第25話

すっげええぞコレ。結構深い傷だったのに、念仏唱えただけで塞がりやがった。これはやはりアレか?もしかして魔法って奴なのか?信じちゃっていいのか異世界さんよ?ちょっとばかり想像してたのとは違ってたけど、凄い事には変わり無いぜ。


「うひょおおおあああぁ!」

興奮しまくった俺は我を忘れて奇声を上げると、背負い籠からナイフを取り出して治ったばかりの前腕にブッ刺した。そしてビタに傷口を差し出す。


「もう一度だ。」

ビタはドン引きしていた。


ミチミチミチ・・・

「ふ~む、何度見ても凄いな。」

俺は顎に手を当てながら、痛みと共に塞がっていく自分の傷口を観察していた。


これでビタに傷を治してもらうのは都合4回目である。流石に少々悪いかなと思ったが、俺はビタの命の恩人様だからな。この売った恩は最大限に利用させてもらおう。

そのビタはちょっと面倒臭そうに念仏を唱えている。手つきも念仏も、最初と比べると心なしか雑になってきてるように見受けられた。


しかし、一体どういう原理でこんなに高速で傷が塞がるんだろうか。過程をジックリ観察してみると、血液が凝固して流血が止まるのと傷口が腫れて変質、肉芽に覆われていく様子が動画の倍速の如く高速で展開されていくのが分かる。どうやら損傷の過程を逆再生するとかでなく身体の治癒能力を異常活性化させているようだ。・・・癌細胞とかにならねえだろうな。


ともかくだ。魔法だか気だか超能力だかは分からんが。

この物凄い力是が非でも手に入れたい。どんな手を使っても、だ。この謎の治癒能力がどの程度の大きさ深さの外傷まで有効なのか。内臓や骨や腱の損傷にも効くのか。病気は?傷口に入り込んだ雑菌は?ウィルスは?


色々と検証の余地はあるが、もしこの力を手に入れる事が叶えば、俺がこの世界で生き延びる確率は飛躍的に上がるだろう。更にもし万が一日本に帰れたら、ガチでヒーローになれるかも。



俺は改めてビタをまじまじと見た。そして決断した。

この女を篭絡するっ。何としてもだ。


俺はビタの手を取って、頭を地面に擦り付けた。土下座も考えたが、意図が伝わりにくそうなのでやめた。そして、ボディ・ランゲージでどうにかその治癒術を教えてくれと懇願した。駄目なら代価として、俺特製の黒猪の燻製を差し出すのも辞さない。もしそれでも断られたのなら、最悪若くて未だ穢れを知らぬ俺自身の肉体を・・。


「ボーロ エニム ボス ハク・・」

すると、俺の意図がどうにか伝わったのかビタは結構長い時間考え込んでいたが、何事かを俺に言うと、何やら身振り手振りで伝えてきた。

ここに来いということか?ううむ、また此処に来いということか?分かんねぇ。


「分かった。」

俺が適当に頷くと、ビタは好奇心からか俺の身体を無遠慮にぺたぺた触った後、にこやかに手を振って集落の方へ去って行った。


俺も手を振ってビタに応じた後、恐る恐る石斧と石弾を回収。あれからひっそりと死んでいた狼もどきに土を被せておいた。埋めるのは無理だ。もし間違って飛び散ったアレの粉末に触れてしまったら、俺の皮膚が爛れかねんからな。


俺は水場で水の補給と石斧の洗浄をした後、軽く建設しておいた簡易拠点で吊るしておいたうさねずみを回収。夕餉をしつつ今日の出来事を考える。本来ならもっと住み心地の良い本格的な拠点を建設したいところだが、それでは恐らくあの集落の猟師どもに嗅ぎつけられてしまう。いや、もう俺の痕跡は奴等に発見されているかもな。慎重にならねば。


しかし魔法(たぶん)かあ。俺はニヤニヤが止まらない。この世界に飛ばされてから今日までずっと、俺はひたすら山で食い物を探し回り、森の野生動物達と戯れてきた。ハッキリ言って、地球の僻地でサバイバルしてるのと変わらんよなあれじゃ。

・・・いや、知的生命体の痕跡すら見出せなかったからそれよりずっと絶望的な状況だったか。だがしかし。ここまで来て漸く異世界らしくなってきたじゃないの。この絶好の機会は逃さんぞ。


だが、懸念は当然ある。俺ってあの能力ビタに教えてもらったとして、果たして身に付ける事が出来るんだろうか?地球人類にあんな能力持った奴、多分一人も居なかったよね。俺だけが地球人類唯一の特異体質持ちだなんてあるわけねえし。この世界の人間モドキと俺達ホモ・サピエンスで見た目は同じでも身体の内部構造が同じとは限らん。もしかすると奴等は魔力とか貯め込む変な臓器とか持ってるかも知れん。あのビタには出来ても俺には不可能という可能性は大いに・・・。



いやいや、そんな後ろ向きな考えでどうする。俺は枯れ果てた老人じゃねえんだ!

やってやんよ。魔法使いに俺は・・・・なるっ。


「出来らあ。出来らああ!」

俺は昼間の出来事を思い出して、独り山の中で気合の雄叫びを上げるのであった。


翌日、ビタは来なかった。


バックレたのだろうか。心が萎えまくるのを感じた俺は、いつもの巨木に登って集落を偵察してみた。すると、遠目にビタらしき子供と、その他数人のガキが農作業の手伝いをしているのが垣間見えた。ふむ、いくら有力者の子供と言えどずっとブラブラと遊んでられるワケは無いわな。こんな僻地じゃ子供も貴重な労働力であろう。なにせ未だに竪穴式住居だし。


気を取り直した俺は、ビタの事はひとまず置いておいて、食い物を求めて山へ狩りに出かけた。集落の猟師どもが入ったのとは反対側の山に。



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