異界新天地編

第21話

俺は今、全力疾走をしている。チラリと背後に視線を送ると、後方からはデカくて真っ黒な猪が猛烈な勢いで俺を追い駆けて来ている。体長はおよそ1.2mほど。体重は50kgはあるだろう。俺との速度の違いは一目瞭然。此のままでは、俺はあっという間に追い付かれるだろう・・・だが。


俺は速度を緩める事無く罠が設置されたポイントを飛び越えると、振り向きざまタイミングを合わせて黒猪に石礫を投擲した。高速でカッ飛んだ石は、寸分違わず鈍い音を立てて黒猪の額に命中する。そして黒猪は突進に一瞬ブレーキがかかると、巧妙に偽装された罠を踏み抜いた。


撓った巨木の枝が跳ね上がる。後ろ足を縄に巻かれた黒猪は、下半身から上空へと吹っ飛んだ。そして、間抜けにもぶら~んと枝から逆さにぶら下がっている。

黒猪はジタバタと暴れているが、この態勢になってしまうといかな凶暴な黒猪がどう足掻いても力が入らない為、抵抗は無意味である。大人しく俺の糧となるがいい。

俺はこの場所に予め隠しておいた石斧と石槍をひっ掴んだ。



あれから2年。

俺は黒猪の肉をズンドコ叩きながらぼんやり考える。正確にはこの世界に来てから600日と3日。この世界には3度目の春が巡ってきていた。どうやらこの惑星は、季節が1巡するのが300日くらいのようである。時計もカレンダーも無いので滅茶苦茶に大雑把な計算だが。


俺はこの拠点に来てから様々な経験を積み、数多くの辛酸を舐め、今迄どうにか生き延びてきた。特に冬は死ぬかと思ったぜ。日本より寒さが緩くて助かった。因みに拠点は最初の洞窟以外にあと2箇所建設した。


今の俺の外見は完全に原始人である。手には石器の槍を持ち、上半身には猪の皮を着込み、腰にはズボンの木と名付けた巨木の葉から作った腰蓑を巻き、足には猪皮で作った靴を履いている。気分次第では縄草を編み込んだサンダルを履くこともある。

元の服と靴はズタボロになったので捨てた。先日、川の凪いだ水面で自分の姿を見てみたが、体型も人相も変わり果てて2年前の面影は皆無だ。


俺は黒猪肉の仕込みを終えた後、虫除けの特殊な樹液を身体に塗りたくりながら先日起きた衝撃の出来事を思い返した。


其れは3日前の狩りでの出来事。俺は鳥を捕獲するために、縄草で作ったかすみ網を見回っていたのだが、そこに奇妙な鳥が掛かっていた。その鳥の足に筒のようなものがくっついていたのだ。ナイフで足からその筒を取り外して解体してみると・・・。

なんとっ。そこには皮紙?で作られた手紙のようなモノが入っていたのだ。


うおおおおおお!?知的生命体きったあああああああああ!!!!


俺はこの世界に来て以来、多分一番テンションが上がった。

この世界に飛ばされて以降、俺はクラスメイト以外の知的生命体を一度も見たことが無かった。今はもう一人ぼっちの原始人として、俺は此のまま一生を終えるんじゃないかと思い始めていたところだ。以前の俺は孤独耐性は結構高い方だと思っていたのだが、さすがに2年余の完全ボッチ生活は俺の精神に深刻なダメージを与えていた。俺は飢えていた。会話に。意思の疎通に。文明に。この際見た目グ○イでもナメ〇ク星人でもいいわ。知的生命体と意思の疎通を交わしたい。

ちなみに手紙の文字は全く読めかった。あと鳥は焼いて食った。




俺の縄張りは、今や拠点の洞窟から半径20km(俺の感覚的に)程にもなる。

当然、かつて一緒に居たクラスメイト達のベースも縄張りの中だ。以前、こっそりと連中の様子を見に行ったことがある。すると、ベースの周りには沢山の墓のようなものが造られ、肝心のベースの中はもぬけの空になっていた。


更には幾つかの墓は恐らくは野生動物に掘り返されており、ビジュアル的に色々と悲惨なことになっていた。俺は其処から目を逸らして、その場を離れた。


あの場で何が起きたのかは何となく想像は付く。さっさとベースから飛び出して来た俺は正解だった。幾らこの辺りの自然が豊かだと言っても、37人分もの食料を確保し続けるのは至難である。ましてサバイバルなんてド素人の集団。女子達など言っちゃあ悪いが完全に足手纏いであろう。


果たして、あの中で生き残った人は居るんだろうか。

俺は暗い気持ちになった。



それはさておき。伝書鳩?を捕まえて以来、俺は保存食の増産に取り掛かった。主だった物は燻製肉だ。本当は干し肉にしたいのだが、干し肉を作る程の塩がない。あとはカピカピに乾燥させた黒猪の皮だ。本気で飢えたときはこいつを齧る。黒猪の肉や皮は、滅茶苦茶固いが腐りにくい。これで水筒も作った。中に入れた水は猛烈に皮臭くなるが、一応水筒として機能した。


この2年で、俺は何度も黒猪を狩った。あのユスリカみたいなキモい物体が流れ込んでくる現象にもすっかり慣れた。実は、黒猪は狩りではチョロい相手だ。奴らは確かに戦闘能力は高いのだが、無暗に凶暴な為に俺を視認すると絶対に襲い掛かってくる。それは警戒心が強く頭の良い普通の猪と違って、相手の動きをこちらでコントロールできるということだ。後は、予め設置した罠に誘導するだけであっさり仕留められるのである。不意に遭遇してしまった場合は、慌てず騒がず木に登ってやり過ごせば良い。此の2年で、俺は木登りが恐ろしく達者になっていた。あの高い所にあるデカい実も今では余裕で採取できる。因みにあの実は食えないが、乾燥させてぶっとい繊維を採取すると背負い籠の材料にピッタリであった。


充分な保存食を生産出来たら、俺は周辺の探索範囲を一気に広げるつもりだ。今の俺の原始人パワーなら、山の中にいる限りかなりの割合で食料は現地調達できるので、本気ガチになれば俺様の縄張りを一気に広げられるハズ。


・・・俺は必ず、文明と知的生命体に辿り着いてみせる。



そして2週間後。

俺は拠点を旅立った。

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