第58話 噂の者

 まるで用意していたかのようにすらすらと話すエストキラをリナは怪しんだ。


 ”絶対におかしいわ”


 「ちょっと、キラ来て」

 「え? うわぁ。なに」


 急にリナが立ち上がったと思ったらエストキラの腕を掴み、宿屋の外へと連れ出す。


 「ど、どうしたの? そ、そんな怖い顔して」

 「今の話誰に吹き込まれたの?」

 「ふ、吹き込まれたって……」

 「あの男?」

 「え? 知ってるの?」


 エストキラを呼びに来たのは女のビィだ。なのに男と言ったのでリーダーを知っているのかと思ったのだ。


 「やっぱり。何そそのかされて変な事言っているのよ。しかも、国がらみだなんて」

 「あー。だぶん内容は本当だよ」

 「じゃ、明日冒険者ギルドの代表が来るっていうの? この街に!」

 「うん。見に来るように誘導してって言われている」

 「どこに?」

 「冒険者ギルド前……」


 リナは、大きなため息をついた。


 ”もしそこに来なかったらどうなると思ってるのよ。王様がって言っちゃってるのよ”


 不安しかない内容に、どうしたらいいのだろうかとリナは思案する。


 「大丈夫だって、たぶん。国を神殿に乗っ取られたくないし」

 「は? 何言ってるのよ! どうしてそんな話に……なぜ、そんな簡単に信じちゃうのよ」


 その問いにちょっと考えてからエストキラは口を開いた。


 「少なくともリナを助けてくれた。まあ向こうの都合のいいような感じにはなっているけど」

 「わかってるんじゃない。なのに……」

 「あのさ、僕をはめて何か彼らに得がある? 言った事と違う事が起きるとしたら何? 僕には思いつかない。でももし、僕に何かあったらアル達と逃げて」

 「な、何を言ってるのよ」


 エストキラは、アルに頼んでおいたのだ。もし万が一明日何かあれば、リナ達を連れて逃げてほしいと。


 ”もう、あの分解屋め。次に会ったらただじゃおかないから!”


 リナは、ガントが関わっていると大きな勘違いを未だにしているのだった。





 ざわめく冒険者ギルドの前に、冒険者ギルドの代表とその者達を守る騎士団が立っていた。それと、なぜか神殿の者も。


 「おい、神殿が言っていた事は事実じゃないのか?」


 早朝にもかかわらず、ギルド前を埋め尽くす冒険者達。

 おかげで、その場を去りたくても去れなくなった神殿の者の顔は引きつっていた。

 声を上げたのは、昨日まで神殿の話を聞いていた冒険者の一人だ。街に戻ってみれば、今度は冒険者ギルドの者が来るという話になっていて、神殿がいう話とは全然違った。

 真相を確かめようと神殿側についた冒険者も集まったのだ。


 「も、もちろん、事実です。確かに冒険者ギルドの代表の方がお見えのようですが、昨日聞いた事は事実ではないでしょう」

 「おや、どのようなお話だったのでしょう」


 冒険者ギルドの代表のマーシャルは、鋭い視線を神殿の者に向けた。

 赤い髪に赤い防具。剣も下げていて冒険者の出で立ちは、堂々としており燃えるような赤い瞳の視線が神殿の者を焼きつきそうだ。


 「それは、私も話をチラッと聞いただけでして。しかし、本当にマーシャル様なのでしょうか?」

 「どういう意味でしょう」

 「そういう情報は、聞いておりませんでしたので……」

 「神殿に言う必要がありますかな? 我々は、他の国を視察し、最後にこの国に立ち寄ったまで。もちろん、知らせてありましたよ。それに抜き打ちなので、冒険者ギルドには何も連絡を入れておりませんがね」


 冒険者の発祥の国は隣国ダイダリン皇国で、ビーントヌ街とは反対側に接している国。まさかこの街に立ち寄るなど神殿は思いもよらなかった。

 知らせは国王に通してあった。密かに街の騎士団が動いていたのだ。

 この街で神殿が何かをするであろう事は察知していた。神殿のトップのハムザが頻繁にビーントヌ街へ出入りしている事をキャッチしていたからだ。

 この街で何かする。そう警戒していたが、ぎりぎり到着が間に合った。


 「そうですか。必要はありませんね」

 「あ、ハムザ様!」


 スーッと現れた神殿の代表のハムザが前に出てくると、ワーっと歓声が上がる。


 「おや、大人気なようで」

 「それほどでもありませんよ」

 「そうですか。毎夜、演説なさっていたとか」

 「えぇ。スキルの偉大さを――」

 「一緒によい国を創ろうなどとお話なさったと聞きましたが」

 「この国の為です」


 二人は、火花を散らす。


 「ところで私も噂を聞いてここに来たのですが、冒険者がなぜあなたが来るのを知っていたのでしょう」


 故意に流したと思われる噂だ。なぜならどの・・宿屋でもその話で持ち切りで、神殿の話を聞いて戻って来た冒険者達と言い争いが各宿屋で起こっていたのだ。


 「お前だよな?」

 「え?」


 一斉にエストキラに視線が集まった。


 「そうそうこいつだ」


 口々にそう言う冒険者。


 「あなたですか? こちらへ来ていただけませんか?」

 「え……」


 ハムザの言葉に、エストキラは躊躇する。

 どうして知っていたかなど、言えるはずもない。


 ”というか、どうしてみんなが僕の事を知っているの?”


 エストキラが噂を流したのは、自分が寝泊りした宿屋一か所だけだった。

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