隆家さんは救世主? 5

「帰ったの?」

 部屋の掃除をしていると、ぴょこりと涼が顔を出した。風呂上がりだろうか、髪の毛に湿り気がある。

「いまさっき」と僕は答え、お盆に湯呑と急須をおいた。

「そっか。お疲れ様」

「うん」

 そのままいなくなると思いきや、涼は部屋に入ってきた。

 そして隆家さんが放置したままのオレンジの教科書をパラパラめくり始めた。

「すごい詳しいね。こんなのやるんだ、高校では」

「涼なら結構見てわかるんじゃない?」

 涼は歴史に詳しい。日本史だったらまだ勝てるかもしれないが、世界史では敵わない。僕は高校生、涼はまだ中学生だというのに。

「まあね。えっと誰が来たんだっけ今日」

「隆家さんだよ。藤原隆家っているでしょ」

「あー隆家だったんだ。道長にやられた人だ」

「あー……まあそうかな」

「でも後半は活躍したんだっけ。なんか女真人? 追いやったんだもんね」

「まあ」

「へえ、すごい人が来たんだね」涼は純度100%の笑みを見せた。

 やはりと僕は心の中で呟く。日本史なら勝てる、そう思ったからだ。

「なあ、涼」

「なに?」

「隆家さんの家、すぐに駄目になったみたいにおもってないか?」

「え? 違うの?」

「まったく……」

 思わずしたり顔を浮かべつつ、僕は本棚から家系図集を取り出す。いろんなサイトからコピーした青いファイルだ。

「見てみ」

「うん……」

「結構すごい人出てくるでしょ。隆家さんの子孫」


 長男、良頼よしよりの子孫である宗子は別名を池禅尼いけのぜんにといい、平清盛の継母ままははにあたる。平治の乱後、飲食を断って、処刑されそうになった源頼朝の助命を嘆願したのは有名な話だ。


 次男、経輔つねすけの子、師家もろいえの子孫には、保元の乱後、後白河天皇の治世で権力を握り、平治の乱で処刑された藤原信頼ふじわらののぶよりがいる。その姪は奥州の藤原秀衡ふじわらのひでひらに嫁ぎ、藤原泰衡ふじわらのやすひらを産んだ。秀衡は源義経を匿ったことで有名だ。

 また、信頼の姉妹は摂関家の近衛基実このえもとざねに嫁ぎ、基通もとみちを産んだ。その基通の妻も信頼の姉妹である。


 さらに経輔の子、師信もろのぶの子孫には長成ながなりという人物がいるが、この長成の妻は源義経の母である常盤御前ときわごぜんである。義朝との離別後に再婚したということだ。

 同じく師信の子孫には鎌倉時代初期に繁栄した坊門一族がいる。坊門信隆の子、殖子は高倉天皇に嫁ぎ、のちの後鳥羽天皇と後高倉院を産んだ。また、信隆の孫、信子が嫁いだのは源実朝である。まさに朝廷と武家両方に広がりを見せていたといえる。



「すごいだろ。隆家さんの子孫は結構活躍したんだよ」

「ふうん。すごいね」

「な」

「でも、なんか、兄ちゃんが得意げになんのは違う気がする」

「うっ……」もっともな物言いに喉が詰まる心地がした。

 機嫌を損ねたらしく、彼はぷいっと顔と踵を返して部屋を出て行った。

 

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