少納言さんはオーネスト 4

「式部ちゃんはね、きっと腹が立つんだと思うの」

「何にですか。式部さんも少納言さんも、どちらも有名人じゃないですか」

「そういうことじゃないよのねえ……」

 直らないくせ毛をとかしながら、少納言さんは頬杖をついてため息を吐いた。嫌悪のものではなさそうだけれど、呆れともとれるし、疲れともとれる、そんな仕草だった。

「そう言えば、前にこんなこと言ってました」


 以前式部さんが来た時。日本史の教科書片手に式部さんが異議申し立てをしたことがあったのだ。


  「なんか私、あの少納言しょうなごんと同等みたいな扱いになっていな

   い?」

  「そうですね。大概、セット……並んで習いますね。お二人は」

  「いやいやいや。ありえない。私、彰子しょうし様に仕えてたのよ? の

  ちのみかどの母に仕えてたのよ? レベルが違うわ。レベチよレベ

  チ」

  「何でそんな言葉知ってるんです」



「やっぱりね……」

「やっぱり?」

「気に食わないんでしょ。同列に扱われるのが」

「少納言さんと式部さんがですか? でもそれは……」

「違うのよ」

「え?」

「私たちというより、私の仕えた定子様と、式部ちゃんが仕えた彰子様が同列に扱われるのが、気に食わないのよ、きっと」

 自然と僕は、首を傾げてしまった。内実は随分複雑らしい。



 藤原定子は藤原道隆の子、隆家さんの姉で一条天皇のきさきだ。言うまでもなく少納言さんが仕えた人物でもある。

 一方の式部さんの仕えた藤原彰子は、道隆の弟である藤原道長の子、平等院鳳凰堂を作った藤原頼通の姉で、こちらも一条天皇のきさきになる。


 

 そもそも天皇の后は一人だった。それにもかかわらず二后にこう鼎立ていりつする形となったのは、定子の父道隆が、突如この世を去ったことが大きい。

 弟の道長の行動は素早かった。定子というきさきが既に存在しているにもかかわらず彰子を入内させたのだ。兄の伊周これちかや弟隆家はそのとき既に道長の策略によって失脚しており、後ろ盾を持たない定子は本来没落する運命にあった。


 しかし、定子は一条天皇の厚い寵愛ちょうあいをその一身に受けていた。伊周失脚後に内裏だいりから退出し出家していた定子を、再度さいど入内じゅだいさせるほど、強く愛されていた。おそらく道長の唯一の誤算はそれだっただろう。道長の本当の政敵は、道隆でも伊周でもなく定子その人であり、本当にどうにかしなければならなかったのは、一条天皇が定子に向け続ける愛情だった。



 彼女はしかし、間もなく息を引き取る事となる。



 夜もすがらちぎりし事を忘れずは こひむ涙の色ぞゆかしき 

 

 一晩中愛し合ったことを忘れずにいてくれるなら、私を恋しく思ってあなたが流す涙の色は何色になるのでしょうか。



 崩御に際して読んだ歌はそんな歌だった。そして、後の時代を制したのは道長と、定子亡き今、帝の寵愛を一身に受けることとなった彰子、のちの上東門院だった。定子の存在は忘れられていく。

 そのはずだったのだ。



 しかし、そうはならなかった。

 定子の名前は、ある一人の人間によって、彼女の亡き後の宮中や貴族社会に残り続け、現代まで伝わる事となった。



 その人物とは、清少納言に他ならない。

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