第5話 ラッキー◯◯◯

 入学式の帰り道、俺と奏は、俺ら2人しかいないバスに乗っていた。本当は登校する時も乗るバスだ。まあ今日はね、寝坊しちゃっだけだけどね。

 外は雲ひとつない、綺麗な空だ。それでもって、日に当たると暖かく、風が吹くと少し肌寒さを感じる、そんな気候だ。ふと、気がつくと花の香りがし、段々眠くなったりする。俺はこの気候が1年の中で 2番目に好きだ。ちなみに1番目は秋だ。あの少し寂しい感じがなんとも言えない気持ちにさせるのだ。その気持ち、空気感、雰囲気、それが好きなのだ。

 ふと見ると奏は俺の方を見ていた。


「学校では、ありがとう。私が全く話せなかったこと、どう思ってるの?」


彼女は、少し躊躇いながら話しかける。俺は思っていたことを言った。


「正直、不思議だった。昨日と今日の朝は、あんなに普通に話せてたのに、どうして学校では急に話せなくなるんだろうってね。」


彼女はゆっくりと打ち明けるように言った。


「私、中学 2年生の時にね、声のことでクラスでいじめられてたの。それで、人前で声がうまく出せないんだね。」


奏はニコッと笑った。だが、その笑みは本当の自分の心を表に出さないようにするためのものにしか見えなかった。笑い話にしているつもりなのだろうか。もしそうならば、全く笑えない。だって、彼女の苦悩はまだ続いているのだ。後遺症があるのだ。その後遺症が未だに人前で話すことができないということなのだろう。しかし、そんな誤魔化し笑いでさえ、見惚れている俺がいた。バスの窓から入る光に彼女の少し茶色がかった髪は綺麗に照らされていた。そんな彼女を見つめていると、なんとも言えない気持ちにさせられた。「もしかして、これが恋!?」なんてふざけて考えながら。

 その時、車窓の外には、段々と暗い雲がかかっていった。


「まあ、この療養のために上仁田町に暮らし始めたと言っても過言じゃないんだけどね。」


と、彼女は独り言のように呟いた。いや、独り言だったのが、心の声が漏れてしまったのだろう。そのことに気づいた奏は


「あれ?今の聞いてた?」


と少し慌てた様子でこちらを窺う。 


「ん?何か言ってたの?」


と俺はボケておいた。きっと、彼女は過去に深い闇を抱えているのだろう。

 依然としてバスに人はいない。その後、少し雑談しているに家に最寄りのバス停に着いた。辺りの空は、だいぶ暗い雲に覆われてきていた。


「朝の天気予報では、雨が降るだなんて言ってなかったのに、なんだか降りそうだね。」


と奏は空を見上げながら言う。


「山の天気なんてそんなもんだよ。俺は傘をさすのが嫌いだから、レインコートを常備してるよ。もうすぐ降るから、早く帰った方がいいよ。」


と俺は忠告しておく。その忠告を待っていたかのように雨はザッと降り出す。俺と奏は、急いで近くの空き家の軒下に走って入った。しかし、かなり強めの雨だったため、俺らはそれなりに濡れてしまった。1つ言っておくが、桜坂高校の制服はブレザーだ。そして、今はまだ冬服。つまり、透けブライベントはないのだ!期待させてすまなかったなっと1人で言っていると、


「うわぁ、入学式の日から制服濡らしちゃったよぉ。お母さんに言って洗濯して乾燥器かけてもらわないと」


と言いながら、制服の上着を脱ぐ者がいた!その名も岡崎奏!っていうか奏は、上着の前を開ける派のようだから、しっかり濡れてますね、これ。そして、白いカッターシャツからは、しっかりと水色の下着が透けて見えている。そのことに奏は気づいてないようだ。俺はなるべく奏と目を合わせないようにしているが、どうしても下着に目が吸い寄せられてしまう!この時、俺、斎川直樹の欲望と自制心が激しく戦っていた。

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