第22話
知的生命体探索の旅に出るにあたり、どの方角に向かうべきか俺は悩んだ。その候補としては、第一は文明が形成されているとしたら当然河川の流域。渓流に沿って川を下って行くルート。第二に俺が伝書鳥を引っ掛けたかすみ網は南北に渡って仕掛けられていた。つまりあの手紙の送り主あるいは届け先は東西方向に居る可能背が高い。東か西を目指して進むルート。
それぞれのルートの難点を挙げると、まず第一ルートは川下りなので道が悪い。しかも滝などがあると無駄に体力を消耗したり、滑落の危険がある。あと水辺には虫が多い。刺されまくると病気になる可能性があるし、睡眠にも支障が出る。逆に良点として水の確保が容易であることか。
次に、第二ルートの難点は水場を探しながらの移動となるところ。あとは目印が少ない為、自分の位置を見失いやすいてところか。更に言えば、あの鳥が本当に飼い主の意向通りの方角へ飛んでいたという保証がない。所詮鳥だし。逆に良点は第一ルートに比べれば歩く地形をこちらで選択できそうなことか。
そして結局、俺は第二ルートで行くことにした。手紙のインパクトが俺のハートを動かしたのだ。
どうせあれこれ考えたところで結論は出そうにないし、当たりも外れも所詮結果論でしかない。気楽に考えてさっさと行動に移してしまったほうが良いだろう。もし駄目なら、また此処へ戻ってくればいいさ。
俺は軽い気持ちで拠点の入口を岩と泥で塞ぐと、のぶさんの墓に手を合わせて別れを告げ、探索の旅に出発したのだった。背負い籠には旅の荷物がパンパンでかなり重い。こりゃ渓流下りは初めから無理だったな。と改めて思う。
俺は東、というか太陽が昇る方角に向けてずんずんと進んでいった。当面は縄張りの圏内を進むので、俺の庭みたいなものである。そして丸1日歩き続けて、俺は遂に縄張りの東端に到達した。俺は辺りの景色を見渡す。此処にも小さな渓流が流れており、横断した向こうに俺はは未だ足を踏み入れたことは無い。今日はここで野宿して明日からいよいよ人跡未踏の地である。ここまで来る途中、投石で仕留めたウサネズミを野草と一緒に煮込んで食らった後、この近くで以前発見した湧水ポイントで水分を補給し、水筒にも水を補給する。燻製肉はなるだけ手を付けないでおこう。
俺は軽快に巨木に登ると、落ちないように自作の縄で身体を木に縛り付けた。こうすると身動き取れなくなるが、今のところ樹上で猛獣に襲われたことは無い。更に背負い籠を引っ張り上げると、今日はそのまま就寝した。
翌日。縄張りを出てからは、地形を頭に叩き込みながら目印になるような巨木や岩に石器で目印を付けて進んでいった。道中、野生動物に何度か出くわしたが、食う分以外は気配を殺して風下へ移動し、木に登ってやり過ごした。風上に居る動物たちは殆ど俺の存在に気付いていない。大自然で鍛えられた俺の隠形の技術はなかなかものじゃなかろうか。自画自賛したくなる。自慢する相手は誰も居ないけど。
そしてひたすら歩き続けて3日が経ち、山をいくつか超えたところで。
・・・俺は遂に、知的生命体の集落のようなものを発見した。
予想より遥かに近かったので驚愕したぜ。俺は最低でも拠点から文明の痕跡まで100kmくらいの距離はあると思ってた。勿論俺は狂喜した。地球人類は遂に異世界知的生命体と邂逅するときが来たのだ。
因みに今の俺の視力は、多分2.0を大幅に超えてると思われる。日本に居た頃は1.0も無かったのにだ。追い詰められた人間の適応能力は本当に凄いと思う。
俺は早速遠目に見えた集落らしき建造物に近付いてゆく。勿論見付からないように細心の注意を払いながら、だ。相手が戦闘民族でない保証はどこにも無いからな。
そして、集落の建造物をハッキリ視認した俺は目を見開いた。これって・・・いわゆる竪穴式住居って奴じゃなかろうか。ネット小説で御馴染みの、中世ヨーロッパ風文明からかなり後退した文明レベルに自然とテンションが下がる。が、いやいや待て待て。家があるだけで十分じゃあないか。知的芋虫やら知的プラナリアが目の前に現れたらオラどうしていいか分からなかったぞ。多少ウホッな感じのネアンデルタール風でも良いじゃないか。是非お友達になりたい!
俺は森の陰から集落を観察し続けた。集落は防護柵に囲われており、内部の視認性は良くない。いっそ高い木にでも登って見てみるか・・などと考えていると、程なく俺は「ソレ」を発見した。
粗末な貫頭衣に身を包んだそいつは、赤毛の毛髪に包まれた頭を備えており、手足が二本ずつあり、更には二足歩行をしていたのだ。俺は猛烈な違和感に包まれた。
「・・・これってただの人間じゃねーか。肌も緑色じゃねえし触覚も生えてない。完全にホモ・サピエンスじゃねーかよ・・・。」
そう、そこで歩いていた生物は人間そのものであった。但し、見た目は俺達モンゴロイドとはかなり違う。彫が深い顔立ちで毛深い。だが、白人にしては肌の色が濃い。性別は男だろう。眼がデカく、周囲をぎょろぎょろと見回しながらブラブラと当てもなく歩いているように見える。よもや無職じゃあるまいなコイツ。う~む。
俺は鈍感系主人公でもなければ察しの悪いハーレム王でも無い。集落を歩く男を見て当然あの場所を連想してしまう。俺たちがこの世界に来た時に倒れていた、あの遺跡と思しき建造物と奇妙な紋様だ。
異世界で進化した知的生命体がたまたま俺たちホモ・サピエンスと全く同じような容姿をしている。目は二つで鼻も口も耳も肢体も同じような形状をしていて二足歩行。更には頭にだけボーボーに毛が生えてる。
・・・・そんな偶然は絶対にありえんだろ。
俺たちの先祖かあの連中の先祖のどちらか、あるいは両方か。大昔に双方の世界の人間達の間には何らかの往来があった。あるいは一方通行でどちらかの世界の人間がもう一方の世界へ行った、或いはやって来た。そしてそのまま定住した。と考えるのが自然だろう。そしてその往来の鍵はあの遺跡・・なのかもしれない。
これって実はとんでもない大発見じゃなかろうか。
そして・・・もしかしたら俺が日本に帰れる可能性もゼロでは無いんじゃなかろうか。
俺は突然降って湧いた、あまりにも儚い希望に身を震わせた。
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