臥薪嘗胆暗黒就労編

第39話

ザク ザク ザク

俺は、ただひたすら歩いていた。

俺に背負われてる背板のような運搬道具には、巌のような巨大な積み荷が縛り付けられている。額から汗が滴る。足が地面に沈み込む。強靭な繊維を縒り合わせた背負縄が肩に食い込む。


集落に別れを告げてから半日。俺は早くも後悔し始めていた。

町まで連れて行って貰う代わりに荷運びの手伝いを買って出たものの、行商人の連中は俺に容赦なく糞重たい荷物を預けてきた。さらに、そこに俺の旅の荷物も括りつけてあるのだ。

俺は、初めこそ周りの行商人達に話しかける余裕があったものの、小一時間で無言となり、半日の徒行で息も絶え絶えとなっていた。山で鍛え上げたハズの俺の足腰だったが、この重量は肉体の限界を超えていたらしい。


よくよく考えれば、こんな途轍もない苦行をするくらいなら、多少迷ったとしても独りで町へ向かったほうが良かったんじゃあなかろうか。どの道、隊商の歩みは遅い。迷うことを加味しても、単独行の方が遥かに距離は稼げそうだ。

それにしても・・あー糞重い。もう全部放り出して逃げてえ。

そんな事ばかり考えていると、何やら合図の声が聞こえて、周りの歩みが遅くなった。

漸く休憩時間かよ。歩みが止まると、俺はその場に崩れ落ちた。


乾ききった俺は、水樽の荷車へ向かう。水の支給を貰うためだ。隊商における積み荷で一番かさばって重いものと言えば、当然食料と生活用水である。この商隊には水魔法の使い手が居るそうなので、運搬に必要な水の量はかなり節約できるのだが、それにも限界はある。普段の俺なら、水魔法と聞いたら即使い手に挨拶の一つでもしに行くところなのだが、今は其れどころじゃない。はよ水くれ。はよ。


支給された水をグビグビ飲むと、俺は自分の荷物の側に座り込んだ。漸く一息ついたぜ。あまり疲労してしまうと意識が朦朧として思考が鈍ってしまう。誰かに変なスキを突かれないとも限らん。気を付けなければ。

俺は足をスリスリして、筋肉を解す仕草をする。そして、回復魔法を発動した。


以前の俺なら、手が発光してそれだけで隊商の連中から注目の的であっただろう。だが、今の俺は周りからは只足をスリスリ撫でて筋肉を揉んでいるようにしか見えないハズだ。

これこそビタと共同で開発した、回復魔法の偽装である。やっていることは単純で、初めは手全体で発動していた回復魔法を掌だけで発動することに成功したのだ。

どのように成功させたか。それは回復魔法発動時に、俺はビタに手の甲を抑えてもらい、そこから加減を調節しながら力を乱して手の甲の部分の発動をあえて邪魔してもらった。これを何度も繰り返すことにより、掌からのみの発動を身体に覚え込ませたのだ。まさに力業の共同開発である。


この方法は、回復力が多少落ちて燃費も悪くなるが、代わりに周りにバレずに回復魔法を疲れ切った筋肉に染み渡らせることができる。ついでに手でマッサージもできるので一石二鳥だ。ちなみに体内で回復魔法を拡散する手もあるにはあるが、アレすっげえ集中力要るし、この糞疲れてるのにやるの面倒くせえ。今の俺が必要としてるのは即応性と即効性なのだ。


身体を揉み揉みしながら回復魔法を染み込ませていると、あっという間に身体の疲労が抜けていった。魔力に限界があるとはとはいえ、この絶大な効果には思わず顔が緩みそうになる。只、長くも無い休憩時間でいきなり元気になるとあまりに不自然なので、俺は疲れたフリをしていた。と、思わず小さなため息が出る。


俺は、行商人の人たちとは終始フレンドリーに旅が出来ると思っていたのだが、どうもそうは問屋が卸さないらしい。どうも連中は、俺がヴァンさんと馴れ馴れしく話しているのが気に食わないらしく、俺に対する当たりがキツい。運ぶ荷物がクソ重いのもその一環だろう。最初など持ち上げるのも不可能な荷物を押し付けてきたからな。

当然、俺としては彼らと仲良くしたいのだが、どうもこちらからフレンドリーに接しても、あちらさんが打ち解けてくれそうな手応えが無い。俺を未開の原始人と見下しているフシもある。

そんな連中に対して、俺の方が下手に出て揉み手しながら友好を請うのは何か違うだろう。その結果、仮に打ち解けたように見えても実際は舐められてるだけだ。そもそもそんな連中と仲良くする意味あんのかよ。


・・・あるよな。

俺はこれから半月の旅での周りの空気を思い、暗い気持ちになった。



俺が集落を旅立ってから10日余り。

俺は周りの行商人達とギクシャクしながらも、どうにか旅を続けてきた。

旅の間、俺を助け癒してくれたのは集落で身に付けた回復魔法だ。本当に、ホント~~~~~~に助かった。これが無けりゃ俺は逃亡してたかもしれん。それほどこの糞重い荷物を担いで歩き続け、なおかつ空いた時間に狩りまでするのはキツかった。


ちなみに、ヴァンさんが俺と他の行商人達との仲を取り成してくれることは無かった。まあ彼にとっては人に取り入るのも仲良くするのも自分次第。幼いガキじゃあるまいし、その程度の事で俺に頼るなって事なんだろう。まあ分かる。


歩きながら周りを見てみると、森の中の植生が徐々に変わってきた。巨木の数が段々と減り、背の低い木々が増えてきた。また、森の地表まで太陽光が届くようになってきたのか、雑草など地表の茂みが多くなってきて、視界が悪く歩きにくい。また、害虫に刺される頻度が増してきた。


「歩きにくくなってきた。森の出口 近いのか?」

俺は近くで歩いていた少年に話しかけた。集落に居た時、俺が声を掛けたら物凄い勢いで逃げたあの少年だ。子供ながらデカい荷物を背負い、茜色の巻き毛に帽子を被っている。瞳は濃紺で目はグリグリとデカイ。いかにも好奇心旺盛で利発そうな感じだ。俺は何も行商人たち全員とギスギスしているワケじゃない。何人かとはどうにか打ち解けた。


「まだまだ先だよ。暫くすると、雑草を斬り拓かないと進めなくなるよ。案内人が居ないと迷っちゃうだろうね。」

案内人とはこの商隊の斥候のことである。地形を記憶するのが得意なのだそうだ。


「そうか。」

俺はうんざりした。当たり前だが隊商の歩みは遅い。それでも1日あたり、体感20kmくらいは進んでいるはずだ。もう集落は随分遠くなっちまったな。そういえば虫刺されに回復魔法は効くのだろうか。試すのを失念していたぜ。


俺はうんざりしていたが、行程自体は順調らしい。黒猪などの魔物にも出会わなかったし、盗賊なんかも居ない。

勿論それには理由がある。この隊商の荷鳥車には魔物や猛獣除けの香が擦り込んであるそうだ。しかも、荷を担いでいる鱗鳥はかなりの戦闘力を誇るらしく、そこらの魔物など寄せ付けない。ヴァンさんはこの荷鳥車達に相当な金をかけてると言っていた。安全を金で買う。まさに商人の鑑である。


盗賊については、何日か前にヴァンさんに居ないのかと尋ねてみたが

「こんな所に盗賊なんて要るワケないだろ。襲う相手が居ないんだから。」

と呆れたように返されてしまった。


盗賊の類は、基本どこかの町や往来のある主要街道の近くにしか居ないらしい。獲物を襲うためにワザワザ何日も行軍するようなアホは居ないわな。

とはいえ、日本のフランチャイズみたいに盗賊の実行組織は町や街道の近くに常駐させて、命令する組織の本部は人気が無くて魔物の少ないこの辺りに拠点を構えるてのはアリなんじゃなかろうか。


などと、移動中は他にやることも無いので、俺はとりとめもなく考え事をしながらひたすら歩き続けた。

ちなみにヴァンさんから聞いたところ、森から出た後の最寄りの町は、町と言うより小さな村だそうだ。余所者の就職口などとても期待できそうにないので、俺はその先のもっとデカい町まで同行させてもらう予定だ。ヴァンさんはその辺は織り込み済だったらしく、お願いしたらアッサリ了承してくれた。ビタ達が知っていた町は恐らくソッチのほうである。小さな町の方はまだ出来て20年ほどしか経っていないと言ってたからな。


そして数日後。

森の木々は徐々に疎らになってゆき、俺達はついに草原へと足を踏み入れた。





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