第38話
出発の日。空は抜けるような青空が広がっている。見上げると、心なしか地球の空より色が濃いような気がした。
いよいよこの集落ともお別れである。俺の心に様々な想いが湧き上がる。複雑な感情だが、やはり一番大きな感情は寂しさか。俺ってこんなにセンチな奴だったっけ。
今日は忙しい集落の人たちも、ひと時仕事を休んで俺達を見送ってくれることになっている。
俺は皆に挨拶して回った。結局組むことは無かったゼネスさんとアルク以外の狩人仲間、優しくて肝っ玉のデカい女衆、皆髭ボーボーで気さくな男衆、何考えてるか未だに分からん長老たち、随分慣れて一緒に遊んでやったガキども。
皆が別れを惜しんでくれた。ああ、俺も別れは惜しい。此処にいる間とても楽しかった。でも行かなきゃ。
俺は自宅に戻ると、旅の荷物を担ぎ、デカい縄草袋を手に取った。この中身は集落への餞別。俺特製の黒猪燻製肉だ。
旅の行程では、追加で行商の荷運びもするので結構な重量になる。連中最初は聳え立つ巨大な荷物を俺に担がせようとしやがったので、速攻でヴァンさんにチクってやったら説教されていた。行商人の癖に非常識な輩も居たもんだ。
振り返ると、がらんどうになった俺の家。この家ともお別れだ。魔法の鍛錬や動物実験で随分と世話になった。
俺は頭を下げて小さな俺の城に別れを告げると、行商人達の待つ集落の外れへ向かった。
「おーい カトゥー。遅いぞ。」
行商人の荷鳥車が集まる場所へ近づくと、ヴァンさんにデカい声で呼ばれた。どうやら家で感傷に浸り過ぎちまったか。もう皆集まっているようだ。
行商人達は荷車を担ぐ鱗鳥(と勝手に名付けた)に荷運びの器具を装着したり、自分たちが担ぐ荷物を固定したり、忙しそうに作業している。
「ヴァン もう 出発するのか?」
俺は準備の指揮をしていたヴァンさんに歩み寄って問いかけた。
「ああ。準備が出来次第出発するぞ。日が沈むまでに出来るだけ距離を稼いでおきたいからな。お前の荷物はこちらで準備させておくから、早く別れを済ませておけ。」
「ありがとう。」
俺はヴァンさんにお礼を言うと、俺を待っているビタ達の所へ歩み寄った。
「カトゥー。お前が居なくったら、他の組の奴らに負けちまうかもな。」
アルクがおどけた様子で言ってきた。
「だったら もっと 狩りの腕磨け。ゼネスの足を引っ張るなよ。」
「ぬかせ。」
俺達はガッチリ握手して、抱き合った。
「アルク 弓、ありがとう。」
俺はソッチの気は無いが今くらいは良いだろう。
「カトゥー。息災でな。簡単に死ぬなよ。」
ゼネスさんが俺の肩に手を置いた。いつもは超鋭い目つきなのだが、初めてこの人の優しい目を見た気がする。
「ああ。」
俺は気の利いた台詞が何も出てこなかった。なので、感謝の気持ちを込めてガッチリ抱き合った。獣臭さが鼻腔を擽る。この人にはお世話になりすぎた。
そして、集落の長であるオルグの一家。
「短い間 だが お世話になりました。」
俺はオルグに深く頭を下げた。最敬礼の90度だぜ。すでに約束した身分証の木札は貰って居る。初対面の印象はともかく、この人にも随分お世話になった。集落の長らしく、鷹揚で器の大きい親父だった。だが浮気は止めろよ。後ろにいるビタの母ちゃんは本気で怒らせたら間違いなく超怖い。
「お前が居なくなると寂しくなるな。何時でもここに戻ってこい。歓迎するぞ。」
オルグはニヤリと笑いかけてくれた。そして、俺はオルグと、そして母ちゃんともガッチリ握手をした。祖母ちゃんは頭を撫でてくれた。
その後、俺はオルグやゼネスさんらに餞別の燻製肉をどんと差し出した。皆ニッコニコで受け取ってくれた。こういう素直さは見てて気持ちが良い。変に遠慮とかされると渡す方もやりにくいからな。
__そして
「よう、ビタ。」
俺は、オルグの後ろに隠れるようにして居たビタに声を掛けた。
ビタはビクッとなったが、オルグに促されておずおずと前に出てきた。お前はいつからそんな恥ずかしがり屋になったんだよ。そんなタマじゃねえだろ。
俺は腰を落として片膝を地面に付いた。ビタを正面から見据える。
「俺は行く。ビタには 世話になった。とても とてもだ。ありがとう。」
俺は素直な感謝をの気持ちをビタに伝えた。
ビタはゆっくり近づいてきて、静かに俺に抱き着いてきた。目からボロボロ涙が零れていた。
バカだなあ。こいつは。オイオイ泣く奴があるかよ。これは悲しい別れなんかじゃねえ。のぶさんの時とは違う。お前も俺も元気に生きてんだ。俺達は何も失っちゃいねえんだよ。
俺もビタをギュッと抱きしめてやった。女の子とは思えないゴツゴツした筋肉質な身体。眉毛は相変わらず繋がってる。両方の穴から鼻水垂らして、ブッサイクなツラだなあ。はは。思わず心の中で言っちまったよ。
でもな。俺はお前のそんなツラが結構好きだぜ。
もし、俺の目の前で絶世の美少女やお姫様が恐ろしい魔物に襲われてたら、俺は彼女らを助けるか?
答えはノーだ。俺はネット小説のハーレム主人公でもなりゃどこぞの勇者さまでも無い。どんな美女だろうが赤の他人の命なんかよりも優先するのは自分の命だ。
だけどな、ビタよ。もしお前が俺の目の前で魔物に襲われてたら。お前がピンチになってたのなら。俺は美少女だのお姫様だのを蹴り飛ばして囮にしてでも、俺の命張ってでも、お前を助けに行っちまうだろうな。初めてお前と会った時にはそんなこと考えられなかったよ。こういうのが縁って奴なのかもな。
暫くの間、俺はビタを抱きしめていたが、そっと手を離した。もう行かなきゃな。
「カトゥー。また会える かな?」
ビタは顔を色々なものでグチャグチャにしながら問いかけてきた。
「分からない。二度と 会えないかも しれない。」
俺は気休めなんか言わない。この世界は広い。正直に言うとこの集落の人たちと再び再会する可能性は非常に低いだろう。だが。
「運命の神が 俺達を 導いたなら また会える かもな。」
俺はビタに笑ってやった。湿っぽいのは好きじゃねえ。例え今生の別れでも、別れる時も笑顔で行きたい。
俺はこの時、異世界というものを強く意識した。とてもとても遠い所に来てしまっことを。なぜなら、地球に居た頃はこんな別れなんて考えもしなかったから。地球じゃ、どんなに離れたところに居てもその気になりゃ何時でもスマホで話ができるし、モニター越しに会えるんだからな。
多分もう二度と会えない。そんなリアルな別れなんて、地球じゃもう死に分れくらいしか経験できないだろう。
ああ。家族のみんなに会いてえなあ。
それから1時間ほど後、
ヴァンさんの合図で俺達は集落に別れを告げた。
ビタは集落の皆の前に出て、涙で腫れた目で俺を見ていた。
最後に、ビタに片手を挙げて別れの挨拶をすると、俺は振り返ることなく、糞重い荷物を担いで歩き続けた。
ふと、俺は歩きながら後ろを振り返ってみた。すると、山暮らしで発達した俺の視力でも豆粒ほどの大きさになったビタがそのままの姿で俺達を見ていた。
ビタは、完全に俺の視界から見えなくなるまで、ずっと俺達を見続けていた。
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