第50話
「ぜひ~ ぜひ~ ぜひ~。」
汗と鼻水を垂れ流しながら地面に転がる俺はさぞや不細工な絵面なんだろう。だがこちとら外聞を気にしてる余裕なんざ皆無だ。
「この程度で寝てんじゃねえ。」
ドブッ!
「ぽぶえっ!?」
地面で喘いでいた俺の腹にゾルゲの蹴りがぶち込まれた。俺は胃液と鼻水と涙をまき散らしながら転げまわった。ぐえええ苦しい。息ができねえ。体が熱い。頭に靄がかかったように何も考えられない。うごごごおちつけおちつけ落ち着け。
俺は咄嗟にうつ伏せになって亀のように身を縮めた。今は何も考えるな。一つの事だけ考えろ。他は全部頭から追い出せ。深呼吸ううぅぅぅ。ぜ~ひ~~ぜ~ひ~~。
よし・・よしっ ぜ~ひ~ いけえええええええ!
もう自分の意思じゃ絶対持ち上がらなかった腕と違ってコチラは根性が通用する領域だ。澱み乱れる思考を全力でねじ伏せて魔力を練る。胸に当てた手から癒しの光が俺の体内に流れ込む。胸を中心に身体の痛みと熱と息苦しさが急速に溶け去ってゆく。
くうううううおおお助かった。多少落ち着いた俺は、そのまま疲労しきった腕を掴んで今度は手の平で偽装回復を発動させる。ふと横を見ると、ぶっ倒れた天パソバカスがゾルゲにガシガシ蹴られていた。危ねえっ。図らずもソバカスが囮になってくれたか。
黒髪イキリはプルプル震えながらもまだ立ったまま丸太を振ろうとしている。
うおおこいつ俺より根性あるじゃねえか。なんか凄い敗北感。
もう一人の地味な小太りはどう・・・ぐげっ ゾルゲと目が合った。
俺は疲れ切ってギリギリな風を装ったが、ゾルゲは一切の容赦なく俺の髪をむんずと掴んで強引に立たせた。
「早く振れ。」
こ、こ、こ、この糞ジジイ。
___地球換算で2時間くらい経っただろうか
俺達4人のゾルゲ組は、プルプル震えながら全員地面にぶっ倒れていた。俺の貫頭衣は汗と鼻水とゲロに塗れて悲惨なことになっている。井戸で洗っても臭い取れるだろうか。
何度か意識が飛びかけたものの、俺は回復魔法のお陰で悲惨な見た目の割にはまだ多少余裕がある。だがソバカスがヤバい。マジで熱中症か打撲か疲労で死ぬんじゃなかろうか。
俺はズリズリとソバカスの所まで這っていくと、うつ伏せでピクリとも動かないその背中に手を当てた。バレないように力を抑えて偽装回復を発動する。死ぬなよソバカス。まだ実習初日だぞ。
俺は今、木剣を構えてゾルゲと対峙している。今持ってる木剣は普通のサイズだ。形状からして刃渡り90cmくらいの直剣てところか。
感覚的には永遠とも思われた地獄の素振りの後は、大した休憩時間も貰えずにいきなりゾルゲとの模擬戦である。俺以外の3人は冗談じゃなく目が完全に死んでるので俺が自然と先鋒で出る羽目になった。
今の俺の目には昏い復讐と怨念の炎が燃え盛っているだろう。非人道なシゴキ許すまじゾルゲ。往生せえや。
ゾルゲは特に合図も何もしてくれない。勝手に始めても良いって事だよな?
俺はゾルゲの頭をカチ割るべく少しずつ間合いを詰める・・・
ボガッ
いきなり視界が吹っ飛んだ。
「フゴゴゴゴ」
俺は訳も分からず地面を転げまわる。何をされたかも分からなった。視界がチカチカして光が乱舞している。鼻が溶岩のように熱い。ボタボタと大量の鼻血が垂れて来て鼻で息が出来ない。折れたか?クソッ。チクショウ。
俺は再び亀のように丸くなった。曲がった鼻の軟骨を強引に元に戻す。ゾルゲが怖くて躊躇う余裕すら無い。
ビギッ
痛すぎて涙が溢れる。俺は亀の体勢のまま、擦り切れた精神力を総動員して再び回復魔法を発動させた。
「うぎゃがががが」
鼻に激痛が走る。いだだだだだ。そういや最近回復魔法を疲労回復にしか使ってなかったから糞痛いのを忘れてた。だが、折れた鼻腔が復元されていくのが分かる。
ゾルゲの追撃は無かった。さすがにこの状態の教え子をボコるほどイカれては無かったか。しかし・・・ぐぞおお悔しい。強すぎるぞこのジジイ。
・・・いや、違う。俺が弱すぎるのか。
俺、話にならねえ。
バカだ俺は。山で走り回って、動けない動物殴って。強くなった気でいた。イキってた。話にならねえ。俺弱すぎるじゃねえか。ちょっと素振りしただけで鼻水垂らしてゲロ吐いて泣いてるじゃねえか。ジジイにまるで手も足も出ないじゃねえか。回復魔法無かったら今日とっくに終わってるじゃねえか。
悔しくて、情けなくて、痛くて。
涙が溢れてきた。
俺は涙と鼻血でグシャグシャになった顔を上げると、目の前でイキリがゾルゲにボッコボコにぶちのめされてる姿が目に飛び込んできた。何かの抵抗らしき仕草をしていたイキリだったが、程なく木剣を放り出して頭を押さえて悲鳴を上げ始めた。地獄か此処は。
結局、イキリ達は1度の模擬戦で戦意喪失。俺はヤケクソになって何度かゾルゲに挑んだが、徹底的にボッコボコにされボロ雑巾のようにされた。なけなしのプライドも文字通り粉々に粉砕された。
何度目かの模擬戦の際、俺は身体に重い倦怠感を感じて顔面蒼白になった。ヤバイ、魔力切れだ。回復無しでこんなイカれた模擬戦をやったらマジで命に係わるかもしれん。
幸い、再びぶっ倒されて疲労と怪我で完全に死んだふりをした俺を一瞥したゾルゲは
「明日の朝ここへ来い。」
と言い残して去って行った。
俺は痛みと倦怠感でズタボロの身体を引き摺るように立ち上がらせた。魔力はもう僅かしか無い。うぎぎぎ。今意識を失うワケにはいかん。歯を食いしばれ。意識に食らい付け。戦いの後無防備にグースカ寝ていられるのは小説の中だけだ。
・・・実働3時間くらいか?たったそれだけの時間の訓練でここまで人間を破壊するとは。ゾルゲのシゴキは危険すぎる。他の3人は座ったままピクリとも動かない。彼らは模擬戦を1戦しかしていないから肉体にはそこまでダメージは無いかもしれんが、心が死んでいそう。だが、俺もこいつらを気遣う余裕は全くない。すまん。
俺は身体をズリズリ引きずるように宿へと向かう。もう意識がヤバイ。くおおお根性見せろ俺。
ふと、遠目にシャーレさん達が見えた。見習いたちが手ほどきされながら木剣を振ってなんだか楽しそうだ。女の子の見習い狩人も居る。
いいなあ。いいなああああ。なんで俺は自分からこんな地獄に落ちちまったんだろう。ちくしょう。ちくしょう。
身体を引き摺りながら安宿に戻ると、ズタボロで痣だらけの俺を見て宿の親父がギョッとしていた。だが、一応実習ということは事前に話しておいたので、そのまま中に入れてくれた。
漸く安全な自分の部屋に辿り着いた俺は、僅かに残った気力を振り絞って閂を掛けると、ベッドに這い上った後、そのまま一瞬で意識を喪失した。
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