第7話
才賀を先頭に俺たちは未知なる森の中へと足を踏み入れる。
俺は尖った石で木の表面に印をつけながら慎重に進むと、僅か数十メートル進んだ所で森の雰囲気がガラリと変わった。
「何か・・・凄いなこれ 森が深いというか。」
「深い森独特の大気とでも言うべきだろうか。何と言うか植物の緑の臭いが凄いな。それに空気が物凄く濃い気がする。この臭いは何となく日本の山の奥深くの空気と似てるな。」
大きく息を吸い込むと少し息苦しい。緊張のせいか、もしかするとこの世界は地球よりわずかに酸素濃度が薄いのだろうか。
周りは目の眩むような巨木に囲まれており、太陽光が下まで届かないのか昼間にもかかわらず薄暗い。あの巨木たちは一体樹齢いくらなんだろう。大人数人掛かりでも全然抱えきれないような滅茶苦茶太い幹の木が当たり前のようにゴロゴロ生えてるぞ。
足元は草に覆われてはおらず、見通しは悪くない。光が届かないせいで森の下層の植物があまり育たないのだろう。ただ不整地であるので非常に歩き辛い。また、苔のようなものが生えており足が滑る。俺たちは教室で転移した為、今履いているのは上靴である。
暫く歩くと手や首筋に違和感があった。見てみると所々腫れており痒い。
「おい、才賀これ・・。」
怖くなった俺は、才賀に声をかける。
「これは虫刺されかな。ダニか何かじゃないかな。」
才賀は難しい顔をしながら俺からの問いかけに答えた。
新垣姉妹は泣きそうな顔をしている。
俺は怖くなった。日本でもしばしばマダニに噛まれて死亡したニュースが流れていたことを思い出す。森に潜む脅威は何も猛獣ばかりじゃない。
「行こう。 虫除けなんて持ってないし仕方ない。」
だからといって引き返すわけにはいかない。立て続けの緊張のせいか、俺はまだ空腹を感じてはいない。だが、喉の渇きは正直すでに厳しくなってきている。早く水源を見つけねば。
そして、慎重に200メートルほど進んだ所であろうか。俺は右前方にあるものを見つけた。
「お、おい 才賀あれ。」
俺は思わず才賀を呼んで、それを指さす。
「何かあったのか・・うっ。」
「うおっ」
「ひっ」
ソイツを見た才賀が呻き声を上げるのに続いて、背後から山下と新垣達の驚愕する声も聞こえて来た。
そこにはデカい蜥蜴のような生物が鎮座して居た。
その全長は1m程で体長は50cmくらいであろうか。全身は黒く光沢を放っており、吸盤のような指先も相まってまるでイモリのようにも見える。
だが、ソイツのヌメヌメと光る胴から伸びる脚は・・・6本あった。
「なあ。アレ、加藤はどうしたいんだ?」
才賀が恐る恐る聞いてきた。巨大イモリモドキは岩に張り付いたままピクリとも動かない。
「当然仕留める。」
俺は即答した。貴重なタンパク源である。逃す選択肢はありえない。
「危ないんじゃねーのか。」
と、意外にも慎重な意見を言う山下
「加藤て空手部だったよな?殴って仕留めるのかよ。」
だがほんの少し見直したと思ったら、即座にアホな事を言い始めた。
「な訳ないだろ。毒とかあったらどうすんだよ。」
などと憮然として俺が答えると。
「石か。ベースとここへ来る途中にあったな。」
察しの良い才賀が俺の意図を感付いて口を挟んで来た。
「ああ。後ろから近づいてあいつの頭に落としてやる。」
俺が答えると、才賀が苦言を呈す。
「あの蜥蜴っぽい奴はあいつ一匹とは限らないぞ。目立つところで動かないし、囮の可能性もある。」
うっ そこまでは考えてなかったな。てか両生類ぽいしそんな知能ないよね。多分。
ともかく多少のリスクは覚悟の上である。どうにかしてタンパク源を確保しないと、直ぐに飢えがやって来るだろう。
「俺が・・「いや俺がやるよ」
才賀の声に被せて宣言してやった。言い出しっぺは俺だ。チョット怖いけど、俺がやってやんよ。
「大丈夫か?」
才賀が心配そうに聞いてきた。うおい顔に出てるぞ。お前で大丈夫か?てな。チクショーすまんな。そりゃお前に比べりゃ全然頼りないけどさ。俺だって男だ。何とかするさ。あと、新垣姉妹の視線が痛い。オメーごときじゃ無理だ才賀君にやらせろと滅茶苦茶目と表情で訴えて来てる。ちっ うるせえよ。
その後、来た道を少し戻ると、先ほど来た時記憶にあった手ごろな石を見つけた。
気合を入れて両手で持ち上げ、再び才賀たちの元へ向かう。くおお意外と重い。しかし、殺傷力を考えると逆に軽い石では不安だ。
どうにか才賀たちの場所まで戻ると、俺は慎重にイモリモドキの背後から接近した。
脈が不整に鼓動を打ち、滅茶苦茶緊張してきた。もし気付かれて反撃して来たらどうしよう・・・。イモリの視界なんてどうなってるか分からんし。
俺はドッキンドッキンしながらイモリモドキの真後ろまで近付き・・そして無言で両手に持った石を振り上げ、思い切り叩き付けた。
ゴッ
なんだか地味な音が響いて、頭部に石の直撃を受けたイモリモドキが滅茶苦茶に暴れ回り始めた。ビジュアル的にはミミズをつついた時に暴れ回るあんな感じだ。どうやら頭部に大ダメージを与えることには成功したようだ。俺は油断なく、石を振り下ろした直後に既に全力で退避している。急に毒液とか針とか飛ばされたら怖すぎるからな。
その後、暫く時間が経過したがイモリモドキのジタバタは収まる気配がない。なんという生命力だ。てか石を振り下ろすパワーが足りなかったのだろうか。
俺が内心焦っていると
パンッ ・・・パァンッ!
物凄い音がしてイモリモドキの身体が飛び撥ねた、ように見えた。
突然のことに俺はビクッとして背後を振り返ると、才賀が野球の投球フォームをしていた。
うおおお才賀よ、お前が石を投げたのか。てかこいつ凄っげええええ。カッ飛んでいく石の軌道全然見えなかったんだけど。コントロールも半端ないし、こいつ野球も余裕でいけるんじゃないか。
才賀の剛速球をまともに喰らったイモリモドキはピクリとも動かなくなり、俺は奴の身体能力に戦慄した。
俺たちは再度イモリモドキの頭を完全に潰して動かないことを確認すると、一旦クラスメイトの皆が待つベースへ戻ることにした。この場所からベースまではほんの200mくらいだし、こんなキモい死体を持ち運びながら水源探しなんてやりたくない。
イモリモドキの死体に直接手を触れるのは憚られたので、近くに自生してる植物のデカい葉っぱを手との間に挟んで、俺と才賀の2人掛かりでイモリモドキを持ちあげる。おおっと意外と重い。39人分には全然足りないかもしれないが、結構な量のタンパク質を補給できそうだ。・・毒がなければだけど。
ベースに戻った俺達は、イモリモドキの死体を出迎えてくれたクラスメイトに預けた。ベースに残っていたのは副担任含め9名である。男子は歓声を上げていたが、女子の評判はすこぶる悪かった。
俺達のクラス担任の吉田先生は喫煙者であり、実に幸運なことにライターを所持していた。ベースではライターを使い、手製の竈で火が焚かれていた。また、どうにか飲料水を作ろうと悪戦苦闘している様子が伺えた。まあ無理だろうけど。道具も無いし、39人分の飲料水を賄うためには手作りの蒸留装置や濾過装置じゃ仮に上手く出来たとしてもその分量では焼け石に水だろう。
実は俺もライターを所持している。こんな事態になる前に大吾とキャンプに行く約束をしていたため、その打ち合わせのために鞄の中にちょっとだけ小道具を入れていたのだ。
今、その小道具は制服の内ポケットに忍ばせてある。このことは誰にも口外していない。俺の切り札でもあるし、俺はまだクラスメイトや先生を全面的に信用してはいないのだ。変に暴露して取り上げられたくはない。
そして俺たちは水と食料を探す為、再度森へ足を踏み入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます