第23話

いつまでも遠い過去の人々へ思いを馳せていても仕方がない。俺は今を生きる現代っ子。気持ちを切り替えてこれからの事を考えよう。


なんとかしてこの謎の集落の住民達とコンタクトを取りたい。例え相手が竪穴住居の原始人であっても、知的生命体であるなら何らかの意思の疎通はできるはずだ。


だが、ふと俺は自分の身体に目を落とす。日焼けと垢と臭い消しの泥と野草の汁で真っ黒な身体。身に纏うのは薄汚れた猪の皮と木の葉で拵えた腰蓑。足には縄草の草履。そして手には石斧。


・・・・あいつら俺より1000年は進んでるわ。いや、俺が元の文明より5000年くらい後退したのか。こんな姿で集落の住人の前に 「Hello!」とか言って姿を見せたら、まず間違いなく矢か槍が飛んで来るだろう。下手すれば追い立てられて山狩りでもされるんじゃなかろうか。


俺は急遽この惑星の原住民との接触を思い止まり、まずはこの付近に潜んで集落の情報を収集することにした。仲良くするにせよ敵対するにせよ、まずはこの集落を丸裸にしてやるぜ。


今の俺は、まだ不完全ではあるが山の野生動物の痕跡を探り出して追跡し、行動パターンを把握することすら可能だ。集落の人間どもの動きを掌握するなど造作も無い事であった。


どうやらこの集落には50人ほどの住人が暮らしているようだ。最初に見た男の他にも、何人も野性味溢れる男の姿を視認した。勿論、女や子供も居る。


そういえば女性の姿をを久しぶりに見たな。俺も健全な高校生だ・・・年齢的には。勿論、性欲もギンギンである・・と言いたいところだが、この2年間はそれどころではなかった。


人間の三大欲求などウソっぱちである。人間本当に追い詰められると、性欲とかどうでもよくなる。ならば性欲に勝る欲求とは何か。それは便欲である。どんなに辛くても悲しくても便は出る。我慢は出来ない。しすぎると死ぬ。便秘でも何時かは出さないと死ぬ。俺は性欲など何処かへ消し飛ぶ程の苦しい2年間でもブリブリ発射しまくった。性欲は便欲には絶対に勝てないのである。


其れはさておき。

この集落の住民は狩猟だけでなく、なんと農耕もおこなっているようだ。また、基本物資のやり取りは物々交換だが、一度だけ貨幣のやり取りも目撃した。か、貨幣経済だとおっ。日本での最古の貨幣は飛鳥時代の物のハズ。住居は竪穴式住居とはいえ、この世界の人間達の文明は思いのほか進んでいるのだろうか。この付近の地形見る限り、超ド田舎というか完全に深い山でしか無いのだが。何処かの街道とかをひたすら歩けば、かつての京の都みたいな都会とかあったりするのだろうか。


集落を観察し続けた俺の見立てでは、この集落で戦闘能力のありそうなのは男女含めて20人強てところだ。老人は片手で数えるほどしか居ない。平均寿命短かそうだもんな。逆に子供の数はそれなりに多い。あと、常に何人かは狩猟で山に入っているようだ。危険なのでその連中には近付かないようにしよう。


俺は飽きること無く住人を丹念に観察し続けると、森の闇に潜みながらさらに周囲の地形や逃走ルートなどを把握していった。集落の側には川があり、水場も確保した。更にはあの集落の中には井戸があるのを確認したが、集落の周りは動物除けのやたら厳重な防護柵で囲まれていることもあり、さすがに誰にも見付からずにあの中の水を拝借する自信は無い。


山の中腹に聳え立つ巨木の上から眼下を見下ろすと、集落を丸々一望することが出来る。住居内部を除けば、集落の住人の動きは手に取るように観察することが出来た。・・・さて、これからどうしよう。


____森の原始生活ですっかり人見知りになってしまった俺は、集落の住民とコンタクトを取る切っ掛けを掴めぬまま、数日が経過した。


ここの住人はどうやらちゃんと何らかの言語を使ってコミュニケーションを取っているようだ。会話の内容は全く理解できなかったが。


ひたすら集落を観察しまくってる間にはそのような有力な情報も取得できたが、大半はあの家のガキは毎日悪さをして怒られてケツをブッ叩かれてるとか、あの赤毛は仕事サボって女と乳繰り合っていたとか、知りたくも無いどうでも良い情報ばかりだ。そんな無駄な情報ばかり無為にどんどん蓄積されていき、俺はロクに言葉も分からぬまま、集落の下世話な内情に無駄に詳しくなっていった。


だが、遂にその機会は訪れた。

俺の目の前で、一人の女の子が狼のような野生動物に襲われていた。その子は咄嗟に木に登ったようだが、その木は高さも太さも足りない。あれではいつ引き摺り降ろされてもおかしくないし、あれ以上高く登ったら枝か幹が折れそうだ。


さて、どうするか。俺はその様子を冷静に眺めながら考えた。


これがネット小説の主人公なら、速攻であの狼モドキの前に立ち塞がり、己を顧みず、あるいは圧倒的な力で敵を葬り去り、危ないところを助けてもらった主人公に即惚れた美少女と二人で自由気ままな楽しい旅に出るところだ。田舎の三文芝居より酷い展開だが、これが王道って奴だ。


とはいえ、俺は三文芝居の主人公ではない。ハッキリ言って見知らぬ赤の他人の子供より自分の命の方が遥かに大切だ。勿論俺も鬼ではない。目の前で子供がパクパクされたら寝覚めが悪すぎるし、出来ることなら助けてあげたいところなのだが・・。さてどうすっか。


俺は狼もどきを観察する。ここ数日森の中でたまに見かけた種類の動物だな。俺の拠点の辺りでは見掛けなかった。体躯は中型犬程度だが、以前見た日本狼の剥製のアホっぽい面と違って、シベリアンハスキーのようなイケメンで精悍なツラをしている。

女の子の方はというと、この子は恐らくは集落の有力者の娘のようだ。一番デカい家から出入りしてたのを見たことがある。それに、良く見ると他の住人よりちょっとだけ仕立ての良さそうな服を着ている。そういえば、大人の目を盗んで他の数人のガキと柵の外で遊んでるのを何度か目撃したな。その顔をよく観察すると、顎はゴツくてちょっと髭が生えており、眉は繋がっている。うん。田舎娘らしく元気で逞しい見た目だ。色々なものをオブラートに包むと、とても生命力に溢れて快活な感じだ。10年も経てば素手で狼でもぶん殴れそうだな。まあ美少女なんてもんがその辺の路傍の石みたいにゴロゴロ転がってる訳はない。リアルなんてこんなもんだ。


狼は木に向かって何度もジャンプして、バカでかい声でワンワン泣く女の子を引きずり降ろそうととしている。風下へぬるりと移動した俺には全く気付いていない。


俺は女の子を助けるかどうか頭を悩ます。

俺は今迄出来る限り肉食獣との戦闘は避けてきたので、この狼もどきの正確な戦闘能力は把握出来ていない。肉食獣は身体が柔らかく、罠に掛かっても迂闊に近付いたら思わぬ反撃を食らう可能性がある為怖いのだ。


肉食の猛獣と死闘の果てに辛くも勝利・・なんてのは現実では相打ちと同じだ。獣の爪や牙なんて雑菌の塊だからな。抗生物質も消毒薬もないこの世界では、その場で相手を斃したところで、後で自分にも悲惨な死が待ってるのがオチだ。出来る限り無傷で、完全勝利しなくては意味が無いのだ。


そもそもこの場に居るのはこいつ1匹とは限らん。こいつは只の斥候で、後ろに群れが控えてる可能性もある。俺には気だの魔法だので視界の外の敵の位置を探るなどという非科学的な真似は出来ない。アホみたいに少女を庇って飛び出したら、後ろから狼の集団がコンニチハ。なんてことにでもなったら二人仲良く食い散らかされて終わりである。


暫し悩んだ末、俺は決断した。狼もどきに気づかれぬように近くの木よじ登り、上から石礫をぶん投げてやる。そうすれば俺は安全に狼もどきに不意打ちできるし、狼もどきに隙が出来れば女の子は逃げられる可能性がある。俺も女の子もウィンウィンの作戦であろう。


決断したら後は実行するのみ。俺は気配を殺しつつ、近くの木に向かってへ移動しようとした。だがその時、想定外の事態が起きた。


何の前触れもなく、ふわりと風の向きが変わったのだ。

狼もどきがピクリと反応した。



ヤバイっ 気付かれたっ!











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