エリーさんは姉想い 4
思い出してしまったなら、もう隠すことに意味はない。
僕とエリーさんは代わりばんこに経緯を説明した。
僕は世界史の教科書を片手に、エリーさんは見てきた光景を、全てを知っている僕も耳を塞ぎたくなるくらいのリアリティで語った。
「国王様は、翌年の初め、1月21日に亡くなられました。革命派による、処刑です」
「……そうだったわね。思い出したわ。あの後私は、なにもかもどうでもよくなったのよ」
そう呟くように行ったマリーさんは、さっきまでと外見も変わっていないのに、まるで別人のように感じた。
「息子も連れ去られて、そうよ、娘ともエリーとも別れたんだったわ」
「……ええ、マリ義姉様。脱出計画があったという話も聞いています。しかし失敗に終わり、最後は、あの裁判で……」
言葉をつぶしたエリーさんはドレスの裾で顔を覆った。静寂に、
革命政府によるマリーさんの裁判は、熱心な弁護人こそついたものの、結論ありきの裁判だったという。しかも非人間的な過密スケジュールで、当時病身だったマリーさんにはなおのこと辛かったはずだ。
マリーさんの実家であるオーストリアのハプスブルク家も、もはや熱心には動いてくれなかった。当時の皇帝フランツ二世はマリーさんの兄レオポルトの子、つまり、マリーさんの甥に当たるが、面識はなかったという。他の君主たちも、マリーさんの解放のために動くよりも、領土の拡大や占領地の確保に動いた。
……見捨てられたのだ。マリーさんは。
「私の、子どもたちは、どうなったの」
瞳も耳を覆うこともなく、落ち着いて僕たちの話を聞いていたマリーさんにとって、それは一番気になる事だっただろう。
涙をこぼし続けるエリーさんは、とても言えそうな状況ではない。それに彼女だって、もう思い出したくないはずだ。だから、せめてもの慈悲にと、僕が言った。
「王太子様は、劣悪な環境の中で精神と身体を病み……95年に亡くなったそうです」
「……」
「けれど、王女様は、のちにアルトワ伯の子どもと結婚したそうです。子どもはうまれなかったようですが、1851年まで、生きて、おられたそうです」
不意に、スマートフォンの画面が歪んだ。
ただ事実を説明するだけだったのに、今は友達にニュースを伝えたりするのとは意味が全く違った。
心のどこかで安心している自分がいた。絶望的な状況の中で、生き残った人がいたということに。その後のフランス政治の混乱に巻き込まれることはあっただろうけれど、それでも命を奪われることなく、70年にもなる人生を全うしたのだ。ほんとうによかったと、全くあったこともない人なのに、涙が出るほど、安心した。
「そう……」
マリーさんは勉強机に頬杖をついて、一言そう言った。
「……エリーは、ううん、エリーも最後は、私と同じ?」
未だ顔を覆ってしゃくり上げているエリーさんは、こくんこくんと数度小さく頷いた。
「私からの手紙は、届いたの?」
「えっ……?」
エリーさんは、赤くなった瞳だけをマリーさんに向けた。眉が寄っている様からは、初めて聞いたという雰囲気がした。
「やっぱり届いてなかったのね」
「なんの、話ですか」
「裁判の後、手紙を
「そんな……それは、じゃあ、マリ義姉様の……」
「遺書、ね」
「どうして、私に……。王女様もいらっしゃったのに……」
「そんなの決まってるでしょ」
唐突に立ち上がったマリーさんは、エリーさんの身体を優しく抱きしめた。
「あなただけが、私を、夫を、息子を娘を、命を懸けてまで思ってくれたからよ。プロヴァンス伯とアルトワ伯、二人のお兄さんが亡命した時に、その気になればあなたは逃げることができたはず。それなのに、あなたは、ずっと私たちの側にいてくれたかじゃない……! だから、あなたに託そうと思ったの」
「マリ義姉様……」
「でも、ごめんなさい……。そんなあなたを、一番最後に置いて行ってしまったことを許して、ちょうだいっ……」
エリーさんの身体にすがりつくように、マリーさんは泣いていた。
「お義姉様は、何も悪くないではないですか……! 私の選んだ道の
「エリー……」
「マリ義姉様が、
あとは声にならず、二人は互いを抱きしめたまま
僕は黙って涙を流す外なかった。そのまま、彼女の遺書を映す画面に、瞳をやった。
死を受け入れ、息子や娘の行く先を思い遣り、夫と同じく、自らに危害を加えたすべての人々を許すとした後、手紙の最後にはこうあった。
さようなら、善良で優しい妹よ。どうかこの手紙があなたに届きますように。
いつも私のことを想っていてください。
あなたと、愛しい哀れな子供たちを心から抱きしめます。
神よ、彼らとの永久の別れは胸が引き裂かれる思いです。
さようなら、さようなら
後はもう、神に一切をお任せするだけです
( https://fleurpink.exblog.jp/15962930/ )より
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