第32話 ダッシュ

 二人は、森の中を息を切らし走っていた。


 ”もう大丈夫かな?”


 「はぁはぁ。少し休もう」

 「わ、私は大丈夫……」

 「いや、いったんここに隠れていて」

 「も、もしかして様子を見に行くの?」


 不安げにリナは、エストキラを見つめる。


 「ガントさんは、きっと誰にも言わないよ。というか言えないと思う。僕を匿っていた事になるからね」

 「で、でも……もし見つかったら」

 「ここまで来ているとは思ってないよ。街に来た時の為に連絡したんだと思うし」


 馬車で3時間かかる街で、行き来している馬車はチェック済みだろう。なので仲間がいない限り、この短時間で街までは来れない。


 ”手助けしたのじゃないかと、お父さん達に何かしてないといいけど”


 「そ、それでも怖いの! 見つかったら何をされるか……」

 「リナ……」


 ”リナは、僕が守らなきゃ”


 いつも毅然としていて、どちらかというと守ってもらっていたエストキラだが、震え泣く彼女を見て、初めて自分が守らないと思った。

 エストキラは、震えるリナを抱きしめる。


 「リナ。大丈夫。2時間ぐらいで戻ってくるから。ここを離れるのに武器も食べ物も持ってない。それだと森を抜けるのは無理だから。まだ今なら、僕と一緒に行動しているとは知られてないから買いに行っても怪しまれないと思う」

 「わ、私も一緒に連れて行って!」

 「それは無理。ガントさんが見ただけで不審がったんだから。髪色をチェックされれば君だとバレてしまう。ね」


 リナは、こくんと頷いた。


 「そうだ。ただ待っているだけだと暇だろう。これの使い方調べておいて」


 何もせずに待っているよりはいいだろうと、エストキラはかばんから直径5センチほどの円盤を取り出した。上にした面には、文字が刻まれていて針がついていた。コンパスだ。


 「これどうしたの?」

 「さっき、ガントさんが扉を開けた時に、かばんに放り込んでおいたんだ。たぶんこれが、マップなんとかだと思うんだよね」

 「マップ? ……もしかしてこれコンパスとか?」

 「あ、それそれ。マップ付きコンパス!」

 「魔道具でも高いモノよ! 盗んで大丈夫なの?」

 「け、契約違反はしてないよ。解除前だし。それに売ったらだめだけど、それ以外の処分方法ならいいってガントさんが……」


 そう言い訳をしてエストキラは、目を泳がせる。


 「わかったわ。どこかに触れて魔力を注げば使えると思うの」

 「うん。お願いね。フードはちゃんと被っていて。このローブは、モンスターに見つかりづらいらしいから、きっと大丈夫」


 リナのフードを軽くひっぱり言った。


 「ひ、人には?」

 「……大丈夫」

 「………」


 ”ここをまだ探しにこないと思うから大丈夫だとは思うけど。見つからないとなれば捜索範囲を広げるだろうから。その前にここからもっと遠くにいかないと”


 「じゃ、行って来る。フライ」

 「気を付けて」

 「うん」


 木にぶつからない様に飛ぶのは難しかったので、森の上へと飛び立つ。それを驚いてリナは見つめていた。

 街の近くまで来て、フライボードから降り走って店へと急いだ。


 「おや君は、やっぱり靴がほしくなったかい?」


 ボードの靴とローブを買った店だ。


 ”そうだ。リナも靴も履き替えた方がいいよね”


 「や、やっぱり買おうかなって。シンプルのがいいんだけど。あと大きなかばんもほしいな。あ、あとランプもあるかな?」

 「かばんなら向こうだよ。ランプはそこ」

 「ありがとう」


 指さす方へ行くと、リュックから斜め掛けかばんまで取り揃えられていた。


 「本当ならリナに合ったのがいいけど、僕が使う感じの方が怪しまれないかな。だったらリュックがいいかも。今のかばんも使うけど用途によって使い分けるって事で」


 買ったリュックに買った他のモノを入れ、次の店に急いだ。


 「これ下さい」

 「うん? 討伐でもするのか? この前も買って行ったよな」


 ”よく覚えてるなぁ”


 エストキラは、ポーション屋に来ていた。HP回復と万能薬を買い求める。


 「あの、お水をきれいにする物なんてここに置いてあります?」


 できれば錬金術協会には行きたくなかった。


 「あぁ、それならこの布な」

 「え? ぬ、布……」

 「そうだ。このビンもセットで。ちと重いけどな」


 ”これコップではないんだ”


 取っ手が付いていて、蓋も取り付けてある。


 「セットで買ってくれるなら銀貨50枚でいいぜ」

 「たか!」

 「何を言う。この布はろ過する魔法陣が施されているんだ。これを使えば水はろ過される。ほれ、この取っ手付きビンをもう一個つけてやるからさ」

 「……じゃ下さい」


 そういうと、それ以外のモノも店員は手に取って来る。


 ”今度は何? 急いでるんだけど!”


 「画期的なのがあるんだが。小瓶をセットできるようになってるベルト! セットしておけば。かばんの中から取り出す手間もない! ピンチの時に素早く……」

 「わかったからそれも!」

 「次は……」

 「悪いけど、急いでるから!」

 「そう? じゃまた来てくれな。待ってるぜ」

 「機会があればね」


 買ったモノをリュックに放り込む。


 ”次は――”


 エストキラは、リュックを背負いボードを小脇に抱えて、街の中を走り回るのだった。

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