第17話

猪にボッコボコにされたあの死闘?の後も、俺達は拠点の整備や食料採取や道具作りに余念が無かった。猪だけに構っている余裕は無いのだ。のぶさんと二人で投石の練習も行った。格好良く言えば印地打ちてやつだ。弓矢なんて作る技術は無いし、材料を手に入れるのも到底無理な俺達には、飛び道具はこれしかない。投げ方も試行錯誤しながら、可能な限り腕を磨いていく。具合の良い石は投げた後にちゃんと回収する。これで小動物が結構捕れた。貴重なタンパク源の確保だ。


他には罠や追い込み漁も試みた。俺達の拠点があるこの山には兎と鼠が混じったような俺命名ウサネズミが棲息するが、こいつの巣は地面に掘った穴であり、出口が幾つか存在する。こいつの巣穴の出口に俺達の人糞を放り込むのだ。すると、その出口からウサネズミは出られなくなるので、残ったの出口から出てくるのを俺とのぶさんが待ち構えて、木の枝で作った刺股もどきで抑え込んだ。だが、俺たちの見付けられなかった出口から逃げられて捕獲失敗することもあった。


俺は食料採取の合間に、先日猪と格闘した周辺の地形を注意深く観察した。獣道が幾つも見つかり、動物の糞も発見した。奴の使っている道は何処だろう。行動パターンを把握して罠を仕掛けたい。何も正面から殴り合うだけが戦いではないのだ。


正直どれが猪の使う獣道なのかさっぱり分からないので、適当に当たりを付けてお試しで罠を仕掛けてみる。初めは落とし穴を考えていたが、スチール製のシャベルも何もない今の俺達では、猪が収まるサイズの落とし穴なんて掘ったらそれだけで体力が尽きて死にそうだ。そこで、縄を使った罠を仕掛けてみる。


木の皮を煮て取り出した繊維を縒り合わせて作った試作の縄を、木の枝に固定して思い切り引っ張る。反対側に縄で輪を作り、獣道の上でナイフで作った木組みのストッパーを埋めて固定する。上に猪が乗ると、重みでストッパーが外れて縄がハネ上がると同時に輪が締まって猪の足を捕らえる仕組みだ。試作の縄なので強度に不安はあるが、あのサイズの猪なら恐らくイケるだろう。


その後、その付近で俺の身体をあちらこちらに擦り付けまくる。猪の嗅覚は犬より数段上の凄まじいものだ。唯でさえ身体が猛烈に臭い俺の罠の臭いなど、一瞬で察知されるだろう。ならば、逆の発想で俺の体臭をそこらじゅうに擦り付けて罠の臭いを誤魔化してやる。あの猪の個体は、見知らぬ動物の俺にいきなり突進するほど警戒心が薄くてアホっぽいからこれで掛かってくれるかもしれん。



___そして、罠を仕掛けて数日後。


今日も罠の様子を見にきた俺の目に飛び込んできたのは、足を縄に縛られてフゴフゴしている猪であった。縄は木の枝に引っ張られているため、縄に巻かれた猪の足はピーンと伸びている。なので、今は3本足の状態である。俺は思わずニヤついてしまう。他人から見たらさぞ邪悪な笑顔であろう。ククク・・あの稚拙な罠にかかるとは。やはりこいつはアホな個体であった。


猪は散々暴れた後なのか、見るからに動きが鈍い。俺が慎重に近づくと、奴も威嚇しながら近づいてくるが、縄に引っ張られて突進できないようだ。俺は雄叫びを上げながら、握りしめた石斧を猪の眉間にガンガン叩き込んだ。そして・・あれ程の戦闘力を誇った猪はあっさり仕留められた。まあ成獣じゃないし、防御力はこんなもんか。


「うおおおおっやったどおおお!」

しかし、俺のテンションは天井知らずの爆上がりである。

今日の夕餉は牡丹鍋じゃああ。


こうして、俺の猪へのリベンジは思いの他あっさりと成ったのである。




___俺たちがこの洞窟を拠点にして2か月が過ぎた。



山の気温が少し上がった気がする。この場所にも季節とかあるのだろうか。などと考えながら、俺は罠で仕留めた山羊もどきを解体していた。数え切れぬ試作の果てに俺は遂に、縄草と勝手に命名した草から十分な強度の繊維を抽出することに成功していた。縄草は煮込んだりせずとも水に浸けておいて後で乾燥するだけで強靭な繊維が取れる優れものである。これにより狩猟用の罠の強度も跳ね上がった。


土器は未だに上手く出来ていない。何度試行錯誤しても強度不足だったり、水が滲みて漏れてしまったり、焼いている途中で割れてしまう。今ではちょっと諦め気味だ。その代わり、木の皮や葉っぱで作った鍋が活躍している。


のぶさんは今、巨木の上に建設中の第二拠点の整備中である。だが、縄や木材がまだ足りない。道具がナイフと石器しかないので、建築資材を作るのが重労働なのだ。

俺は山羊もどきを手早く解体すると、肉を川に沈めて内臓を穴に埋めた。その後、第二拠点から戻ってきたのぶさんと一緒に食事にすることにした。


俺達の一日の食事は朝夕か夕のみである。さすがに一日3食取る余裕はまだ無い。しかしながら、本日の夕餉もなかなかに豪勢である。肉だけじゃなく、この辺りで食べられる野草もかなり判別できるようになってきたからな。俺が身体を張りまくって人体実験をした成果である。でも、のぶさんももうちょっと身体を張って欲しい。二人揃って色々なものを垂れ流してのたうち回ったら大変なのは分かるけれども。




むさ苦しい男二人原始人スタイルで飯を食らっていると、のぶさんが提案してきた。


「俺も罠と動物の捕獲やってみたいんだけど。」


今迄ウサネズミの捕獲や野鳥を投石で撃ち落とすのにのぶさんに協力してもらうことはあったが、基本狩猟関係は俺の担当である。そういえばこの世界にも鳥は居たんだぜ。見付けた時は感動して即石をぶん投げた。鳥肉うめぇ~。


のぶさんが狩猟。う~んどうしようか。狩猟をお願いするにはのぶさんは未だかなり頼りない。見た目は完全に屈強な原始人なんだけど。罠に掛かった獲物に止めを刺すには、やはり石斧でぶん殴る必要がある。投石でもできなくは無いが、時間がかかるし肉の味も落ちる。石投げまくって嬲り殺しは気分的にも良くない。罠に掛かって動きの殆どが制限されているとはいえ、のぶさんの戦闘能力で石斧を大型の野生動物の眉間に叩き込んで速やかに撲殺できるだろうか。


更に、のぶさんは風上風下の区別もまだ付かないし、獣道や糞などの痕跡による獲物の追跡も全然覚束ない。と言っても、俺も苦い経験をしまくって漸くちょっとだけ出来るようになってきた程度だが。


まあとりあえず設置した罠を見回ってみて、掛かった獲物が居たらトドメと解体の手伝いくらいはやってみてもらっても良いかな。大型の獲物なら俺がやれば良いし。追跡と罠の設置などは焦らずゆっくりレクチャーしていこう。


俺は決断した。

「じゃあのぶさん。一人だとまだ厳しいだろうから、俺と一緒にやろうぜ。」


「よっしゃ。よろしく頼むわ。」

のぶさんは嬉しそうに応じた。

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