4 愛でる
4 愛でる
目を覚ますと、部屋の中は宵闇に包まれていた。
時計のボタンを一つ押して、そのままカーテンを閉め、蛍光灯をつける。
「ピー、タダイマ、6ジ、47フンデゴザイマス」
片言で喋る時計を横目に、枕元の水差しで軽く口を濡らす。頭痛は随分と治まったが、消え去る事は無い事実を改めて感じ、少しだけ嘆息する。
ポットに残っていたアールグレイを飲み干す。冷めていても十分に強い香りが、覚醒の手助けをしてくれる。
ふと、鼻を擽るいい匂いを感じた。
それに誘われるまま、部屋を後にする。
「武文様、おはようございます。お目覚めはどうですか? お夕食の準備が整っておりますよ」
食堂に入るや否や、先程のロイドがそう挨拶をした。
「お前、俺が寝てた事をどうして?」
「はい、先程お掃除の為に部屋を覗かせて頂きました。ノックをしても反応が御座いませんでしたので、無断で入室した事をご容赦下さいませ。お休みになられておりましたので、部屋の掃除がまだでございます。宜しければ、後ほどお邪魔させて頂きたく思います」
快活にそう言うロイドは、始終笑顔だった。
「いや、それは吝かではない」
「ありがとうございます。ご一緒に何かフルーツでもお持ちいたしますね」
そう言うと、そいつは俺の席の椅子を引いた。
「さぁ、武文様どうぞ」
言われるがまま、腰をかける。
「それでは、すぐに担当の者が参りますので、暫しお待ち下さいませ」
そいつはそう言い残して、部屋を後にした。
白いクロスをかけたテーブルに、料理が運ばれてきた。運んできたのは、いつものようにB7型のロボット。いや、こいつらもロイドと呼ぶのだろう。見た目は人間と変わらないが、合成音声なのと、表情が一切変わらない為、一見以外は人間だと間違える事は無い。こいつらは富裕層には一般的に普及しているものらしいが、やはりあいつと比べてしまえば少し寂しい。
今日のメニューは若鶏のソテーに、鮭のマリネ。それにサラダと白いご飯。
「ドウゾ、オメシアガリクダサイ」
片言の言葉を聞き流し、食事を開始する。調理用のロボットの料理の上手さに感嘆したのも随分昔だ。今は、レシピの豊富さと時間通りに出てくる利便さにも大して心は動かない。
食事をして数分、再びあいつが部屋に戻ってきた。その手には、花が活けてある白い花瓶。
それをテーブルの上に置いて、暫しうっとりとそれを眺めてから、こちらを向き直した。
「庭師の方から頂いて参りました。秋桜でございます。ガーデニングの際に余ったと言う事でしたので、是非武文様にもお見せしたくて」
そう当然のように言うそいつの笑顔が、やけに眩しい。
「お前、花を愛でると言う設定が入ってるのか?」
「いえ、設定ではございません。私どもに予め組み込まれた設定は、お使えする主君、つまりは武文様のお名前と、家事をこなせる技術程度の瑣末なものでございます」
「じゃあ、どうして?」
「花が、綺麗に咲いておりました。それを綺麗だと思ったのです。だから、武文様にもお見せしたかったのでございます。お邪魔でしたら、すぐにお寄せいたしますが」
「いや、いい……」
――本当に、こいつはロボットなんだろうか?
そんな疑念が不意に頭を掠めたが、それをすぐに追い払う。
「それでは、私は他の作業に戻りますので、ごゆっくりお食事をお楽しみ下さい」
そいつはそのまま裾をつまみ、では後ほど、失礼しますと告げながら会釈をして、部屋を後にした。
残された秋桜は、確かに綺麗だった。
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