第26話

狩りの為に山に入った俺は、首尾良く山羊のような動物を仕留めて集落の近くまで戻ると、其処にはビタが居た。何だか機嫌が悪そうだ。状況を鑑みるに、どうやら俺と入れ違いになったらしい。俺は焦らず騒がずにこやかにビタに近付くと、親指ほどの木の筒を差し出して栓を引っこ抜いた。俺の発達した嗅覚が薄っすらと甘い匂いを拾う。こいつは俺がおやつ代わりに集めておいた花と昆虫の蜜である。


甘い香りに鼻をヒク付かせたビタの機嫌がたちまち良くなった。クククッ。ガキなんてちょろいもんよ。さて、今日からみっちりあの回復術を教えてもらおうか。


だがその前に、折角仕留めた羊モドキを手早く解体していると、ビタが目を爛々と輝かせてその様子を覗き込んできた。色々と好奇心の旺盛な年頃なんだろう。顔が近い。が、やはりビタでは全然ときめかないな。眉毛繋がってるし。ある意味此れでよかったのかもしれんが。


解体を終えて取り出した内臓を地面に埋めて、更に手を洗浄したら、いよいよ二人で魔法?のトレーニング開始だ。異世界人とはいえ、こんなチビでもできるんだから俺にも直ぐ出来るに違いない。出来るよね?オラワクワクしてきたぞ。




____あれから3週間が経過した。ビタは自由な時間に森の中にやって来ては俺に回復魔法?の使い方を教えてくれている。初めはお互いのスレ違いやニアミスで会えないこともあったが、俺が樹上からのピーピングで集落の連中の生活サイクルを把握すると、そのような事はあまり無くなった。因みに訓練の成果は未だにゼロだ。ビタは始めのうちは露骨に面倒臭そうにしていたが、成果が出ずに苦しむ俺を見て何らかの使命感に駆られたのか、徐々に熱心に教えてくれるようになってきた。

俺は今やビタの動きや、念仏をトレースして全く同じように回復魔法?の所作を行うことが出来るようになった。集中しまくったお陰だ。だが、未だ何の成果も出てはいない。


俺は今日も慣れた手つきでナイフを自分の脚にぶっ刺す。最初のように前腕を刺したら両手が使えないからな。そして力んだり、祈ったり、下腹に力を籠めたり、試行錯誤しながらビタの動きをトレースしてみる。だが、まるで成果は無い。

その後。いつものようにビタに手本を見せてもらい、その動きをトレースして何度も反復練習する。更にはビタに色々話しかけまくる。


回復魔法?だけでなく、この世界の言語を学んでいるのだ。今はとにかく語彙を増やすことに専念している。色々なものに指さしまくって「クイド エスト?」と聞きまくる。この言葉はあれは何だ?という意味らしい。その後一緒に遊んだり、燻製肉を食ったりする。ビタはすっかり燻製肉が気に入ったようだ。これを食うためだけに此処に来てるような気さえする。だが黒猪はまだやらん。あの薄く塩分の効いた絶妙な味はお子様にはまだ早い。


ビタが来ない時は狩りをしたり、ひたすら魔法?の練習や語学の復習をしたり、物思いに耽ったり、燻製肉を作ったりしている。そういえば、最近集落の連中が俺の存在をかなり疑っているようだ。ただ、今のところ特に実害を与えてはいないので、連中は捜索にはあまり積極的ではないようだ。俺もさらに隠形の技術を磨かねば。



____そして俺がこの集落を発見してから、早くも3か月が経過した。

既に、俺の心は折れかけている。

俺はあらゆる方法を試してみた。しかし、俺の手には未だ何の変化も見られなかった。終いには幻覚系の毒草を岩でゴリゴリ磨り潰して服用して、ガンギマリのトリップした状態で試してみたが、それでも何も起こらなかった。その後、俺は危うくビタの目の前で脱糞しかけた。


理由は良く分からんが、ビタも根気よく俺に付き合ってくれている。だが、成果が出なさすぎて最近はお疲れ気味だ。やはり駄目なんだろうか。地球人には魔法?なんて使えるような特殊な器官や臓器が不足しているとでも言うのか。うぐぐぐぐぐ弩チクショーがああ!


もう笑って済ますには色々と入れ込み過ぎている。俺たちはもう後には引けない所まで来てしまっていたのだ。此のまま何の成果もありませんでしたぁ!とか成ったら、マジで頭がおかしくなりそうだ。



____その流れが変り始めたのは、俺がこの集落に来てから4か月が経過した頃の事だ。俺が急に覚醒したとか、謎の力に目覚めたとか、黒ずくめの犯人が分かったとか勿論そんな理由では無い。


要因は語学だ。俺がビタの言葉を徐々に理解できるようになってきた事にある。

今までの俺は、ビタの身振り手振りを見て俺が勝手に意味を想像して独自に色々な事を試していただけだったのだが、ビタが言わんとしている内容が朧気にだが分かってきたのだ。


そしてある日のこと。


「体 なか ちから 流れる 感じろ 血じゃない 流れる」

ビタが訥々と言う。ううむ血液じゃない流れを感じろか? だが、何も感じねえぞ。


「ない 感じる ない」

俺は覚えた語彙を捻り出してビタに応じた。


すると、ビタが少し考え込んで提案してきた。

「ビタ カトゥー 二人 傷 二人 やる」

二人でやるのか?ううむ、しかしそれも今迄散々試したと思うが。俺だけ手から光が出なかっただけだ。今更同じことをしてもな。


「カトゥー 傷 作れ 傷」

ビタは脚じゃなく俺の二の腕を指定してきた。腕に傷をつけると回復魔法?の練習の時俺の片腕が使えなくなるが、所詮これは実験である。言われた通りに遠慮なくぶっ刺した。すると、ビタは背後から俺に覆い被さって来て俺の二の腕を掴んだ。


「ビタ カトゥー 二人 やる 一緒 感じろ」

俺は刺してない方の手をビタの手に重ねて、集中して念仏もとい呪文を唱えた。すると、ビタの手がいつものようにぼんやり光り始めた。だけど、俺の手には相変わらず何も起こらない。


だが、その瞬間。

不意に。唐突に。

俺は感じたのだ。俺の身体の中の不思議な力?の流れを。


「なっ!?・・・おおおっ! すげえっなんじゃあこりゃああ!」

その不思議な力に気付けたのはあるモノのせいだ。俺の中にある不可視の力?の流れ。そいつには不純物のようなモノが混ざっていた。知覚したとっかかりはその不純物である。それが無ければ全く気付けなかったであろう。言うなれば無色透明無味無臭な流れに黒い砂が混じったような、この奇妙な感覚。

 

「そうか、あのユスリカか!」

そう、以前山で黒猪を仕留める度に俺の中に入り込んで来たユスリカぽいアレ。こんなところに混ざってやがったのか。オイオイ俺の身体大丈夫なんだろうな。


知覚した力?の流れは俺の中でゆっくり加速している。というより背中に張り付いたビタが俺の中の力の流れを激しくして更に知覚しやすくしたのか。元々コレは流れてすらいなかったのかも知れん。自分自身の事じゃないのにこんな事も出来るのか。凄いなビタは。


「見る できる 流れる 加藤 感じる」

俺は背中のビタに声を掛けた。


「流す 傷 治る 傷」

ビタが頭の後ろから俺に言ってきた。ナルホド。この流れをそのまま傷口へ流し込んでやると回復の魔法?が発動するのか?う~む。


そしてビタの手が発光して何時ものように俺の傷が治り、ビタの手から光が消えると、同時にその流れは丸ごと知覚できなくなった。唐突に消えた感じだ。ううむ、残念。そう簡単にはいかないか。だが、一瞬だけど遂に尻尾を掴んだぞ!地球人でもイケるじゃあねえか。無論簡単な事じゃない。というか普通じゃ絶対無理。


ビタが手本を見せてくれる事による、その力が絶対に存在するという確信。力の流れに溶け込んだ黒猪から流れ込む謎の異物。そして、献身的と言って良いビタの協力と指導。どれか一つ欠けても、身体の中にあるあの流れを知覚することは地球人の俺には不可能だったろう。いや、地球人にももしかしたらそれが自然に出来た特別な人間が居たのかもしれんが、少なくとも俺のような普通の一般人じゃ不可能であろう。


俺の感じた限り、あの流れは血流のような物理現象よりも寧ろオカルト現象に近い。

血液の場合、心音や脈は手を当てればいつでも知覚することができるが、血流というものはあまり具体的に知覚できない。それこそ身体の何処かをスパッと切って、血をドバドバ流さない限りな。だが先程捉えた俺の体内を流れるモノは、何故か明確にその流れ全体を感じることが出来た。そして感覚が消える瞬間も唐突。まるで狐につままれたようだ。恐らくあらゆる検出器で実験しても、何も出てこないんじゃないだろうか。肉体より精神や魂とかそんなものに作用してるのかも知れない。


兎にも角にも、漸く初めて具体的な進展が見られたのだ。

嫌でも気合が入っちまうぜ。さあ、もう一度だ!

「ビタ 二人 やる! 」


「家 帰る 腹へった。」

むおおおぉいっ。折角良い所だったのにいい。腹減ったの台詞は今迄何度も聞いたので、直ぐに意味を覚えた。まあいい。後は独りで練習しよ。水を差した罰だ。燻製肉はもうやらんぞ。お子様は早よ帰れ。


俺は何ともスッキリしない気分で、集落へと帰ってゆくビタを見送った。









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