第9話

己の小物っぷりを思い知らされた俺は、戻ってきたベースで自己嫌悪に苛まれながら膝を抱えて待機していた。すると、俺達同様に森の探索に赴いていた他のグループが次々と戻ってきた。その様子を伺ってみると、皆一様に疲れた表情をしている。どうやら成果は芳しくないようだ。ただ、今迄見たことの無いような木の実や虫を採取してきたグループも居た。俺は空腹を感じ始めていたが、昆虫食は勘弁してほしい。


幸い戻ってきた中で危険な野生動物に遭遇したグループは居なかったようだ。だが虫に刺されたり、転んで擦り傷を作った人などは居たようである。消毒薬や抗生物質が手に入らない今の状況では、それすら命取りになりかねない。正直、不安が募る。

そして・・川や湧水などの水源を見つけたグループは居なかった。この人数で手分けしても水源が見つからんとは。いよいよヤバイな。俺は覚悟を決め・・・られず泣きそうになった。



すると、


「ねえ。どうしよう。イッチ達のグループがまだ戻って来てないっ!」

ベースの何処からか、甲高い悲鳴のような声が聞こえてきた。


そういえば、確かにこれまでベースに戻ってきた探索グループは俺たちを含めて6グループのうち5グループしか無い。今イッチと呼ばれた人物は、恐らくクラスメイトの伊集院の事だろう。野球部に所属しており、普段から陽気なクラスのムードメーカーでもある。あの悲鳴のような叫び声は、伊集院と付き合っている女子の香取と思われる。俺達のクラスの中では、狸のような見た目の可愛い系の顔立ちで目立つ女子だ。伊集院をイッチと呼ぶのは彼女だけである。今回、香取は探索組からは外れてベースに居残っていた。


空を見上げると、太陽はすでに木の陰に隠れて空は薄暗くなり始めている。今から森の中に居るのは危険だ。



程無く、点呼の後に先生が俺たち全員を竈の周りの空き地に集めた。やはり5人は未だ戻って来ていない。周りを見渡すと、皆深刻な表情をしている。香取はボロボロと涙を零して泣きじゃくっている。俺はその様子を見ながら、不謹慎にも水分を無駄にしてるなと他人事のように思ってしまった。


そして陰鬱な雰囲気の中、担任の吉田先生が重い口を開いた。

「皆既に分かってると思うが、森の中に探索に出た伊集院達のグループがまだ戻って来ていない。もしかすると、何らかの事故に巻き込まれたのかもしれん。どうするべきか、一度皆で話し合おう。」


二人の教員からは、特にああしろこうしろという俺達生徒への指示は無かった。

流石に教師でも、人の命が掛かったこの状況でどう動くべきか判断し難いようだ。


すると、すかさず香取とその他数人の女子が大声で主張した。

「みんなで直ぐに探しに行くべきです!」


ええ・・おいおい冗談じゃあないぞ。

俺は目の前に広がる不気味な森を眺める。あんな夜の森の暗闇の中で人を探せるわけないだろ。下手すりゃ森に入って10歩も歩いたら二次遭難になりかねん。それどころか、真っ暗闇な上に不整地じゃまともな歩行することすら困難なんじゃないだろうか。


「あの暗闇の中で人を捜索するのは絶対に無理だ。明るくなるのを待ってから捜索すべきだ。」

皆の中心に居た才賀が尤もらしい意見を述べる。


だが、俺にはその言葉は尤もらしいだけで本当に尤もな意見だとは思えなかった。俺達がこの場所に飛ばされてから、石室で寝てた時間を含めて丸一日くらいか。探索の消耗のせいもあって、俺は正直かなり渇いていた。


いま最優先すべきことは行方不明のクラスメイトの捜索じゃあない。一刻も早く飲料水を確保することだろ。


だが・・・その事をハッキリ言ってしまって良いものだろうか。この周りの空気の中で。


その後も話し合いは続けられ、どうやら教師と過半数の女子、それと才賀を含む数人の男子の意見は夜明け後に捜索すべきということで纏まった。香取たちも、流石に今から森の中を捜索するのは無謀過ぎると分かってはいたようだ。そして、残りはどうとも決められない主体性の無い連中だ。


俺はベースに戻ってきた時のことを思い出す。竈で火を焚いてる居残り組の脇に水筒がチラリと見えた。見られたことに気付いたのか、直ぐに仕舞い込んだ様だが。渇きを感じて焦りまくっている俺とは違い、彼女等にはまだ水に関しては少し余裕があるのかもしれない。


しかし、このまま水源の捜索を二の次にして無し崩しに伊集院達を捜索をすることになれば、俺は後悔するかもしれない。文字通り死ぬ瞬間まで。




暫く躊躇っていた俺だが、意を決して口を開いた。


「俺は・・・探すべきじゃないと思う。」





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