという頃。俺とイキリは轢かれたカエルのように地面にぶっ倒れていた。俺の顔は昨日と同様、汗と鼻水とゲロと涙でグシャグシャだ。なんとかゾルゲのスキを付いて回復魔法を使わねえと。もう身体が全然動かねえ。
その時、妙な音が耳に入ってきたので公園の奥に目を向けた。朝俺が此処に来た道だ。すると、まるで幽鬼のように頭を垂れて、足を引き摺りながらズリズリ歩いて来るソバカスが視界に入った。お、おいおい。ソバカスお前・・。
昨日と同じように模擬戦でズタボロになるまでぶん殴られた俺は、公園の人気の無い場所までズリズリと這い進むと、亀の体勢になって回復魔法を発動させた。
今日はイキリとソバカスが直ぐに気絶して動かなくなってしまった為、模擬戦は俺だけがゾルゲの餌食となった。そのため、昨日以上にゾルゲに木剣でぶん殴られてしまい、宿屋まで意識が保ちそうになかったのだ。魔力はギリギリ残っている。本当は節約したいがそんな余裕は皆無だ。綱渡り過ぎる。
小太りは結局最後まで姿を見せなかった。
翌日。昨日のリプレイのように俺は素振りでゲロをまき散らしながらぶっ倒れ、模擬戦でゾルゲに思う存分叩きのめされた。
今日はソバカスも姿を見せなかった。痛え。息がぐるじい。身体が重い。熱い。ちくしょう。ちくしょう。負けてたまるかよ。二人でこの地獄を耐え抜くんだイキリ。俺達ならやれる。二人で見習いを卒業するんだ。俺達ならきっとできる。やってやろうぜ。
俺は顔面から色々な液体を垂れ流しながら、なぜか無表情で座り込むイキリの首にガッチリ腕を回した。
さらにその翌日の午後。
「また明日だ。」
ゾルゲは短く宣言すると、ズンズンと訓練所から去って行った。俺は突っ伏したまま動けない。ゾルゲに打ち据えられた二の腕が腫れあがり、激痛が集中を乱す。これは折れてるな。クソッ。いってええええ。
今日、イキリはついに最後まで訓練所に姿を現さなかった。これで晴れて俺が待ち望んだマンツーマン指導が受けられるってワケだ。・・・全然嬉しくねえよ!
だが俺はあの3人を責める気にはなれん。ゾルゲのシゴキが異常すぎるのだ。10日も耐えられる方がおかしいのだ。だが、囮・・もとい仲間が居なくなった今、ゾルゲの目を盗んで回復魔法を掛けるのが益々難しくなってしまった。この先、果たして耐えられるのだろうか?俺。
そしてその後の6日間。3人の見習いが居なくなったことなど何事でもなかったかのように、まるでリプレイのように地獄のシゴキは続いた。俺は最終日も顔面からあらゆる液体を垂れ流した上、模擬戦で情け容赦ない一撃を腹に貰った際に、股の間からも少し液体を漏らしてしまった。
「話にならんな。」
最終日の午後。ゾルゲはフンと鼻を鳴らしてズンズンと訓練所を去って行った。
それでも俺は。言いようのない感激に打ち震えていた。
遂に、遂に、遂に俺は耐え抜いた。この地獄を遂に耐え抜いたのだあああ。うおおおおおおおおお。俺は身体中から異臭を放ちながら拳を突き上げた。
そして次の日。
狩人ギルドを訪れた俺は、教育実習の延長を申請した。
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