第34話 歌に誘われて

 エストキラは、ふと目を覚ました。辺りはまだ暗く不気味な鳴き声も聞こえてくる。


 ”近くにモンスターが!”


 慌ててリナが持つマップを見ようと彼女に振り返るも、リナはエストキラによりかかって寝ていた。

 ランプは消えてしまっていて暗い。目を凝らしリナの手を見るもコンパスは握っていなかった。


 ”寝てしまって手を放してしまったのかな?”


 リナの顔を覗き込むとすやすやと言うよりは、疲れ切っている。

 そして、ふとある事を思い出した。


 ”そういえばコンパスってMPを300ぐらい消費しなかった? 自分は1しか消費しないから忘れていたけど、移動の間リナが発動させていた!”


 エストキラは、片手にフライボードを持ちもう片方はリナと手を繋いでいた。なのでコンパスは、リナが持っていたのだ。

 リナの最大MPがいくらかわからないが、その後祈りも行っている。MPが枯渇して昏倒した可能性もあった。


 ”守ると思いながらも結局……うん? え!”


 ふと森に目をやると、うっすらと白く見える。しかも赤い点が二つ。


 ”何かいる。しかも目の前に!”


 襲って来る気配はないが、じーっとこちらをみているようだ。


 ”どうしたらいいんだ。リナはきっと、声を掛けても起きないだろうから。かといって抱えてボードで上に逃げるのも危険だ”


 リナを支えきれなければ、落ちてしまう。


 『久しぶりに心地よい声を聴いた。ここは、私が見張っていよう』

 「………」


 ”今、声が聞こえたような。これ、夢かな。そう夢だ――”



 「――キラ。起きて、キラ」

 「う、うーん」


 目を開けると、目の前にリナの顔があり、ドキリとする。


 「キラ、おはよう」

 「お、おはよう。そうだ。MP大丈夫?」

 「うん。それより見て。かわいい犬の子供よ。迷子かしら」


 リナが抱き上げる犬の子供・・・・を見て驚いた。

 夢で出てきた白い生き物が小さくなってリナに抱かれていたのだ。


 ”赤い瞳だ。あれは夢じゃなかったんだ。でもこんなに小さくなかったよね? これ犬って言うのか”


 「かわいいよね」


 まじまじと見つめていると、リナがそう言った。


 「でも、連れていけないよ」


 ”この子の分までの食料なんてない”


 ちらっとリナを見て、エストキラは困り顔になる。悲し気な顔をエストキラに向けていたからだ。


 「ぼ、僕達、逃げている最中だよ? 連れていけば、この子も襲われるかもしれないよ」

 『君たちは、追われているのか?』

 「え?」

 「それは、わかっているけど……えって何?」

 「………」


 エストキラは、子犬とリナを交互に見つめた。


 「今、しゃべらなかった?」

 「うん? だからそれはわかっているけどって言ったの。森の中だけでもいいから一緒に、ダメかな?」

 「………」


 ”そう言われてもな。絶対森から出ても連れていきたくなるに決まってる”


 『また歌を聴かせてくれるのなら、君達を助けてやろう』


 ”やっぱりしゃべっている。しかもリナに聞こえてない。なんで?”


 「えっと、リナ。ちょっと歌を歌ってみて」

 「いきなり何?」

 「なんでもいいから」

 「……じゃ、私のお願いも聞いてくれるのよね?」


 エストキラは、こくんと頷いた。

 リナは、話す子犬を抱きしめ、歌を歌い出す。


 『いい声だ』


 ”まあ、害がないようだからいいかな。怖がって進むよりは……ただ問題は食料だよね”


 しばらくリナの歌を聴いていた。

 逃げている最中だというのに、心が落ち着く。


 「そうだリナ。ちょっとリュック貸して」

 「うん」


 手渡されたリュックを開け、買っておいたごはんを取り出す。


 「え? それって中身入っていたの? すごく軽かったけど」

 「うん。軽くしたから」

 「軽くしたって、どういう事?」

 「どうでもいいじゃない。これリナの分。それでこれは……この子の分」


 エストキラは、自分の分から半分分けた。


 『食事なら自分でできる。それは、食べるがいい。ではちょっと行って来る』

 「あ……」

 「どこ行くの」


 リナが慌てるもあっという間に子犬はいなくなってしまい、リナはしょんぼりする。


 「ごはんを食べに行っただけだから戻ってくるよ」


 肉まんを口に放り込みエストキラが言うと、リナは驚いた。


 「なんでそんな事がわかるのよ」

 「……本人が言っていたから」

 「え……」


 くすりと笑ってリナも肉まんを食べる。


 「あ、信じてないなぁ」

 「そうね。じゃ戻ってきたら名前聞いてみて」

 「わかったよ」


 二人が食べ終わった頃、子犬は戻って来た。


 「本当に戻って来たわ」


 嬉しそうにリナが言う。


 「リナが君の名前を知りたいだって、教えてくれる?」

 『名前か。人間どもは、アプリュネルと呼んでいるな』

 「アプリュネル?」

 「もう、何言ってるのよ。それ神獣でしょう」


 あきれたようにリナがエストキラに言った。


 「そうなの? ところでリナ。シンジュウって何?」

 「え? 知らないの? そうか。私も神殿で習ったわ」

 『私を知らないとは……』


 村にいる動物は家畜しかいない。なので犬という動物がいる事は知っていたが見たのは初めてだった。もちろん神獣などという単語も今はじめて聞いたのだ。

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