第24話

その刹那、考えるより先に俺の肉体が反応した。


「カアッ!」

懐から掴み出した石を狼もどきにぶん投げると同時に、駆ける。

奴が石を躱す。俺は思い切り踏み込む。二匹の獣が同時に飛び掛かる。

互いの踏み込みにより、奴との間合いが一瞬で削げ落ちる。


「キエエエッ!」

俺は獰猛に迫る二つの眼光の間に、一呼吸の内に石斧を叩き込む。

が、余裕で避けられた。何つう動きっ追い切れねえ!

刹那、すれ違いざま腕に痛み。ぐぎっ!痛みは無視っ。踏み込んだ勢いのまま衝突した立ち木を抱えてそのまま盾にしてグルリと振り向く。目前に吐息と牙。ぐおおっ!近いっ 仰向けに倒されたら殺られるっ。腰落として刺突。

距離取れっ 離、れ、ロオッ カアアァッ!


相手が飛び下がった。捥ぎ取った僅かな猶予。漸く思考が身体に追いついてくる。俺は既に全身汗みどろで呼吸も荒い。ぐぎぎ、分かっちゃあいたが運動能力と反射神経では俺に勝ち目はねえ。


だが、警戒して間合いを取ったのは失敗だったな。出し惜しみは無しだ。

ホモ・サピエンスの恐ろしさ、思い知らせてやる!


俺はフェイントで再び思い切り踏み込む振りをすると、バスケのレイアップシュートの要領で石斧を目の前に軽く投げ置いて思い切りバックステップする。俺の動きと無意味に放り出された石斧に幻惑された奴が、一瞬躊躇した。

唯一の得物を捨てた見返りに捻り出した絶好の隙を突いて、俺は腰から木の筒を素早く取り出し、猪皮と油で密封した栓を引っこ抜いて奴に向けて投げ付けた。そして、ほぼ同時に回れ右をして全力で逃げに入る。


「クワァァァ!ゴボゴボボボ」

その直後、一瞬俺を追おうとした狼もどきが悲鳴を上げてのたうち回る。程無く、奴は痙攣しながら口から泡を吹き始めた。


俺が狼もどきに投げ付けたのは、スーパー火炎茸と勝手に名付けた凄まじい毒性を持つ茸の粉末である。見た目は地球の火炎茸にソックリなのだが、その色は紫で夜には不気味に発光する、もう見た目から全力で殺りにきてる恐ろしい茸だ。


俺は拠点周辺の毒キノコを使って戦闘用の切り札を作れないかと考えていた。そこで毒効を試す為、葉鍋に渓流で捕まえてきた小魚を入れて、その中に様々な毒茸の粉末を落としてみたのである。するとこのスーパー火炎茸は、ほんの僅かな粉末を鍋に投入しただけで、5秒足らずで中の小魚が全部浮いてきた。恐ろしい威力であった。


俺はかつて俺の胃腸を破壊した憎き木の実や、他の毒草の粉末やらとスーパー火炎茸の粉末を混ぜ合わせた。これはスーパー火炎茸の毒効をパワーアップさせるためではない。むしろ逆である。近付いただけで皮膚が爛れる恐ろしいスーパー火炎茸の粉末をそのまま持ち歩くのは、自爆したときの事を考えると恐ろしすぎる。取り扱うのも戦々恐々だ。それならいっそ、他の毒草の粉末と混ぜ合わせればまだマシな取り扱い可能な毒性となりうる。


こうして出来上がったのが俺謹製のダーティボムだ。威力は御覧の通り。我ながら恐ろしいぜ。狼もどきは口からグビグビと泡を吹いて、仰向けになってピクピクと痙攣している。あの粉末がモロに鼻と口に入ったからな。念の為止めを刺しておきたいが、今近付くと俺もヤバイ。しかし相手が単独のようで助かったぜ。


・・・・ん?

ふと気付くと、先ほどの女の子が木から降りて俺の方を見詰めていた。そういえば忘れてた。脳内アドレナリンがぶっ放されてそれどころじゃなかったしな。その様子を良く観察してみると、どうやら滅茶苦茶怯えているようだ。仕方ないか。今のは相当衝撃的な出会いだったろうからな。俺は見た目もこんなだし。


「うぐっ」

敵を仕留めて安心したせいか、急に腕がずきりと痛んだ。クソッ。そういえばやられていたな。傷口を見ると、前腕に長さ10cmほどの裂傷が走っていた。傷は結構深いのか、かなりの出血が見受けられる。ヤバイぞこれは。


俺はすぐさま水筒の水で傷口を丁寧に洗うと、猪脂を傷口に塗りたくった。早く水場でしっかり洗わねば。


すると、先程の女の子が少しずつ俺の方へと近付いてきた。その表情には怯えより好奇心が見て取れた。こいつが急に近付いて来るような事が何かあったか?と思ったが、よくよく考えてみたらガチの猿人は傷口を丁寧に洗ったり薬を塗ったりはしないかもな。今の仕草を見て、俺から文明人の臭いを嗅ぎ取ったのかもしれん。俺はとりあえず片手を挙げて、にこやかに挨拶してみた。


「ジャンボ!」


・・・アホか俺は。なんでスワヒリ語なんだよ。一体何人だよ俺は。


「ツ クイス エス? エト ウンデ・・」

女の子は暫く躊躇った後、おずおずと俺に話しかけてきた。だが・・こいつが何言ってるか全然分かんねえ。クッソああああ。異世界転移といえば普通、定番の自動翻訳がセットで付いてくるもんだろうが。神様何やってんの!

俺は身勝手な妄想で脳内の神様に怒りをぶつけたが、勿論そんなことしたって急にチートスキルとやらが身に付くわけもない。


「ティビ グラシア アグ ・・」

女の子は緊張してるのか、たどたどしく何か喋ってペコリと俺に頭を下げた。助けてもらったことを感謝してるのだろうか?見た目がアレなので全然ときめかないけど、ひとまず悪い子ではなさそうだ。ふむ、やはりこんな時は世界共通言語。ボディ・ランゲージしかねえな。


俺は滅茶苦茶大仰に自分を指して

「オレ 加藤。」


女の子を指さして

 「オマエは ダレ?」

と聞いてみた。


すると彼女は自分を指して

「ノーメ ミヒ ビタ。 」

と答えた。どうやら俺の意図は通じたらしい。こいつはビタと言う名前のようだ。「ミヒビタ?」と返したら「ビタ」と訂正されたからな。


そしてビタは俺を指差して、「カトゥー?」と訊ねてきた。発音がちょっと違う気がするが、まあいいだろう。うんうん頷いて「加藤」と返してあげた。


するとビタは興奮して

「カトゥー!カトゥー!トゥ エス アン インテレス・・」と早口で何やら喚き始めた。だから何言ってるか分かんねえよ。あと鼻息が荒い。デカい鼻の穴から鼻くそが飛び出てきそうだ。

俺は適当に何か言い返してやろうかと考えていると、傷口がずきりと痛んだ。見ると、塗りつけた軟膏もどきから血が滲んできている。痛うっ。早く洗わねえとマズいな。


俺が顔を顰めていると、ビタが何やら手招きをしている。ん~。傷を見せろということか?俺は少し警戒した。が、まあいくら何でも罠ということはあるまい。最悪罠だとしても致命的な危害を加えられるより、俺がビタの首をへし折るほうが速いだろう。


俺はビタに向けて無造作に二の腕の傷口を差し出した。すると、ビタは躊躇いながら俺の二の腕を掴んで


「オ・・デウ・・ヒミ・・サニター・・」

なにやらブツブツと念仏のようなものを口ずさみ始めた。


暫くそのまま見ていると、突如それは起きた。

「な・・・なんだとぉぉぉぉ!?」


俺はまたしても驚愕した。何と、ビタの手がぼんやりと光り始めたのだ。察しの良い俺は、次に起きる事が手に取るように分かった・・・・てぐあああああ。


いきなり俺の手に激痛が走った。

あれ?今の展開ってビタが急に優しい癒しの光に包まれて、俺の傷が綺麗に治るとかそういうアレじゃあないの?やばくねえか?これ。俺の野生が反射的にビタをぶん殴るべく身体に力を籠める。が、どうにか理性でソレを抑え込む。

すると、俺の傷口に変化が起きた。激痛と共にミチミチと嫌な音が鳴って、傷口が勝手に癒着を始めたのである!うおおお傷が付くのを逆再生してるみたいでなんかキモいぞこれ。そして、ものの1分ほどで俺の二の腕の傷は綺麗に塞がった。


ふ~やれやれ。ビタ中々やるじゃん。




・・・てなんじゃこりゃあ。すっげええええええええええええ!!!!

俺のテンションは限界を超えた。





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