第30話 リナのピンチ

 トントントン。


 「リナです」

 「入りなさい」

 「失礼します」


 リナは言われた通り部屋に入るが、扉の前に立ったままだ。彼には近づきたくなかった。なぜならセクハラおやじだからだ。

 今日は、いつもに増して、いやらしい顔つきでリナを見ていた。


 「リナ。君に討伐部隊行の命令が出た」

 「え!」


 驚いた。エストキラが言っていた事が本当に起きたからだ。


 「私もねぇ、行かせたくないのだよ? 貴重な祈り人だ」


 リナに近づきながら言う。そして、手を伸ばしてくる。


 「お、おやめください。ロン様」


 さわさわと服の上から触ってくる。


 「おやいいのかね? 君が頷けば、その命令を何とかしてあげようと思っていたのだがね」


 そう言ってロンは、にやりとして奥へと続く扉を指さした。

 リナは青ざめる。彼女には、その取引にも応じたくない。


 「ほら……」


 無理やり連れていこうとするロンに抵抗するもずるずると引っ張られていく。


 「いや……」


 トントントン。


 「うん?」

 「ロン様。リナさんをお迎えにあがりました」

 「何? 二時間後だっただろう」

 「いえ。すでに馬車が待機しております」

 「ええい。十分待て!」


 ロンは、そう扉の外の男に荒げた声をかけた。


 「仕方がない。ここで……」

 「え? キャー嫌」


 最初から命令を取り消す気などなかったのだ。


 ”キラの言う通りだったわ”


 「炎よ……」


 がし。

 扉が開き、のしかかるロンの肩と突き出すリナの手を男は掴んだ。


 「「……!」」


 ”動けないわ”


 「お退きください。ロン様」


 男が、ロンの肩から手を離すと、彼は男を睨みつけながらどいた。


 「どういうつもりだ? カイン。私は、十分待てと言ったが」

 「私ももう馬車が到着しているとお伝え致しましたが?」


 ぐいっと、リナを引っ張り起こしながらカインは返す。


 「制裁を受けるのは私なのですが、代わりに受けて下さいますか?」

 「な、なに!? もういい、いけ!」

 「何をしています。行きますよ」


 クルっと背中を向けるカインに慌ててリナはついて行く。

 カインは、神殿の中でも珍しく、ロンに物言う人物だ。その彼の後ろ姿を見るとリナは、エストキラを思い出す。同じ紫の髪だからだ。


 「あの、ありがとうございます」

 「別にあなたを助けたわけではありませんから」


 リナは、それでも助かったと思う。


 「……あの、本当に行かなくてはいけないのでしょうか」

 「はい。そう決定いたしましたから。お嫌ならなぜロン様の誘いを断ったのです?」

 「え? だってあれは、そんな気はまったく……」


 顔を真っ赤にしてリナは言った。


 「それでもおりましたよ。彼に助けてもらった方」

 「………」


 リナは、唇を噛み締める。彼女には、そんな事は無理だ。


 「こ、このまま逃がしては……」


 もしかして、カインなら見逃してくれるのではないかと、わずかな期待をするリナだが――。


 「逃がす? この私がですか?」


 クルっとカインがリナに向いた。その表情は冷ややかだ。


 「逃げたとして、モンスターと戦わなくてはいけないのは一緒です。しかも逃亡者の身になります。まあ討伐隊で上手くやれば、戦わずにすむかもしれませんが」

 「え……」


 リナは、さあっと青ざめる。

 さっきと同じような事が起こると言われたのだ。


 「嫌です、そんなの。キラ……」


 泣き出すリナを見て、カインはため息をついた。


 「そんなに彼がいいですかねぇ」

 「え?」


 ”もしかして生きているのを知っているの?”


 「誓いを立てなさい。彼にも誰にも言ってはなりません。私が逃がしたと」

 「………」


 その言葉に、リナは目を丸くする。


 「さあこれに着替えて」

 「……ここで!?」

 「誰もいないでしょう。私は後ろを向いています。5分だけ時間をあげますから」


 リナは、カインが後ろを向いたので慌てて着替える。


 「着替え終わったようですね。こちらへ」


 二人は外へ出た。


 「いいですか。振り返らずに向こうへ真っ直ぐに向かいなさい。そして、肝に銘じておいてください。あなた方は、逃亡者。ならず者です」

 「……ありがとうございます」


 カインは話ながら、リナのブレスレットを外した。トンと背中を押されリナは走り出す。きっとキラが待っていると信じて。


 「結局、こうなりましたか」


 リナの制服を上から着込んだカインは、茶色い・・・髪をなびかせ、反対側へと走っていく。


 「リナが逃げたぞぉ」


 リナは遠くで聞こえたその声に怯えながら必死に走って行った。

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