第7話 残業
「あ、マナおかえり~」
「ただいま帰りました。今日も一日大人しくしてましたか?」
「いつもアタシは大人しいですぅ」
「ねぇ、マナってさ【残業】しないの?」
「必要な時はしますけど、基本的にしないですね。なんでそんな事を聞くんですか?」
「さっきテレビ見てたら、残業のし過ぎで自殺者が~って言ってて」
「あぁ、最近増えてますね」
「なんで残業しすぎる人がいるの?」
「その集団を取りまとめる人間が無能だからですよ」
「え……そういう理由なの?」
「えぇ、人一人の能力を把握もせずに適当に仕事を振り、進捗は確認もせず、座っているか無意味な会議をして時間を浪費しているだけ。無能の典型例です」
「この残業している人が特別仕事できないだけとかじゃなくて?」
「むしろ特別仕事のできない人間に残業させてまで働かせるという間抜けさ。吐き気がしますね」
「おぅふ……」
「先に言うと”人材不足”など言い訳にもならない寝言です」
「え、どうしたの?」
「人手が少ないなら雇い入れろと言う単純な話を”やれ育成が”、”やれ人件費が”などと寝言を重ねる阿呆が後を絶たない。今いる職場でも同じことを何度も何度も繰り返しているのでイラッとしてます」
「アタシちょっと……」
「珍しく私に質問したんですから私の愚痴に付き合いなさい」
「あの……ちょっとトイレに」
「大丈夫。貴女なら漏らしても違和感ありません」
「それはだいじょばない!」
「そもそも業務がどうにもできないほど溢れるというのは会社として基本がなっていない。自分たちの作業限界を大幅に超える仕事を取ってきても、処理しきれないのは目に見えているでしょう。まったく何を考えているのか」
「んー……。でも、仕事がなくなるよりはいいんじゃないの?」
「作業限界を少し超える程度なら私も文句は言いません。むしろ、人一人に課する仕事量はその人間一人の能力よりも少し多いくらいがベストなんです」
「ん?多い方が良いの?」
「人を成長させるにはその方が理想的です。実際はそんなうまくいかないことはわかっていますが、それでもあからさまに処理できない量を一人に押し付けるのは無能のやる仕事です」
「でも、やれる人がいないと会社としてダメなんじゃないの?」
「人手が足りないのなら、雇えって話です」
「おぅふ……」
「でも、ソクセンリョクじゃないと雇っても意味ないんじゃ?うちでも本当の新人の子が来るとみんな大変そうだよ」
「誰もが最初は”新人”です。自分たちが生まれた時から二本足で立って、自分でご飯を調達していたという人間が居たら反論しなさい」
「今、ここにはアタシしかいない。うぅ……なんでこんな時にヤオはいないの?」
「即戦力が欲しいのはわかります。だからと言って、育成を疎かにしていいという訳ではない。むしろ、即戦力が欲しいと嘆く管理者の多くは育成をしたくないという怠慢を前面に出しているだけです」
「じゃあ、たくさんの仕事できない人が入ってきたらどうするの?」
「……チッ」
「その表情で舌打ちやめて。アタシ悪くないのにすごく心にくる」
「そういうのは採用担当者に文句を言いたいですね。まぁ、基本的に話ができるだけで十分働く素質はあります。あとは、最低限言われたことをやれるだけの力量があれば十二分と言っていい」
「そんなんでいいの?」
「そんなんでいいんですよ。結局のところ、同業種への転職でも会社ごとにルールが違ったりしますし。最低限のコミュニケーションさえできれば十分です」
「でも、給料ドロボーとかにならないの?」
「何のための管理者ですか。人を管理してこそ管理職です」
「それってブチョーとかがやるの?」
「正式な役職は会社ごとに違うので明言はしません。だいたい十人ごとに一人のリーダーを付けて、仕事の進捗管理をさせます」
「大変そう」
「まぁ、十人程度ならさほど大変じゃないですよ。あ……いえ、その人の能力にもよるとは思うので、無理しない程度で上限十人と言い換えた方が良いかもしれませんね」
「じゃあ、無能なのはリーダー?」
「いえいえ、それだけではありません。なぜなら、そのリーダーを纏める人間もいますからね。さらに上に居座る上司が各リーダーだけ見ているなんて許されるはずがないでしょう?」
「え?」
「リーダーの上役は各リーダーの状況を観つつ、そのリーダーの下で働く人間の業務を俯瞰で管理する必要があります」
「おぅふ」
「詳細は見なくていいですが、大雑把には見る必要があります」
「ねぇねぇ。それって自分の仕事もしつつですよね?」
「当たり前じゃないですか」
「おぅふ……。え、そんな有能な人が上司になるの?」
「当たり前じゃないですか」
「それ……無能の人が…………ハッ!?」
「そう……。社内人事でそういう事をすると痛い目を見ます。そして、社内人事を司るのは会社の中でもかなりの上役」
「ゴクリ……。無能の無能による無能のための自爆……」
「その通り」
「ただいま。なんか盛り上がってるみたいだけど、何の話?」
「ねぇ!聞いてよヤオ!」
「なんだなんだ?飛びついてくるな。袋ン中に卵入ってんだから」
「あ!」
「どうした?」
「トイレ忘れてた!」
「忙しい奴だなぁ」
「本当にトイレ我慢してたんですね」
******** ********
【残業】
既定の勤務時間を超えた後にも職場に残って仕事をこなすこと。
超過勤務とも言う。
日本では「残業をすればするほど儲かる」という認識が植え付けられているが、これはバブル期にもたらされた一過性のもの。
本来、業務が期限までに終わらない場合に仕方がなくやる事であり、儲けが増える魔法ではない。
外国での残業時間が日本に比べて極端に少ないのはこの意識が異なるから。
バブル期は日本にひと時の富と今もなお続く悪習を与え、文字通り泡のように消え去った。
管理者が文字通りに管理するか、怠るかで人の労働環境は劇的に変わる。
ただし、自分の上司を無闇に邪険することは推奨しない。
それは立場が上に行けば行くほど、心理的疲労は大きく重くなっていくからだ。
人を管理するというのは言葉で言うのは簡単だが、十二分に難しい話だ。
自分が今やっている仕事を思い返し、その上で自分が所属している社員の業務をすべて把握しろと言われて出来るだろうか。
出来ると豪語できるなら、今すぐ上司の椅子を奪い取ろう。
出来ないと思ったのなら、キミが上の立場になった時に同じように下の者に邪険にされるだろう。
上の立場の人がお金をたくさんもらえるのは、その心労に対する対価だという事を忘れてはいけない。
決して、お金がたくさんもらえるだけの立場などではない。
王華の中の結論
「残業の話……。なのに管理の話まで出てきた……。あ、でも大丈夫!アタシでも魔王やってたくらいだし!人の能力見極めて、適当に割り振ればいいんでしょ?イケルイケル!」
※ 彼女は参考にしないでください。
真面目に管理は難しいお仕事です。
軽く見ると、割とポックリ人が死にます。
ちなみに、その人が死んだのは管理していたアナタのせいです。
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