少納言さんはオーネスト 2

 清少納言は言わずと知れた、随筆『枕草子』の作者だ。普通の学校なら、必ず一度は授業で習うだろう。中宮定子に仕えた当意即妙とういそくみょうの人で、「香炉峰こうろほうの雪」の故事(*)は良く知られている。


 父は清原きよはらの元輔もとすけ。歌人としては知られているが、貴族としては不遇ふぐうだったらしい。ただ、人を笑わせることに長けていたとも言われている。それも一種の当意即妙の技と言えるかもしれない。


 名前については、清が「清原」を表しているが、「少納言」の由来はいまいちわかっていないのだとか。親族に少納言の官位を貰った人がいたのだろうか。

 ちなみに式部さんの場合は、かつて藤式部と呼ばれていたが、「藤」は「藤原」から、「式部」は父の為時ためときの官職「式部丞しきぶのじょう」からきているらしい。後に『源氏物語』が有名になるにしたがって「藤」が物語にゆかりのある「紫」に代わるが。

 


「定子様はね、あの頃の宮中で、ううん、日本で、いや世界で一番の花だった思うの」

 少納言さんは頬笑みを湛えて言った。

「世界、ですか」

「ええ、ええ。ほんとにもうこちらが恥ずかしくなるほど美しくてね」

「はあ」

 少納言さんが言う定子様というのは関白かんぱく藤原道隆ふじわらのみちたかの娘で一条天皇の后になった人物だ。この前ここに来た隆家たかいえさんの姉にあたり、『枕草子』にもたびたび登場する。

「私の一生はあの人に会わなければ始まりもしなかったし終わりもしなかったと、本気で思うわ」

「会ってみたいですね。せっかくなら」

「でしょう? うふふ」

「ふん」

 式部さんはその間、ずっとそっぽを向いていた。横髪を抑えて、足を立てている。多分生前は一度もしなかったであろうだらしのない格好だ。

「もう、式部ちゃん足立てて、だらしない」

「うるさいわね」

「ほーら、ちゃんと座りなさい」

 式部さんは瞳を細めて舌を打った。一体、何でこんなに仲が悪いんだろう。というより、なんで式部さんは一方的に少納言さんを嫌っているのだろう。

 確かに式部さんは日記に少納言さんの悪口を残していた。けれど、歴史的に考えれば、二人は会ったことはなかったはずだ。

「式部さん、ちょっと」

 僕は部屋の隅に式部さんを呼んだ。彼女は溜息交じりにこちらへ移動してきた。

「あれ、私は放置かしら。うふふ。でもいいわ。そういうのも燃え……」

「ちょびっと待っててくださいね」

 変なスイッチが入ってしまったと見える少納言さんを制し、僕は式部さんに向き直った。



*清少納言が定子に仕えていた頃のある冬、とても雪が降った。定子が清少納言に「少納言、香炉峰こうろほうの雪はどんなのかしら」と問うたところ、清少納言は女房に命じて、御格子を上げさせ、御簾を高く巻き上げた。それを見た定子は笑いなさった。


 これは、『白氏文集』を残した中国の詩人白居易が、「遺愛寺いあいじの鐘は枕をそばだてて聴き、香炉峰の雪はすだれかかげてる」としたことによる。定子の問いに対してすぐさま白居易の歌を思い浮かべて実行に移した清少納言の、当意即妙の代表例として挙げられる。

 ちなみに香炉峰は中国の江西省にあるらしい。


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