第40話

草原。と言うとモンゴルにあるような一面の草の絨毯を想像するかもしれない。

しかし、今俺の目の前に広がっているのは草原と言うより単なる草地だ。草ボーボーである。背の高い草は俺達の背丈より高いので、非常に視界が悪く、歩きにくい。先頭の連中がガンガン草を斬り拓きながら、隊商はゆっくり進んでいった。


そして休憩を挟みつつ半日ほど進んだ頃、俺達は遂に街道に辿り着いた。先頭から歓声が上がる。尤も、俺が見たところ街道と言ってもそんな立派なものじゃない。というか滅茶苦茶ショボい。昔の街道と言えば、ローマのアッピア街道のような立派な石畳の道を思い浮かべてしまうが、今俺の目の前にある道は、日本で言えば未舗装の田舎道に轍の跡があるだけである。これじゃ直ぐに草に浸食されてしまいそうだ。


それはさておき、俺達は今日は此処で野営する運びとなった。ようやく街道まで到達した為、此れからは荷鳥車の車輪を使うことが出来る。ただし、そのためには今装着してる鱗鳥の荷車担ぎ用の装備を取り外して、牽引用に換装しなければならない。まだ少し早い時間だが、その準備を兼ねての野営である。


俺はこの草原では素人同然なので、狩りは休みである。代わりに荷鳥車の換装を手伝った。今夜は邪魔にならないよう荷車は街道脇に寄せておいて、明日轍に嵌め込む予定だ。俺は回復魔法で疲労を癒しつつ、支給された水と味の薄いスープを啜った後、毛皮の外套を被って眠りに付いた。ちなみに見張りは行商人達にお任せである。彼らも部外者にやらせたくはないらしいので、遠慮なくお言葉に甘えている。


翌朝。街道に荷鳥車の行列ができていた。うむうむ。見た目が漸く隊商らしくなったぜ。荷車の車輪を轍に嵌め込む作業は滞りなく終わったので、続いて荷物の積み替え作業に移る。担ぎから牽引に変わって鱗鳥の負荷が軽減されたため、俺達が担いでいる荷物の一部を荷車に乗せるのだ。


ネット小説の行商人と言えば、自分らは荷馬車の御者をやったり、積み荷と一緒に荷馬車に中に乗ったりして、のんびり旅をするのが定番だが、現実はそんなに甘くはなかった。

お前らの二本の足は何のために付いとるんだ?ああん?とばかりに俺達はそのままひたすら歩かされた。荷鳥車の中は大切な積み荷で満杯である。歩ける奴を乗せるような無駄が許されるはずがなかった。背中の荷物が軽くなっただけでも良しとしよう。

ちなみに、速度は歩いても余裕で付いていける速度である。スピードなんて出そうものなら中の積み荷は勿論、下手したら荷車自体が激しい振動で崩壊しかねないからな。




俺達はひたすら街道を進む。皆余計な体力を使わないよう基本無言である。休憩を挟んで、日が丁度真上に来た頃。街道脇の草地に人の手が入った痕跡が現れ始めた。さらに進んでいくと、ポツポツと柵に囲われた農地らしきものが散見された。いよいよだな。町が近くなってきたようだ。胸が高鳴る。そして、俺の鋭い視力がソレを捕らえた。

街道のずっと先。広がる農地らしき一面と、小さく建物らしき一群が確認できた。遂にキタアアアア。この世界で初めての町やどおおお。テンションが一気に上がる。

ただし、俺のテンションがいくら上がったところで、隊商の進むスピードが上がるわけでは無い。焦らされる俺の意思と関係なく、目的地は少しづつ俺の目の前に広がっていった。


2時間ほど後、俺達は遂に森の外にある最初の町に到着した。そして、そこは想像以上にショボかった。建物は洒落たヨーロッパ風建築などではなく、煉瓦を積み重ねて固めたような粗末な見た目の家が立ち並んでいた。規模はビタ達が居た集落より一回り大きいくらいか。町と言うより村だな。空気は埃っぽくて、そして臭い。住人の排泄物を発酵させて堆肥として使っているんだろうか。俺のテンションは急降下だぜ。これなら集落の竪穴式の方がずっと清潔感あったよ。まったく。


町の入口では、槍のような武器を持った兵士っぽい連中が警護していたが、ヴァンさんとは顔見知りらしく、あっさり中に通されていた。ここには宿泊施設も無い為、俺達はこのまま町の外で簡単な天幕を張って野営である。大して取引するような商材も無い為、俺達は明日生活物資の補給をして、明後日にはここを出立する予定だ。こりゃここで就職活動どころじゃなかったな。ヴァンさん達と別れる予定の次の町は大丈夫なんだろうか。不安になってきた。


その日の日没前。俺はヴァンさんの天幕に呼ばれた。丁度俺も話をしたかったので好都合だ。


俺がヴァンさんの天幕を訪ねると、話は通っていたらしく、目つきの悪い護衛の人がそのまま中に通してくれた。


天幕の中では、動物だか植物だかの油を使った原始的なランプが周囲を照らしていた。

そこでヴァンさんは、羊皮紙のような書類に目を落としていた。

俺が近づくと、ヴァンさんは顔を上げて俺に笑いかけてきた。


「お前、次の町で職探しをするんだろ。前にも言ったけど、色々と忠告してやろうと思ってな。」

ああ。ヴァンさんもちゃんと覚えててくれたのか。


「ありがとう ヴァン よろしく お願いする。」

俺はペコリと頭を下げた。


「で。お前はどんな仕事を探すつもりなんだ?何かツテやアテはあるのかよ。」

ヴァンさんは問いかけてきた。


ツテ・・・は無い。俺が持ってるのは、通用するかどうかも不明なオルグから貰った簡素な身分証くらいだ。そして、俺に出来る事。ううむ。狩りのの腕はそれなりだと自負している。やはりそちら方面の仕事だろうか。


「俺は 山で狩り してた。狩りの仕事 できないか。」


「ふむ。狩人か。広義の意味では仕事があるかもしれんが・・・。」

ヴァンさんしばらく考えて、首を横に振った。


「難しいだろうな。お前の考えている狩りってのは山や森に入って獣を狩って、肉や毛皮を取って来て売るって事だろ? 需要が全く無いとは言わんが、それで日銭を稼ぐとなるとな。」

所々聞き取れない単語があったが、どうやら狩りで生計を立てるのは難しそうだ。


「辺境の村ならまだしも、都市部じゃ食材や素材の販路は全部決まっているからな。お前が許可も取らずに個人で勝手に肉や毛皮の売買なんて始めたら、そこら中の縄張りを荒らすことになるぞ。あっというまに袋叩きにされる。或いは衛兵にとっ捕まる。」


「・・・・。」

むむむ。なんとなく分かる。許可なく勝手に商売したら駄目って事かな。


「まだ理解するには難しかったか?じゃあ、そうだな。例えば、お前が宿屋や食堂の店主の立場なら、素性も分からん見知らぬ男が突然売りに来た肉や皮。買い取ろうと思うか?」


これは聞き取れた。ぐうの音も出ねえ。

この世界、都会じゃ狩りで生計を立てるのはなかなかに難しそうだ。


「お前は故郷を探す旅をするんだろ?なら定職に就くより、公募の日雇いの仕事でもしながら旅をするってのが現実的だろうが、この国、この辺りの国にありがちな戦争続きの不景気で仕事が無い。ああ、日雇いってのはな・・・。」


ヴァンさんの説明を受けた。Oh。日雇い。ううむ。この世界の労働環境はどうなっているんだろうか。封建社会っぽいけど、よもや日本のような雇用契約があるとは。

不景気で日雇い。なんだか日本がぐぐっと近づいてきたような気分だぜ。なぜか憂鬱になってきたけどな。


それにしても、個人売買も駄目。労働契約しようにも仕事が無いんじゃ八方塞がりじゃねえか。世知辛すぎるぜ。

・・・いや、そうだ。アレだよアレ。思い出したよ。岡田もよく言ってた、異世界と言えばギルドだ。ギルドのような同職組合的なものがあるかもしれん。


俺は試しに考え込んでいたヴァンさんにギルドの事を聞いてみた。すると、


「あるぞ。職人や同業者同士で手を結んだ組織がな。というか俺が所属してる商人ユニオ・アーデムがその起源だ。」

マジかあるのかよ。ギルドきたああああ。ヴァンさんの話ではそういった組織はユニオ・アーデムとかいう名前らしいがそんなの知らん。ギルドだギルド。俺の中でそう決めた。


俺は、早速ギルドの事を色々聞いてみることにした。まずは商人ギルドだ。正直商人には少し興味がある。


「お前が加入?無理。今からカニバル国王の首を取りに行くってくらい現実味が無いだろうな。」

一刀両断にされた。

話を聞くと、商人ギルドに加入するのは超狭き門らしい。

最低でも10年。他のギルドメンバーの商人の下で丁稚奉公をして、その商人に認められ、推薦状を貰って初めて登録の資格を得られる。そして、目が飛び出るような金をギルドに納めなくてはならない。ちなみにその金は、自身で稼いだ金以外は一切認められない。なので証文などとセットで収めるのが通例だ。さらに筆記試験と面談を経て、初めて加入を認められる。ちなみに、新規加入後に何か不祥事を起こした場合、そいつを推薦した商人も連帯責任となる。その連帯責任は、その商人が一人前の構成員になって新たなギルドメンバーを推薦するまで続く。

その辺の身元不明者がポッと出て来て登録しま~すとか絶対にあり得ん世界である。

こりゃ無理だわ。ていうかヴァンさんその若さで商人ギルドメンバーとか凄すぎだろ。スーパーエリートなんじゃねえか。


商人ギルド加入は早々に諦めた。ならいっそ、みんな大好き冒険者ギルドとか無いのかよ。

俺はヴァンさんに尋ねてみた。


「冒険者?なにそれ。知らんな。」

うごおおおマジか。そんなものは無かった。

ならばダメ元でと、俺は地球に居た頃ネットでよく見かけた、所謂テンプレ的な冒険者ギルドの内容を説明してみた。


「ああ。それなら探索者ギルドがあったな。お前が説明した内容と似たような感じの組織だよ。」

ヴァンさんはなぜかちょっと苦い顔をして教えてくれた。

うおおマジか。いっそ冒険者もとい探索者にでもなっちまうか。かなりリスク高そうだけど。


俺はヴァンさんに問いかけてみた。

「じゃあ 俺、その探索者ギルドに 入れる?」


そして、ヴァンさんの答えは

「それは無理だな。」

商人ギルドみたいにキッツい加入の縛りがあるんだろうか。残念無念。


「探索者ギルドは100年前に壊滅してるからな。」





・・・・・・・・マジか。











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