隆家さんは救世主? 3

 刀伊とい入寇にゅうこう

 1019年、女真じょしん族の一派とみられる刀伊という海賊集団が対馬つしま壱岐いき、そして九州をも襲撃したという、教科書にも載る大事件だ。有名な元寇げんこうよりも250年以上前の外患がいかんである。


「つくづくツイていないものよ」

「でも撃退したんですよね。僕びっくりしましたよ。貴族の方って戦いとは無関係でいち早く逃げ出しちゃうようなイメージがあったんで」

「突然襲来したなら逃げていたかもしれぬな。じゃが、既に対馬と壱岐が落ちたという報を聞いていた以上、逃げ出すわけにはいかなかった。それに、まろが見捨てれば、あのひなの底抜けに明るい人々が、皆亡き者とされてしまう。それは、あまりに口惜しいことじゃった」

「肝が据わっていたんですね」

「うむ……。まあ、都での途方もない争いに比べたならまだ、という意識はあったかもしれぬ。敵は明らか、味方も明らか。ただひたすらに守ればよいのだから」


 まだ、「国」という概念がどれほど構築されていたかもわからない。そんな中、安息を求めて九州に赴任した隆家さんは、異国のぞくを追い払うために、たぐいまれなリーダーシップを取ったのだ。

 元寇の時の北条時宗ばかりがクローズアップされるが、日本の救世主という意味では隆家さんも同じだろう。


「種材が頑張ってくれたのよ」

「たねき?」

「うむ。もうあの頃既に高齢だったが、博多を防衛せねば筑紫つくしの9国は瞬く間に落とされ、さらに都も危うくなると言って、前線で戦ったんじゃ。あの者の勇は、比類ない」


 調べてみると、確かにその人物の記録がある。

 大蔵種材、刀伊の入寇において、既に70歳を超す高齢であったが、大宰権帥・藤原隆家らと共に刀伊に対して応戦する、とウィキペディアにも載っていた。

 後に源平合戦で、斎藤実盛さいとうさねもりという高齢の武将が奮戦するエピソードが出てくるけれど、同じようにこの時にも高齢の人物が奮戦したのだ。


「人間、命がかかると普段は出せない力が出るものよ」

 隆家さんは、ふふふとまたも笑った。

 非業の死を遂げたマリーさんやエリーさんと会話した今であれば、それもしかりと納得できる。

「茶を貰えるかの」

「はい。あ、お湯切らしちゃったんで、新しいの淹れてきます」

「うむ」

 史実には残っていないけれど、隆家さんは大の茶好きだったのかもしれない。

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