第5話

俺たちが通ってきた通路の外はどうやら森のようだ。

だが、出口の周りは石の建材のようなものが散乱しており、多少拓けた場所であった。


夜空を見上げた俺は、そのままの姿勢で固まっていた。

心臓は早鐘を打ち、脚はガクガクと震える。止められない。心が冷えていくのが分かる。怖い。なんだこれ。なんだこれ。


満天の星空 


まるで星々が零れ落ちてきそうな澄んだ夜空


絶景


そして俺の知らない星空


北極星もオリオン座も北斗七星も金星も見えない


そこには月が二つ鎮座していた。

俺の知っている月とは色も大きさも違う。

模様も違う。

その表面にはデカいクレーターが目視できる。


なんだこれ マジなんなんだよこれ。










「なんなんだよ・・。」

どのくらい固まっていただろう。横合いから才賀の声が聞こえた。滅茶苦茶声が震えている。その声で俺のフリーズはどうにか解除された。


「おち、落ち着いてくださいっ!」

副担任の吉岡先生の上擦った声が聞こえた。完全にパニック状態だ。

吉岡先生の方を見ると担任の吉田先生が空を見上げたまま口を開けて固まっていた。当分再起動は無理そうだ。


「異世界転移だっ!」

俺の斜め後ろから上擦った声が聞こえた。どうやら極度に興奮しているようだ。振り向くと、クラスメイトの岡田が顔面を紅潮させて叫んでいた。

「やったっ 遂に俺も異世界で勇者になれるんだっ!」

「ステータスオープンッ ステータスオープンッ!」


何を言ってるんだこいつは。精神に異常を来してしまったのだろうか。

そりゃ俺もネット小説などで、所謂異世界物を読んだことはある。だからこいつの言わんことしてることは分からんでもない。が、そんなものは所詮ご都合フィクションの中だけの出来事であって、今は勇者だのステータスだのそんな状況じゃないだろどう見ても。


ただ、岡田のおかげで多少冷静さが戻った。これって本当に異世界とかそういうものなんだろうか。夢・・てことは無いよな。手を抓ってみる。痛い。足元の石に触れる。リアルすぎる質感。重み。俺の脈の確かな鼓動。噴き出した汗。夢じゃない。

外国?VR?いやこの夜空はあり得ない。CGどころじゃない。

もう一つの可能性。実は俺はもう死んでるんじゃないか・・・・。死人の見てる夢・・・。いや考えたくないな。








俺は今、空を見上げている。

あれから先生は放心状態になってしまった為、生徒たちで話し合いとりあえず各々暫く休憩することになった。


俺は考える。とりとめもなく。

此処は本当に異世界なのだろうか。

もしかしたら、同じ時空間に存在する地球とは別の惑星かもしれない。

まあ、どのみち今の人類の科学力じゃあ移動速度は時速数万kmが精々なので異世界みたいなものか。

俺たちはこの先生き残れるのだろうか。冷静に考えれば殆ど不可能だと思う。人間の身体なんて脆いものだ。例えば、大気の組成が数%変わっただけであっさりと死ぬ。

転移した瞬間即死しなかっただけでもとてつもないラッキーなのだ。この先俺たちに必要なものは何か。勇者?ステータス?いやいやまず水だろ。人は数日水を飲まないだけで動けなくなる。そして食料。気温はどうだろう。暑すぎれば熱中症、寒すぎれば低体温症であっさり死ぬ。病原菌は?ウイルスは?野生動物は?

異世界と言えば冒険者?はっ笑わせんな。

言葉もわかんねえ 文化も分かんねえ 金も身分証明書もねえ ご都合のよい神様なんていねえ。 

そもそもこの星に知的生命体がいるかどうかも分かんねえだろうが。

考えれば考える程、絶望が心を満たしていく。

ぐるぐると心に浮かぶのは家族のことだ。父さん 母さん 兄貴 由香 叔父さん 爺ちゃん 

畜生。しにたくねえよ。



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