第18話

のぶさんを狩猟に同行させることに決めた翌日。俺達は、予め設置してあった罠のあるポイントへと向かった。石斧やナイフの他に、投げ縄や試作の投げ槍も携えている。それ等は石斧でぶん殴るのが不安なサイズの大型の野生動物が罠に掛かっていた場合に弱らせる為のものだ。


もし獲物に罠の縄が切られたり抜け出されたりした場合の逃走ルートをのぶさんに教えながら森の中を歩いていると、罠を設置したポイントが見えて来た。


・・・そこには真っ黒な見た目の猪が罠に掛かっていた。なんだこいつは。


用心の為、まずは遠目に観察してみる。良く見ると全身が黒い毛に覆われており、眼球の色が真っ赤だ。ええ、何アレ。かなりキモイんだけど。メラニズムか何かの個体なんだろうか。もしアイツが夜の闇に紛れたら全然見えないぞ。サイズは・・大したことないな。全長70cmくらいか。


「猪‥なんだろうけど黒い。何なんだろうなアレ?」

今まで見たことの無いその獲物の異様な姿に困惑した俺は、助けを求めてのぶさんに訊ねてみた。


「え~と。此処って多分異世界だし、ああいう動物も居るのかな。良く分からない。でも見た目は猪だし、色素が濃いだけなんじゃない?」

のぶさんにもアレが何なのかは良くわからないようだ。


「う~ん。良く分からないが、分かった。念の為、今回は俺がトドメを刺すよ。」

俺が宣言すると、意外な事にのぶさんは首を横に振った


「よく見てみると大きさも大したこと無いし、俺にやらせてよ。それじゃ俺が何の為に此処まで来たのか分からないし。」


最近ののぶさんは、俺が道具作りや狩猟方法に色々工夫を凝らしたり、新たな拠点作りをやり始めたのを見て、自分も役に立ちたいと焦っているように見える。

でも俺から見たらのぶさんは十分役に立ってるし、別に敢えて危険な事をやる必要なんてないと思うんだが。俺だって無駄なリスクは可能な限り排除してるしな。


「なあ、頼むよ加藤。」

のぶさんが両手を合わせ俺にお願いの仕草をしてきた。だがおっさん顔なので、可愛さなどは皆無だ。


う~む・・まあ良いか。相手は罠に掛かっているから殆ど動けない上、サイズも成獣じゃないぽいし。もしヤバくなったら俺がフォローに入れば問題無さそうだ。

決断した俺は、のぶさんにトドメを任せることにした。


相談を終えた俺とのぶさんは、歩いて黒色の猪に近付いていった。特に身を隠すことはしない。どの道罠で獲物の動きは制限されてるので、もし暴れたら思う存分暴れさせて、体力を失った所を石斧でぶん殴るだけだ。


フゴフゴ鳴いてた黒猪は、俺たちを見つけるな否やいきなり奇声を上げて飛び掛かってきた。凶暴な奴だ。だが、罠に引っ張られてズリズリ後ろに下がっていく。


「凶暴な奴だ。まだ元気そうだから、念のためもう少し消耗するのを待とう。」

俺は振り向いてのぶさんに声をかけた。のぶさんも頷く。


だがその直後、予想だにしていなかった事が起きた。

黒豚はゆっくり後ろに下がって助走をつけると、再び俺たちに向かって突っ込んできた。そこまではどうということは無いのだが、次の瞬間。


バキバキバキッ


!? 罠を据え付けた太い枝が、嫌な音を立てて裂けた。嘘ッ だろっ!?


「ぶぐっ!」


次の瞬間、のぶさんが猪の体当たりを食らって吹っ飛んだ。げえっ、やばいっ!

罠で相当減速してるハズだが、猪の体当たりの恐怖は俺も体験済みだ。


「おらぁ!」

俺は咄嗟に石をぶん投げて奴を牽制すると、石斧を振りかぶって飛び掛かった

裂けた枝はまだ完全に折れてはいない。射程が伸びたとはいえ、奴の動きはまだかなり制限されているはずだ。それ以上前に進めずブヒブヒ藻掻いてる黒猪の眉間に石斧を全力で叩き付ける。


「なんだこいつ。かってええええぇ。」

フルパワーで眉間にガンガン石斧を叩き付けているのに中々死なない。すると、ブッ叩いた瞬間に石斧が二つに割れてしまった。なんじゃこりゃあ!?


奴に引っ張られた折れかけの枝が、ギギギギと断末魔の音を立てている。あの野郎もう助走とかしていないハズなのに、なんつうパワーだ。やばい。早く仕留めないと。

俺は咄嗟に割れた石斧を捨ててのぶさんの石斧をひっ掴むと、思い切り振りかぶって更に猪の眉間を全力でぶん殴った。のぶさんの持っていた石斧は、黒曜石ぽい固い石で作った俺自慢の逸品である。


その後、狂ったように何度もぶん殴っていると、黒猪は漸く動かなくなった。自慢の石斧が欠けちまった。滅茶苦茶やばかった。何なんだコイツは・・・じゃねえ、今はそんな事どうでも良い。のぶさんっ!


俺は慌てて振り返ってのぶさんの様子を確認すると、のぶさんは片手を上げて俺の視線に応じてくれた。は~びっくりした。どうやら無事みたいだ。


だが、次の瞬間


「うわおおおお!?」

唐突に、俺の中に何かキモいものが流れ込んできた。例えるならば、日本で良くお目にかかるユスリカの集団が大量に突っ込んできた感じだ。余りのキモさに、俺は言葉に成らない叫び声を上げながら転げ回った。


うおおおぉっ!?なんじゃこりゃああ。ヤバいヤバい!死ぬうううぅぅ。


幸い、謎の現象は直ぐに収まった。あああ助かった。何なんだよコレェ。パニクった俺は、身体中を弄って異常が無いか確認する。だが、幾ら触診してみても異常は何も見つからなかった。


一先ずホッとした。そして、ちょっと冷静になった俺は考えてみる。これってアレじゃないか。いわゆる異世界で魔物を倒すと、魔素だか魔物のパワーだかが流れ込んでくるってやつ。・・・などと俺は岡田脳で期待してみたものの、結局俺の身体には何一つ変化は無かった。は~あ・・何なんだよ。


気を取り直した俺は、のぶさんを助け起こして黒猪の死体をジックリと観察してみることにした。先程の体当たりの瞬間、黒猪がジャンプしたのと同時に顔を突き上げた為、のぶさんはボディに強烈な一撃を食らったようだ。牙が刺さらなくて本当に良かった。俺たちは油断こそしてはいなかったが、奴はさらに俺たちの予想を超えてきたのだ。野生を相手取って居れば、こういう事もある。気を引き締めねば。


腹に一撃食らってしまったのぶさんはちょっと苦しそうだが、外傷は無さそうだし、骨にも異常は無さそうだ。念のため腹部を露出してもらうと、内出血なのか赤黒く変色していた。うわあ。後で猪の脂肪で作った軟膏モドキを塗り塗りしておこう。


死んだ黒猪を間近で改めて見ると、毛は真っ黒で眼球は真っ赤だ。間近で見るとかなりキモい。触ってみると、その毛は超剛毛だ。なんだこれ固え。上手く解体できるんだろうか。


とりあえす木に吊るして、首の動脈をぶった斬って血抜きを・・・しようとしたが毛がかってええんだよボケっ。中々皮膚が切れねえ。苛立った俺は、後ろからのぶさんに黒豚を保持して固定してもらい、毛並みに沿うようにナイフの刃を当てて動脈と思われる場所に思い切り突き込んだ。すると、ズギッと音がしてナイフの刃が皮膚に潜り込み、赤黒い血がどくどくと溢れてくる。うっし。どうにか血抜きできそうだ。


どうにか血抜きを済ませた俺達は、仕留めた黒猪を引き摺って拠点まで戻ることにした。小さい個体なので大して重くは無いのだが、猪は担ぐと俺の身体に蚤とか虱が付いてキモいので、出来れば直接触れたくないのだ。


拠点まで黒猪を持ち帰った俺たちは、早速枝に吊るして解体を始めた。今回は見るからに特殊個体なので、のぶさんは見学だ。くっそ固い腹の皮膚を縦に割いて内臓を露出する。ふ~ん、中身は普通の猪と変わらんな。胸骨も開きたいが骨も滅茶苦茶固くて、ナイフの刃が欠けそうなので断念した。


因みに、今俺が持ってるナイフは、大吾のオススメによりお年玉で買ったちょっとした高級品のブツである。フルタングのイケてる奴だ。ブレードは炭素鋼の合金らしいのだが、材質の詳細は良く知らん。本当はそろそろ研ぎたいのだが、研ぎ石も無いし研ぎ方も分からないので我慢している。


黒猪の内臓を傷付けないように丁寧に取り出した後は、川で肉を良く洗って重石を載せて、そのまま水中に放り込んでおいた。本来なら皮も剥いでおきたいが、川に突っ込んでおいてふやけさせてから皮剥ぎをやらないと、滅茶苦茶固そうだったからだ。食えない内臓はそのまま埋めた。レバ刺し食いたいけどこれ牛じゃないしなあ。寄生虫が怖すぎる。


翌日、俺たちは解体を終えた黒猪のお肉を試食してみた。だが


「固ってええええええ!」

「固いね。」


味は悪くない・・と思う。だが。黒豚の肉はクッソ固かった。無理に噛み切ると歯が折れそうだ。そこで俺は肉を焼く前に、ナイフで突起を付けた木の棒で肉を叩きまくることにした。アレだけ苦労して手に入れた獲物なのに食えないとかありえん。意地でも食ってやるぜ。


俺は意地になって黒猪の肉をドンドコ叩きまくると、筋繊維が程よく断裂したのか、どうにか食えるまでになった。その濃厚な味の肉を何度も噛んでいると、なんと黒猪の肉からほんのり塩気を感じた。野生動物の肉には塩分が含まれていると大吾から聞いたことはあるが、この肉は色々な意味で「濃い」ようだ。塩が無いことを懸念していた俺達には予期せぬ朗報である。まあ今のところ塩分不足による体調不良は感じていなかったけどな。その後、俺たちはガンガン叩いてガンガン食った。美味いことは美味いが・・・やはり調味料が欲しい。




そして、黒猪を仕留めてから数日後。

俺にとって、生涯忘れられないであろう出来事が起きる。


のぶさんが高熱を出して倒れたのだ。


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