(閑話3)

あたしの名はビタ。

生まれたばかりのオブタッドより純真無垢な10歳の乙女だ。

あたしは森の中の小さな村に住んでいる。村に名前は無い。村長をしている父ちゃんに理由を聞いたけど、教えてくれなかった。

あたしは普通の子供じゃない、と以前祖母ちゃんに聞いた。自分では良く分からない。祖母ちゃんの話では、あたしが生まれたとき神様からご神託があったんだって。

どんなご神託かは教えてもらえなかった。そういう決まりなんだって。祖母ちゃんのケチ。

でも、普通じゃないってもしかしたらこの事なのかな。

あたしは、物心ついたときから神様の声が聞こえた。ううん。ちゃんと言うと声じゃない。神様の話すことばはとっても難しくて、言ってることは良く分からない。でも、ことばは分からなくても、神様の気持ちはあたしの中に伝わってきた。

神様はとっても優しい。あたしに神様の声が聞こえること、神様とくっつくことが出来ると分かると、とっても喜んでくれた。

あたしはよく大好きな神様に祈った。父ちゃんや母ちゃんと同じように。でも父ちゃんや母ちゃんには神様の声が聞こえないみたい。


ある時、あたしが村の端っこで遊んでると、ちっちゃなオブタッドの子供が血を流して倒れていた。グルルにやられちゃったのかな。子供はまだ動いていた。でももうすぐ死んじゃいそう。あたしはとっても悲しくなった。そして神様にお願いした。どうかこの子を助けてあげて。

すると、神様の気持ちが伝わってきた。とても優しい気持ち。そしてあたしに助けるやり方を教えてくれた。

あたしが死にそうな子供に手を当てると、神様から暖かい光が流れ込んできた。その時、あたしはあたしの中に見えない道があることを知った。その道を通じて大っきな大っきな神様の端っこにくっついてるんだ。

しばらくすると、あたしの手が光りだした。きれい~。光が当たると、子供の怪我はどんどん治った。すっごい。

子供は傷が治ると、山の中に逃げて行っちゃった。残念。でも神様は、子供が助かって喜んでくれた。神様、あの子を助けてくれてありがとう。


その後、あたしはお祖母ちゃんが転んで怪我をした時に、この力を使って治してあげた。褒めて貰いたかったんだ。

祖母ちゃんは褒めてくれたけど、この力は絶対に人には見せちゃいけないって言ってた。祖母ちゃんは、今まで見たこと無いほど怖い顔をしてた。あたしは祖母ちゃんとやくそくした。



そしてあの日。あたしは村の柵ををこっそり抜け出して遊んでいた。ちょっとだけおっきくなったあたしには村の中で遊ぶのは窮屈だったんだ。

そしたら、たまたま遠くに居たグルルと目が合っちゃった。グルルはこっちに走り出した。あたしは必死で逃げた。でも、村まではむり。あたしは必死で近くにあった小さな木に登った。グルルは飛び上がってあたしを食べようとした。怖いよ~。

あたしは神様に祈った。でも、神様が助けてくれないことは分かってた。神様はあたしを大好きだけど、グルルのことも好きなのだ。父ちゃんのことも母ちゃんのことも祖母ちゃんのこともみんなみんな大好きなのだ。だから、あたしがグルルに食べられてとっても悲しくても、グルルが美味しいものを食べることが出来て嬉しいのだ。


あたしは泣いた。でも、どんなに泣いてもグルルは食べようとするのをやめてくれなかった。

もう食べられちゃうのかな。とあたしが思うと、グルルが急に動かなくなった。

すると、木の陰から何かが飛び出してきた。あたしは驚いて、動けなくなった。グルルと何かが戦ってるみたい。速くてなにがなんだか分からなかったけど、グルルはすぐに泡を吹いて動かなくなった。何が起きたんだろう。

そして何かがこっちに近付いてきた。

それは、手足の長いオブタッドに見えた。でもよく見たらあたしたちと同じ人だった。


それが、あたしとカトゥーとの出会い。



あたしは怖かったけど、その人に近付いた。最初は獣にしか見えなかった。体にオブタッドの皮を巻いて、腰に葉っぱを付けてた。葉っぱの隙間から、見えちゃいけないものがチラチラ見えちゃってた。けど、その人は手に付いた怪我の手当てをしていた。獣じゃなくてあたしたちと同じかもしれない。助けてくれた、お礼をしないと。

よく見ると、その人の手には血がいっぱい付いてた。とっても痛そう。


あたしが近づくと、その人は笑って何か言ってきた。

「ジャンボ!」


? 何を言ってるんだろう。


「あなたはだれ?どこから来たの?」

怖いけど、あたしは聞いてみた。

でも、よく分かってないみたい。お礼を言ってみた。


「助けてくれてありがとう。」

ちょっと怖くて声がヘンになっちゃった。その人はまだ良く分からないみたい。言葉がわからないのかな。


すると、その人は大きく自分を指さして

「オーレ カトゥー。」

私を指さして

「オーメ ハダーレ。」

と言ってきた。名前を聞いてるのかな。


あたしは答えてみた。

「あたしはビタ。」


その人はまた自分を指さして「カトゥー」と言った。

カトゥーって言うんだね。すごいっ。話は聞いたことあったけど、たまに村に来る商売の人以外で「外」の人を初めて見た。あたしは興奮した。


「うぐっ。」

カトゥーは急に変な声を出した。あ、傷が痛いんだ。どうしよ。


あたしは迷った。でも、なぜかそうした方がいいような気がした。あたしはカトゥーの手を掴んであの力を使った。お祖母ちゃんごめんね。でも、この人言葉話せないみたいだしいいよね。

あたしは神様に光を貰わなくても、体の中の光を集めて傷を治すことが出来るようになっていた。でもこれだと死んじゃいそうな傷は治せないけどね。

傷を治すと、カトゥーはとってもとっても驚いてた。フフフ。ちょっと楽しい。


そしたら、カトゥーはいきなり自分の手を刺した。え?え?なにこれ。


その後、色々あってあたしはカトゥーにこの力の使い方を教えることになった。どうしてこうなっちゃったんだろう。でも、神様も何も言わないしいいよね。


カトゥーは一生懸命あたしの真似をしてたけど、全然力をつかえなかった。どうやら、カトゥーはあまり神様を好きじゃないみたい。神様が大好きじゃないと力を使うことはできないんじゃないかな。あたしは段々面倒くさくなっていった。


あたしの気持ちが変わったのは、神様の気持ちを感じたから。感じてしまったから。神様は、カトゥーをとても可哀想に思ってた。なんでだろう。あたしは神様に聞いてみた。神様の気持ちが流れ込んでくる。あたしはびっくりした。怖くなった。


神様はあたしたちをみんな祝福してくれる。あたしも、父ちゃんたちも、村のみんなも、オブタッドも、グルルもみんなみんな。

だけど、カトゥーにだけはその祝福は届かない。神様の優しさも、癒しも、導きも、赦しも 救いも この世界でカトゥーにだけは届かない。なぜなら、カトゥーは遠い・・・ずっとずっと遠い所から来た異邦人だから。

むずかしい言葉は分からないけど、神様の気持ちが伝わって来て、あたしにはそれが分かった。


そしてあたしは決めた。自分に出来ることを全部やる。全部やってカトゥーに教えるって。

それからも、カトゥーは一所懸命練習した。何度も何度も何度もたくさんの事を試した。頑張りすぎておかしくなっちゃった事もあった。

そして数えられないくらい朝が来て、遂にカトゥーは力を使えるようになった。あたしは泣いちゃった。だって、本当に良かったと思ったから。


本当の事を言うと、無理だと思ってた。カトゥーは神様の温かい手の上から零れ落ちた異邦人だから。カトゥーは神様を欲しがっていなかったから。でも、カトゥーは全然諦めなかった。ただ頑張っただけじゃない。沢山沢山試して、悩んで、考えて。神様から光を貰うのとは全然別のやり方で、ついに自分だけで光を掴んじゃった。カトゥーは凄い。あたしは嬉しかった。


あたしは父ちゃんや村のみんなにカトゥーの事を紹介することにした。カトゥーは山の中で一人ぼっちで暮らしていた。

神様の優しさが届かなくても、あたしたちが一緒に居てあげたかった。独りじゃないって思ってほしかったんだ。


そして、村のみんなはカトゥーを認めて、受け入れてくれた。カトゥーは村で一緒に暮らすことになった。やった~。


カトゥーは村にお家を建てて、狩りをして暮らすことになった。あたしは一緒に遊べると喜んでいたけど、カトゥーはいつも忙しそうでなかなか遊んでくれない。つまんないの。でも、あたしが怒ってたら、時々遊んでくれるようになった。


カトゥーは力を使えるだけでは満足してないみたい。使えるようになった後も、一杯練習してた。そのうち、ジッケンジッケンと言い出した。ジッケンてなんだろ?

あたしもヒマな時は一緒に練習した。そしたら、色々な事が出来るようになった。すごいな~。もっともっと練習するなんて今まで考えたことも無かったよ。楽しいっ。



カトゥーが村に来てからどれだけ経っただろう。カトゥーはあたしたちに、突然宣言した。この村を出ていくって。父ちゃんや母ちゃんを探しに行くって。

あたしは泣いた。そして父ちゃんにお願いした。一緒に行きたいって。父ちゃんは怒って、久しぶりに尻を叩かれた。

でも、本当は分かってたんだ。いつか、カトゥーが村を出て行っちゃうことも、あたしは一緒に行けないことも。

カトゥーの目は、ときどき遠くを見てたから。とてもとても寂しそうな目をしてたから。

あたしは暫くの間、カトゥーと話をする気になれなかった。



それから何度も朝がきて、あたしの気持ちも落ち着いたころ。遂に商売の人たちがやってきた。カトゥーは言っていた。商売の人たちが来たら一緒に行くって。久しぶりに商売のみんなが来たのは嬉しかったけど、カトゥーがいなくなるのはとても悲しい。

商売の人たちがいる間、あたしとカトゥーは一緒に力の練習をしたり、遊んですごした。楽しい。でも、もうこれで最後なのかな。いやだよ。



・・・そして、お別れの時が来た。

商売の人たちは忙しく働いていた。カトゥーは・・・村のみんなとお別れのあいさつをしてた。一緒に狩りをしていたアルクさんやゼネスさんと抱き合ってた。

父ちゃんや母ちゃんや祖母ちゃんともお話をしてた。

そして。


「よう、ビタ。」

ついに、カトゥーはあたしに声をかけた。あたしは黙っていた。お別れのあいさつなんてしたくない。でも、父ちゃんに背中を押されちゃった。


「俺は行く。ビタには 世話になった。とても とてもだ。ありがとう。」

カトゥーはあたしの目を真っ直ぐに見て、あたしに言った。

・・・気が付いたらあたしはカトゥーに抱き着いていた。涙が溢れて溢れて止まらなかった。すると、カトゥーもあたしを抱きしめてくれた。でも、悲しくて悲しくて仕方が無かった。


その時、あたしは神様の優しい光を感じた。すると、カトゥーの気持ちを感じることが出来た。優しい優しい気持ちを。このお別れは悲しい事なんかじゃないって。あたしもカトゥーも何も失くしちゃいないって。


思わずカトゥーの目を見た。そこには強い強い光があった。たとえ独りぼっちでも、神様に祝福されなくても、決してあきらめない耀きがあった。あたしはその耀きを、ずっと忘れることは無いだろう。


そして、カトゥーは旅立ってしまった。

カトゥーは小さな小さな粒になるまで、一度も振り返らないで真っ直ぐ前だけを見て歩いて行ってしまった。カトゥーらしい。


あたしはカトゥーが見えなくなるまで、ずっとずっと見ていた。どうしても、目が離せなかった。

不思議な出会いから、たくさんの出来事があって。でも、あっという間にカトゥーは行ってしまった。


いつかまた、彼と会うことが出来るかな。

あたしも彼みたいに、強く生きることが出来るかな。


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