第49話

そして迎えた教育実習の日。俺達見習い狩人は、町の端の方にある公園のような場所へ集合することになっている。その場所は町の共用の訓練所も兼ねている。ギルドの地下の広大な訓練所とか想像したりしたが、そんな巨大設備を作る王侯貴族のような財力あるわけないか。


朝、俺が指定された集合場所に着くと、そこにはすでにギルド職員のおばちゃんと見習いらしき数名、そして教官らしき二人の人物が佇んでいるのが視界に入ってきた。


教官らしき人物の一人は白髪で髭モサモサの初老と思われる爺さん。顔には深い皺といくつかの深い傷が刻まれ、目つきが鋭い。ゼネスさんみたいな目だ。年かさみたいだが背筋はピンと伸びており雰囲気はあるな。


もう一人は、うおおおお女騎士様じゃああい。とは言っても肌は別に露出していない。厚手の服の上に金属の胸当てと籠手を着け、膝近くまである皮のブーツを履いた姿だ。髪はオレンジに近い金髪をポニテみたいに後ろで縛っている。碧眼で整った目鼻をしてる美人さんだ。でもよく見ると顔にいくらか刀傷のようなものが見受けられる。青少年としてはどうしても胸に目が行ってしまいがちだが、身体自体がブ厚いし腕も腿も太い。なんつうかスタイルの良い方の女子プロレスラーとかレスリングの選手みたいな体型だな。昔地球で見たアニメや漫画に登場してたヒョロヒョロの女騎士とは見た目の強さの説得力が全然違う。流石教官を務めるだけの事はあるな。



職員に聞いてみると、女騎士みたいな格好の人がシャーレさん。現役の5級狩人だそうだ。爺さんの方ははゾルゲさん。すでに引退したが元4級狩人だそうだ。

・・・ゾルゲ。なんだか狩人と言うよりは街道で山賊でもやってそうな名前だな。


教官はどちらかを見習い側が選んでよいのだそうだ。思いの外親切だな。

実習費はシャーレさんは銀貨5枚、ゾルゲさんは銀貨2枚だそうだ。おいおい老人差別やろこれ。と思ったが実際はシャーレさんは現役だから高額設定なのだそうだ。


地球で同じ状況なら一瞬の迷いもなくシャーレさんを選ぶところだが、正直俺は迷っていた。なぜなら、職員と話している間に見習いたちが次々やって来て全員シャーレさんの方へ行ってしまったからだ。ゾルゲさんの方は未だゼロだ。

これでゾルゲさんを選べば俺はマンツーマンで指導を受けられるかもしれん。シャーレさんの方はすでに10人くらい居る。思いの外見習いの数が多い。これは影響デカいな。俺は遊びに来てるワケじゃねえ。すでに金を稼ぐアテのある俺は実習費の事は正直どうでもいいが、見た目より実を取りたい。あとゾルゲさんが元4級と言うのもポイントだ。現役でないとはいえ、5級から上の昇級はかなり難しいと聞くし、年齢からみて経験も豊富そうだ。


俺は迷った結果、職員に告げた


「ゾルゲさんに お願いする。」

俺は銀貨を職員に渡して、ゾルゲさんの前に立った。

ゾルゲさんはギロリと俺を睨みつけてきた。いや、本人としては睨んでないのかもしれんが顔がこええんだよ。

俺は早くも後悔し始めた。でももう金払っちまったし、本人を前にして今更変えてくれと申し出るのは気まず過ぎる。



そのまま小一時間程経過すると、ギルドの職員が俺たちに声を掛けてきた。


「それではお二人は指導をよろしくお願いします。見習いの皆さんは頑張ってくださいね。」

どうやら全員揃ったようだ。シャーレさんの所は15人。ゾルゲさんの所は俺含めて4人。むう、マンツーマン指導の目論見が儚く散った。


俺は隣にいた天パ茶髪にソバカスの気弱そうな少年に小声で聞いてみた。

「何で こっちに来た?」


「お金ないから。」

・・・成る程、納得した。そういう枠なのね。俺やらかしちまったかも。


そして職員はギルドの方へ去って行ってしまった。


シャーレさん達の方を伺うと何だかワイワイと楽しそうだ。

ゾルゲ組の俺達は無言である。


すると、ゾルゲさんは突然俺達に背を向けてズンズンと歩き出した。そして、

「・・・付いてこい。」


うわ~声も無口なのも見た目そのまんまだよゾルゲさん。

一瞬固まった俺達4人だったが、顔を見合わせて慌ててゾルゲさんの後を追った。



公園の端にあった倉庫みたいな掘っ建て小屋でゴソゴソやってたゾルゲさんは、外へ出てくると俺達に何かを放り投げた。ドスンと地面に落ちたソレを見ると、バカでかい木剣のようなものだ。いや、木剣と言うより丸太の端を削って持ち手を付けたように見える。

そういえば職員がここは共用の訓練所でもあるって言ってたな。こんな倉庫もあるんだな。


「振れ。」

ゾルゲさんが言った。言葉が端的過ぎるぞ。


「どんだけ振ればいいんだよ。」

俺の左隣に居たガタイの良い恐らく少年が勢いよくゾルゲさんに問いかけた。見ると、短髪のツンツン黒髪で目つきが悪い。面長のいかにもイキってそうな少年だ。今まではゾルゲさんの異様な雰囲気に気圧されて無言だったのだろう。気にするな。俺もだ。


「やめろと言うまでだ。」

うわあああ。これはアカンやつだ。ゴリゴリのスパルタゴリラの遣り方やないか。


・・・どうせ逆らいようも無いので諦めて俺は丸太剣を拾った。糞重いんだが。

地球に居た頃、俺は剣道を齧ったことがあったので思い出しながら正眼に構えてみる。ゾルゲさんは無言である。このジジイ何考えているかサッパリ分からん。素振りを始める合図も無いし。

ゾルゲさんに動きが無いのでとりあえず勝手に素振りを始めることにした。すると、他の連中も慌てて丸太剣を拾って振り始めた。他の3人は皆ド素人なのかなかなかに酷い素振りだ。



10分後。

「ぜひゅ~ ぜひゅ~ ぜひゅ~」

俺は早くも息も絶え絶えとなっていた。 ぜひゅ~。だってこの丸太重すぎるんだもん。もう腕が上がらねえ。マジで上がらねえ。


「ふぎ~ふぎ~」

汗と鼻水を垂れ流してプルプル震えながら俺は力を絞り出す。しかし、ヘドバンみたいな動きをするが腕はピクリとも上がらない。身体が超熱い。心拍数がヤバい。もぅ力が入らない。

ゾルゲはピクリとも動かず俺達を凝視している。ああああああ回復魔法が使えねええええええんだよ。こっち見んなゾルゲエェ。


グリコーゲンが欠乏して乳酸が溜まり切った腕は、もう根性だの気合だので動かせるような状態じゃない。意味不明な覚醒や気合で限界を迎えた身体を動かせるようになるのは漫画や小説の中だけだ。そして当たり前だが、こんな状態で集中力が必要な回復魔法が使えるわけがない。ゾルゲがガン見してるし。



そして、早くも力尽きた俺は情けなく崩れ落ちた。







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