第8話

「…………ここで間違っちゃいないよな?」

 大五郎の情報通りに進んで行くと、目の前には千戯と書かれたプレートがぶら下げられた部屋の前へとやって来た――だが、扉には見慣れてしまった血痕のような跡や、今までの人生で見た事のない光輝く虹色の液体がぶちまけられていたのである。だが樹もここで立ち止まっているわけにもいかないので恐る恐るノックをしてみた。

「だ、誰かいるか~?」

「あい~、すぐあけましゅる~」

 すると、扉の向こうから舌足らずで妙な受け答えをする女児の声が聞こえゆっくりと扉が開けられる。

「どちらしゃまで……あぁ、初見さんでちたか。こちらへどうぞ」

 その女児に促されるまま部屋に入り込むと、奥には製図版とにらめっこしてる男が座っていた。

「ちちうえにお客さまですぞ」

「誰だ、こんな所に顔を出す物好きは――ん~……あぁ、なんだ狂犬か」

「俺はどこにいっても狂犬で通ってるのか……ってそんな事はどうでもいい、お前が千戯白慈か?」

「確かにそうだが、何の用事だ」

 ひどくヤル気のなさそうな声で樹を迎い入れた白慈は、まず樹に椅子に座るよう目配せをする。そうして樹が座った所でこんな所に来た理由を尋ねていた。

「……あっ、えーと、だな。ここって武器みたいなのとかないか?」

「武器だと? ユリウスの奴かここを教えたのは」

「大体そんな所だ。それで、有るのか無いのかどっちなんだ?」

「あるにはある、だが適性の無い奴には渡せん。で、これがそのブツなんだが……」

 白慈が脇に置いてある細長い包みを掴み、その中にある物を取り出した。

「――そいつは刀か? 見た所普通な、いや……なんか変な感じがするな」

「それに気付く程度の力量はあるか。なら、これを抜いてみろ」

 白慈が鞘に収まったままの刀を放り投げ樹に抜くよう促す。なので樹はその受け取った刀の柄に手をかけ引き抜こうとする。が――

「んっ! んんんんっ? なんだこれ、ビクともしねぇな。どうなってんだよコレ!」

「そうか……どうやら資格無しのようだな。ならこれは回収させてもらう」

 樹が刀を抜けないのを見るや否や白慈は樹の手から刀を取り上げようとする。だが、その前にサッと樹は刀を引いて抱え込んだ。

「――どういうつもりだ? 流石に抜く資格すらないヤツに渡しておくわけにはいかないのだが?」

「それは分かってる。だけどちょっとだけ貸してほしいんだ」

「誰か他に武器が必要な奴でもいるのか」

「いるっちゃいるな、刀身がぽっきり折れてひび割れたのを得物にしてる奴がな」

 樹が思い当たったのは彼と同様に武器に難儀しているレックスであり、普段から剣を使っているレックスなら刀に持ち替えても問題なく扱えるだろうし、仮に抜くことが出来なくとも最悪の場合は鈍器のようにして振るえば何とかなるだろうと考えての事だった。

「それはあんたと一緒に来ていた子供の事か?」

「ああ、そうだが」

「…………まぁいいだろう。あんたよりかは上手く扱えるだろうし、この戦争が終わるまでは貸しておいてやる」

「ホントかっ⁉ いやぁ~ありがたい、これならアイツも自分の身を護るのに不便はしなさそうだな」

「あの子供を戦場に出させるつもりでそいつを受け取ったのか?」

 樹の様子を見てふと白慈は樹と共にやって来た子供の事が気になり始めていた。

「ちょっとお待ちくだされちちうえっ! お客さまをいつまで立たせておくつもりか」

 いつの間にか樹を案内してくれていた女児が椅子を用意しており、そこに座ってくれと言わんばかりに椅子に敷かれたクッションをポンポンと叩いていた。

「ああ、ありがとなお嬢さん。で、どこまで話したっけ」

「あんたが連れて来た子供を戦いに出すのかって話だ。それで実際どうするんだ? 子供だろうが戦力になるなら使いたい――と言うのがこちら側の本音だ」

「どこもかしこも人材不足だぁねぇ。まぁ、俺としては女子供を戦いに行かせたくはないんだが……やる気満々なんだよなぁ、アイツ。とはいえ俺も常に守って戦えるほどの余裕もないのがツライ所なんだが」

「それでこんな所に来た訳、か。ならあんただけ手ぶらで返すわけにもいかないが……」

 曲がりなりにも客としてきた樹をタダで返さないようにするため辺りを見回しながら考える。そしてある一点に目を止め、勢い良く立ち上がった。

「よしっかんざし、D-3の箱を持ってきてくれ。あと雪洞ぼんぼりはそいつに茶と菓子でも出してやってやれ」

「わざわざ立ったんなら自分で取って来なさいよ、まったく。はい持ってきてあげたわよ」

「はいどうぞいつきしゃん。ここに置いておきまするぞ」

 簪と呼ばれた少女が箱を白慈へと手渡し、雪洞と呼ばれた女児はお茶と菓子が乗った盆を樹の近くの机へと置いて差し出した。

「さて、刀がダメとなると……そういえばあんたは、魔術を使えるんだったな」

「あぁ、そうだが……そうか姐さんから聞いたか。だが、今は戦い向きの魔術は使えない。ちょいと前に全部使い切っちまったからな」

 樹の使える魔術は二種類あり、一つは何度も世話になっている分厚い魔導書を用いた魔術。それは中身を習熟していれば自然現象を操って攻撃したり、多種多様な補助が出来たりするのだが、肝心の樹が未熟なため魔導書を用いた攻撃的なモノはほぼ使えない。なのでその攻撃部分を補うために樹の姉が作った様々な攻撃的な魔術を籠めた手帳があるのだが、それらは一枚一枚ちぎって使う完全な使い切り型なので、西軍の侵攻や襲撃などでそれを使い切った樹にはもはや攻撃手段となる魔術がほぼないのである。

「じゃあやっぱりこれが相性良さそうだな」

 先ほど簪から受け取った箱を開けるとそこには鋲が打ち込まれたグローブが納められていた。

「随分とパンクな代物だがそれを見せて俺にどうしろと」

「分からないか? 碌な魔術が使えず、格闘戦を主体にせざるを得なくなったお前にこれはピッタリだと思うが?」

「確かに相性は悪くなさそうだが、見た感じ殴られたら痛い以上の効力はなさそうなんだが?」

「初見ならそう思うだろうな。ならよく見ておくことだ、百聞は一見に如かずと言うからな」

 そう言うと白慈はそのグローブを雪洞へと放り投げそれを嵌めさせる。そしてグローブを嵌め終わるのを確認すると、グローブが入っていた箱を雪洞へと放り投げた。

「ちょ、おまっ――何やって――」

 樹が飛び込んで箱を受け止めようとするが、それを簪に首根っこを掴まれることで阻止されてしまう。そしてそのまま箱が雪洞にぶつかるかと思われたその時、雪洞の拳が箱へと触れる。

「てゃぁっ!」

 気の抜けた声と共に放たれたその拳は確かに箱に触れた、だがいつの間にか箱という存在は初めからなかったかのように消え去っていた。

「なんだ……なにが起こった? 消去の魔術の類か……? いやダメだサッパリ分からん」

「そんな大層なものではないでごじゃる。少し振動を与えただけですぞ」

「箱が跡形もなくなるほど振動して――自壊したって事か?」

「ほぉ……ユリウスみたいな眼は持ってないようだが頭の方は回るんだな」

「ヒデェ言いようだな。――で、だから何だと言いたいが」

「そこまで説明しないといけないのか……メンドクサ! 簪、こいつに説明してやってくれ」

 千戯白慈という男は現実的かつ建設的な話し方をするようだが、この一連の会話で樹は悟った――この男、ただのめんどくさがりなだけで必要以上に行動したくないだけだと。

「そこは父さんがやりなよ、ったく仕方ない。そのグローブは魔術のブースターなのさ」

「これが魔術のブースターだって? どこにもそんな要素は見えんが……」

 樹が雪洞の手をとってグローブを手に隅々まで調べる。樹はそのグローブのブースターとは魔法陣で出力を上げるものだと考えていたのだが、それを示すような個所はどこにも無くどうやってその機能を果たすのか皆目見当がつかなかった。

「あぁアンタ勘違いしてるね。それは科学で魔術を増幅してるんだよ。だから何処を調べても魔術の痕跡なんて出てこないよ」

「科学で魔術を増幅させるだって⁉ そんな技術聞いた事ねぇぞ」

「当然だ。他世界の技術に加えコイツは数十年は先を行く技術だからな」

「ただのものぐさな奴かと思ったが実はすげぇ奴だったんだな」

 ついさっきまでただのめんどくさがりだと思っていた白慈が『実はすごい奴かも』と言う評価にランクアップした。

「でも父さんの持ってる技術の大半はカナンさんから教えてもらったヤツじゃん」

「なんだよ……そんなオチか。つまんね」

 白慈を見る目が『実はすごい奴かも』から『ただの自慢男』へとランクダウンした。

「いいじゃないか、他人から教えてもらった知識だろうと立派に物を作れるんだから」

 ついには開き直ってしまったが千戯白慈という男、ものぐさで自慢屋なところはあってもそれらを理解し作りあげる腕というのはあったようだ。

「でも確かにそうだな、アンタは凄いよ。コイツだって経緯はどうあれ自分で作ったんだろ?」

「ん……? あ、あぁそうだ、そうだとも!」

「――ありがとうな、色々と貸してもらって。あんまり長居するのもアレだし、俺そろそろ出るわ」

 なんだか返答に怪しい部分はあったものの、白慈にお礼を言って樹は部屋を後にした。

「あんな険しい顔してるのに意外と礼儀がなっているところがあるんだな。それと姉さんもお疲れ様」

「えへへ~あれくらいどうって事ないナリ」

「さて、あの狂犬が帰ったことだし、こっちの作業も再開できるな。二人とも抜かりはないな」

 雪洞と簪が頷く。それに伴い白慈は部屋中からガラクタを寄せ集め、そしてにやりと笑う。

「んじゃ始めるとするか」




 樹達が北軍と合流してから一週間が経ち、北・東・南の連合軍と西軍との生き残りを賭けた戦いが始まろうとしていた。

「諸君! ついにこの日がやって来た。今こそ奴らの目的を挫き元の世界へ帰ろうぞ!」

 広場に集められた軍勢から『おーっ!』と鬨の声が上がる。それにあわせて北軍を守っていた大門がゆっくりと開き遥か向こうには西軍が陣取る塔が薄っすらと見えた。

「漸くか……一週間手合わせだけってのは流石に退屈だったな」

 この一週間、樹はレックスや大五郎と共に失ってしまった攻撃魔術の代わりとなるグローブを用いた格闘戦術を向上させるべく手合わせを行っていた。樹自体元から魔術より格闘を重視していたためか目に見えるほどの戦闘力の向上は無かったが、レックスの強化や自身の魔力コントロール力の向上には繋がっていた。

「仕方ありませんよ。何せあの塔に乗り込もうにも二ヶ月に一度しか開かないのでは攻めるタイミングが合わないうえ、敵の全容が分からないままでしたので」

 樹が肩を回しながら気だるげにしていた所でユリウスが声をかけてくる。別に自分から聞いたわけでは無いのだが、攻め込むまでの時間が掛かった経緯をサラッと語ってきた。

「そういう大事そうな事は直前に聞きたくはなかったな」

「それはすみませんでした。もうそろそろ時間ですが準備はよろしいですか」

「大丈夫だ、問題ない。それで、偵察機の様子は?」

「依然西軍側の動きは見られないようですね」

「そうか。じゃあやっと俺達と……コイツの出番が来たってわけか」

 樹がコイツと指し示したのは高さ十mはあろうかという荷電粒子砲であり、その砲手として雪洞と簪がそこに座っていた。

「しっかし荷電粒子砲とはねぇ……SF物とかでしか見たことないが、使えるのか」

「それについては問題ありません。これは僕の友人であるカナンという方が過去に使用した物を大型化しただけで、作動確認はその時に行われていますから心配は無用です」

「……前に白慈の娘からその友人の話は聞いたが改めて聞いてもとんでもねぇ頭の持ち主だな」

 目の前に鎮座する兵器を見上げながら樹はふと呟く。

「そうですね、確かに彼女は頭脳明晰で様々な物を創ってきましたが――実際の所彼女自身の手では何も作り上げていないのですよ」

「??? 何言ってんだオマエ、言ってること無茶苦茶だぞ」

「――いろいろと事情があるのですよ、彼女にも」

 それを最後にユリウスはパタリと語るのを止めてしまい、フラッとどこかに去ってしまった。

「いきなり出て来たかと思えばなんなんだアイツは……まぁいい、俺もそろそろ移動しないとな」

 ユリウスがいなくなったところでこれからやる事に変わりはない。真柴を除いた南軍の生き残りと北軍の人間の内一部を除いた兵たちは塔の傍に存在する直通の地下通路へと向かう。

「それじゃああたし達は塔に行ってきますから、真柴先生はミシェとサクニャの事をお願いします」

 戦闘においてはこと戦力外である真柴はここに残り、ミシェは戦術顧問として全体を俯瞰しながらを補佐し、サクニャは心許なくはあるがミシェの護衛をしていた。

「気を付けて行ってらっしゃい。それとこっちの事は心配しなくていいわよ、副長」

 もう南軍という組織は無いのだが真柴はそれでもまだ海織を副長と敢えてそう呼んだ。

「では一時いっときの別れの挨拶も済んだみたいですので僕らも行きましょうか」

 いつの間にかいなくなっていたユリウスだったが、いつの間にかまた戻ってきていた。

「消えたり現れたり忙しい奴だな、お前は」

「先ほど簪に呼ばれまして、粒子砲の最終調整を行っていました」

「そうかい」

 そういえばこの男は技術屋を名乗っていたなぁ……と樹は思いつつそんな会話を交わし、それから八十人余りの軍勢と共に地下通路へと辿り着いたのだが、そこには樹達が乗って来たトロッコが影も形もなかった。

「ん……? トロッコが無くなっているみたいだが、歩いて行くのか?」

「いえいえ違いますよ。塔へはアレで行くことになります」

 ユリウスの視線の向こうから目を思わせる光源が近づいて来る。薄暗い地下の中で目を凝らしてみるとここにいる者の中には恐らく馴染みのある物が迫って来た。

「地下鉄って……いくら何でも大仰すぎだろ! ってか、なんでこんなもんがここにあるんだよ⁉」

 この世界での荒唐無稽さにツッコむのは今更だと思うがそれでも樹はツッコむ。だが樹以外の者達はそんな状況であっても驚きはしなかった。

「あれぇ~? いつき君聞いてなかったの? 昨日の会議でわたし達は地下鉄で行く事に決まったでしょ~?」

「マジか……聞いてないぞそんなの……」

「――樹が会議中に寝るからだ」

 今の今まで存在感の無かったレックスがポツリと呟く。それに関して樹は反論できず唸る。そしてその樹を尻目に続々と皆が地下鉄に乗り込んでいく。

「なにをやっているのやら……ですねぇ~」

 そして雪華が嘆息しながらすれ違い、その後に続くようにユリウスが声をかけてくる。

「決戦目前だというのに賑やかですね、皆さん」

「わたし達はいつもこんな感じですよ~?」

「……少し羨ましいですね。僕はいつも死と隣り合わせの世界にしかいなかったものですからこういう風景は新鮮なもので」

「ユリウスさんの過去に何があったのか聞いたりしませんけども……壮絶だったのは分かる気がします」

 ユリウスは自分の事を語ったりはしなかったが、今までの言動の端々から語り尽くせない程の苦労は窺える。

「まぁそんなわけです。――っと、もう皆さん乗ったみたいですね、僕達も行きましょうか」

 そうして全員が乗り込むとドアが閉まり、地下鉄はゆっくりと速度を上げて決戦の地へ走り始める。




 ものの五分ほどで地下鉄が目的地へと到着すると、すぐさま大五郎がトランシーバーのような物を取り出してどこかと連絡を取り始めた。

「聞こえるか、簪! こっちは目的地についた、派手な花火を打ち込んでやれ」

 通話の相手は北軍に砲手として残っていた簪であり、内容から察するに粒子砲を撃つ算段の様だ。

『あいよっ! それじゃあ景気づけに一発飛ばしていくよ!』

 そこで通話が切れる。そしてその数秒後には轟音が地下にまで響いていた。

「……随分とデカい音がするな。前に俺が読んだ漫画とかだと荷電粒子砲なんざぶっ放した時には環境が変わるぐらい凄惨な事になってるのを見たが……」

「――その程度の被害で決着となるのならば僕も手放しで喜んでいられるのですが、どうやらそううまくはいかないようですね」

 ユリウスの言葉通り上で動きがあったようだ。

「おいユリウス! 奴さんやっぱり何ともなってないみたいだ」

「――上の状況は?」

「多少地面がガラスっぽくなっただけで相手方には影響は出ていないみたいだ」

「ガラスって……そんな事になってるなら地上はスゲェ高温になってるだろ。それなのに外に出られるわけ――」

「出られますよ。実際に敵陣への突入に大五郎たちはもう外に出ましたので」

「いや……だけど」

 どこか釈然としないと思っていると、説明大好き男と化して来たユリウスが解説する。

「手短に説明するとこの世界は前に説明したように軍事練習の場として運用されていました。ですが多種多様な兵器の中、環境に多大な影響を及ぼす物も少なからず存在する物があるのはあなたもご存じでしょう」

 核兵器やBC兵器など実際の戦闘では到底使うことの出来ないシロモノの存在ならば樹の知識の中にある。だが問題はその先、樹の知識ではあんな兵器を使った後なんてとてもではないが人は活動など出来はしない。そのうえでそんな兵器を使う相手はどんな奴だとは樹は思ったがそこは言及しなかった。

「なので、あらゆる兵器を試せるこの世界の都合上周辺環境の再生力が強力なものとなっています」

「……なるほど?」

 一度聞いただけではピンとこないが、二度三度と頭の中で反芻することによってようやくユリウスの言いたいことが理解できた。

 つまり、この世界では核を撃とうがBC兵器をばら撒こうが何しようとすぐ次を試すことが出来るよう、すぐに環境がほぼ元通りになるという事である。要はやりたい放題試し打ちが出来るという事だ。

「その顔――どうやら理解できたようですね。えぇ、ですので遠慮なく暴れていいですよ」

「そうか、それはありがたいんだが……もう隠してることはないよな? 情報をいちいち小出しにしすぎなんだよオマエは」

「それは失礼。他にあるとすればあと一時間ほどで塔が自動的に開く周期が訪れる事でしょうかね、あなたが知りたいことは」

 ユリウスが解説している間にも北軍の兵達が塔を取り囲み、皆一様に無傷の塔に向かって銃を突き付けていた。

「随分と頑丈な塔ね……あれだけの出力の熱量を浴びたら普通に中は蒸し焼きだけど――」

 もっともな感想を述べる海織だが昨日の作戦会議の時にユリウスが語った通りならば、塔が開くまで外と中は空間が隔離されている聞いた。だがそれが分かったうえであれだけの規模の兵器を使用したのはとある事情が存在したからである。

「よーし野郎ども、突っ込め!」

 未だ開かない扉に向け兵達を突撃させる。敵からしたら意味不明に映る行動だが、その時思いよらぬことが起きた。

「扉が開いた⁉ おいユリウス、塔が開くのは一時間後じゃなかったのか!」

 目の前で扉が開き樹は驚愕しながらもユリウスを見る。その眼は『話が違う』と雄弁に語っていた。

「自動で開く時間は……ですね。だからといってその前に開ける事が出来ないとは言っていませんよ」

「屁理屈言ってんじゃねぇ!」

 ゆっくりと口を開ける塔に向かい兵達は突撃し、そしてそのままあらん限りの銃弾を塔の内部へと撃ち込んでゆく。

「いやぁ~疲れましたよぉ……まったく人使いが荒いですねぇ」

 地面の下から雪華が顔を覗かせる。いきなり顔が出て来たことに驚くがそれと同時、ユリウスの意図がハッキリと理解できた。

「そういえばお前壁抜けとか出来たっけか。そんな設定があったの忘れてたわ」

「ヒドイよぉ……誰にも見つからないようにコッソリ扉を開けつつ、また閉められないように封印までしてきたんだから~」

 今回の突入作戦に多大な貢献をした雪華なのだが、半年近くの付き合いがある樹からは彼女が幽霊であること忘れられ、あろうことか幽霊であることを設定呼ばわりされる始末。雪華の功績は褒められこそすれどヒドイ事を言われようとは微塵も思っていなかった。

「――とはいえよくやってくれました雪華さん。まぁ、僕を放置しておけば情報を抜かれることを理解していなかった相手の落ち度のおかげですが」

「色々と気にくわんことはあったがまぁいい。あの粒子砲は雪華が侵入するための目晦ましだったってわけか」

「そういう事です。では僕らも参りましょうか」

 先に地上に出ていた北軍の兵士が銃で屍と化している敵兵を牽制しつつ樹たちが塔の内部に突入する。だが、その中には銃をものともしない三人が待ち構えており、一人を除いて仮面をしていたりフードを被ったりなどしていて顔を窺い知る事は出来なかった。

「おや・おや・おや……予定よりもお早い到着ですね北軍の皆様、それと――また会えて嬉しいですよ葉神樹」

 その中で唯一顔を晒していた一人が一歩前に出る。その者から放たれる存在感は二度と忘れることが出来ないだろう。なにせ――薬袋傷馬とはそういう男なのだから。

「予定より早いって文句ならこの男に言え。あと俺は二度とお前と会いたくなかったがな」

「つれないお方ですねぇ……」

 樹に顔を向けていた傷馬がユリウスの方へと向きなおる。

「そして、お初にお目にかかりますユールレシア殿」

「ユールレシア……だと? それって主催者の名前じゃねぇか!」

 彼が口にした人物の名はこの戦争に参加させられたものならば誰もが知っている名だ。そしてその名は――ユリウスに向けて言っていた。

「人の名前を騙るどころか悪用までしていたのはお前だったか」

 それと同時に今まで穏やかな面しか見せていなかったユリウスだが、ユールレシアの名を出された途端眼光と共に言葉遣いすら鋭く、そして激しくなっていた。

「おぉ……怖い・怖い・怖い。ワタクシ、そこまでの憎悪を向けられると堪らなく――」

 傷馬が言い終える前に姿が掻き消える。一瞬傷馬が移動したのかと思ったが、そのすぐ後別の声が聞こえてきた。

「復讐をしに帰って来たぞ――ショウマ!」

 目にも止まらぬ速さで傷馬は連れさられる。傷馬を連れ去って行ったのはこの二ヶ月ほど行方知れずだった梨鈴であった。

「アイツ、今までどこに……ってそんなこと言ってる場合じゃねぇ! 俺は梨鈴を追いかける、文句はないな!」

 誰からの返答も待たず樹は飛び出していく。

「血の気が多いのは相変わらずか。さてお前達はあの頃に比べて少しは成長したか?」

 傷馬が梨鈴に連れ去られるとそこに残るのは後二人、その内の一人が声を上げながら海織やユリウス達の方へと歩み寄ってくる。だがその声は記憶の中のとある人物と一致し、何人かが『まさか』というような驚いた反応していた。

「この声……それに樹さんの事を知っているかのような喋り方、でもそんな! あなたは死んだって――」

 その男は顔を隠を覆っていたフードを取り払う。その素顔が晒されるとそこにいたのは――

「久し振りですね海織に雪華……それにレックス」

「なんとな~くそうかもとは思いましたけど、ホントに組長さんとはねぇ~……」

 その正体は二ヶ月程前に死亡が確認された南軍のリーダー――蘇芳章仁その人だった。

「おじ様……生きて……いたんですね。でも、どうして――」

 章仁が生きていた事に驚き、そしてその経緯を問おうとしてその足は自然と歩きだす。

「ちょっと待って下さい、姉御。あの人は一度死んでいるんですよ。それがああして動いているなんておかしいです」

「分かってる、でも……」

 さすがに現役の幽霊が言うと説得力があるのか一度は立ち止まる。だがそれでも海織の章仁の下へと行こうとする足は止まる気配がない。

「そうですよ海織さん、雪華さんの言う通りです。一度死んだ人間が動いたり、まして生き返ったりなどはしません。例外も存在しますが――」

 ユリウスは今なお章仁の下へ行こうとする海織を手で制しながらさらにその前へと出る。そしてユリウスは章仁に向かいその場の人間が凍り付く一言を放つ。

「死霊術の使い手にして英雄と裏切り者の名を背負って死んだ――そうでしょう? メリカ=セライア」

「……って、メリカってどなたの事ですか?」

「そこにいる男の事ですよ。過去には僕の親代わりをしていましたが――」

 突然湧いて出た急展開に海織の頭は猛烈に混乱する。そしてその海織を尻目に二人にしか分からないような展開が続いてゆく。

「まさか死んだ人が二度も僕の前に現れるとは……それで、僕への当てつけかどうかわからないが、いったい今度は何を企んでいる」

「ああ――そう言えばこの体の持ち主は貴方と関係が深い方でしたか。名前も初めて知りました、メリカという方だったのですね」

 だが、ここで会話が噛み合わなくなる。ユリウスは章仁に向けてかつての育ての親であった男の名を呼んだのだが、章仁の方はメリカという名前に特別な反応を示さずまるで他人の名を呼ばれたかのようだった。

「どうやらお互いの認識に食い違いがあるみたいだな。君の言う通りならばこの体の持ち主はメリカ=セライアという名のようだが、私はそのような名ではない」

「そうですよユリウスさん! この人は蘇芳章仁、メリカって人じゃないですよ」

 海織が章仁の前にかばう様にして立ち、険悪になりつつある空気をなんとかしようと説得をする。だがそんな海織の努力をあざ笑うかのように章仁が海織を背後から突き飛ばす事で無理やり断ち切る。

「えっ? おじ様……なにを――」

「ウルサイな……私が誰とかいいじゃない。私はメリカでもなければ章仁でもない――」

 自己を現わす名前という記号の一つを否定したその者は、大仰に手を広げて高らかに叫ぶ。

「私の名は神前初美かんざきはつみ。稀代の死霊術使いにしてこの戦争の管理人である。さぁこの場を共に死の色で染め上げようじゃないか!」

 蘇芳章仁改め神前初美が右手を掲げるとその背後から原形が崩れた死体となり果てた虎が幾匹も現れた。次にその手を振り下ろすと屍の虎は塔の内外にいる兵達へけしかけさせた。

「南軍の総長がこの戦争の黒幕だと⁉ 笑えない冗談だ」

「……冗談としては最悪の部類ですね、特に僕からしたら」

 見てわかるほどの嫌な顔をしながら神前という存在を拒否するかのように言い放つ。

「いや、二人だけの世界に入ってないで早く指示を出して下さいよ!」

 海織が悲鳴を上げ大五郎へ指示を仰ぐ。

「分かっている。全員、弾幕を張りながら後退しろ! いいか、単独でり合おうなんて考えるなよ!」

 大五郎が叫ぶ。目の前にいる者達を打ち滅ぼすのは確定事項だが、それを今優先してしまってはこの戦争に巻き込まれただけの者達の命を散らす事になってしまう。それを避ける為軍を後退させ体勢を整え総攻めに出る算段だったが、それよりも先に飛び出した者達がいた。

「だったらわたし達は敵を引きつけます! 行きますよレックス君」

「――分かった」

 雪華とレックスが屍の群れへ突っ込む。雪華は頑丈で長大な木の枝を振り回しながら突っ込み、レックスは樹経由で白慈から渡された武器である刀を手にしながら切り込んでいった。

「白慈。二人であの数では手に余るだろうからお前も加勢しに行ってくれ」

 戦況を見て大五郎は白慈に二人の援護を求める。

「それは構わないが二人……いや、三人でそっちは問題はないのか?」

 白慈には懸念事項がある。死霊術使いである神前は最優先で対処しなければならないのだが、それ以上に隣にいる男がいつまで経っても動こうとしない点から後々厄介になるのではと踏んでいた。

「まぁ……問題ないだろう。イザとなればジョーカーを切るだけさ」

 大五郎が答えつつ武器を構える。彼の手には長柄で先端に小振りな片刃の斧が握られているが、ガタイの良い彼にはいささか不釣り合いに見える。

「心配は無用です、そうならないように僕がいますから。ですので白慈も遠慮せず暴れてきていいですよ」

 ユリウスも大五郎と同様に武器を抜く。今、彼の右手には直剣、左手には逆手に持った短剣がそれぞれ握られており、大五郎以上にアンバランスに見えるが彼の腰には更に細剣まで差されていた。

「……お前ら二人に今更心配することもなかったな。じゃあちょっくら遊んでくるか」

 とても戦いに赴く者とは思えない発言だが、雪華達に合流するや否や白慈は一瞬で屍共を打ちのめす。その実力は口だけではないと態度で示して見せてくれる。

「さて、白慈の方は心配ないとして問題はこっちか。オレはあっちのフードの方を貰う、文句は無いな」

「ありません。僕個人としてもあの者達にはキチンとお礼を返しておかねばと思っていましたので」

 その眼差しは外の傷馬に向けた後、続いてメリカへと向けられる。正確にはその体を奪った中身である神前の魂の方ではあるが。

「決まりだな。そんじゃあ行くか!」

 大五郎が真っすぐ突っ込む。見え透いたその攻撃にむざむざとやられてあげる訳もなく、フードの男は迎撃するために腕を振り上げ大五郎へとラリアットを放つ。

「その程度!」

 負けじと大五郎もラリアットを放ち、お互いの筋肉に包まれた腕が交錯する。

「中々のパワーだ、これなら斧の振るいがいもあるというものだ」

 お互いに引かない力比べだが、少しずつ大五郎が押し始めそしてフードの男を塔の外に投げ飛ばす事で、力比べとしては大五郎に軍配が上った。

「第一ラウンドはどうやらオレの勝ちだな。じゃあユリウス、オレは外で第二ラウンドをして来るからお前等もさっさとそいつを片付けろよ」

「了解しました。僕も必要な事を聞き出したらすぐに始末しておきます」

「……いつツッコむべきか迷ったけど、ユリウスさん達って悪役ではないですよね?」

 あまりにユリウス達の発言が不穏当なので、本当に味方なのか海織は気が気でなくなりつつあった。

「大丈夫ですよ、僕はあなた方に牙を剥くような事はしません。――セムリに関する者と手を組まなければ、ですが」

 セムリという存在が何者か……そのような話はユリウスから一度も聞いたことは無かったが、声のトーンと内容からどうあっても敵対する事しか出来ない存在という事は窺い知れる。

「我らの主をその手で屠っておいてそのような事をほざくか。想像以上に傲慢な男だ」

「僕から全てを奪った相手に配慮するとでも? いい加減目障りなんですよ、お前達の存在が」

 神前の言葉にユリウスの言葉が少し荒くなる。セムリという存在はそれほどまでにユリウスの心を乱し続けるのだろうか。

「どれだけ取り繕っていてもお前は未熟だ。冷静な仮面が剥がれてきているのがその証拠だ」

「――ぅくっ! うるさいっ、黙れっ!」

 神前の指摘にさらに冷静さを欠いたユリウスがまるでその言葉をかき消すかのように手に持っていた剣を振り回す。するとそのうちの一振りが神前の右腕を捉え斬り飛ばした。

「マグレではあろうが当ててくるか――」

 自分の腕を斬り落とされたというのにユリウスとは真逆に冷静でいる神前は、落ちている腕を一瞥しただけでそのまま捨て置き、ユリウスを分析していた。

「ふ、ふふっ――マグレだろうが何だろうが僕に腕を斬られたあなたは僕以下という事ではないですか? まぁ、そんな古い死体なんて使っているのも原因でしょうが」

 神前に一太刀を浴びせられたことが嬉しかったのか、それだけで心の平穏を取り戻したユリウスは再び冷静な仮面を被るのであった。

「かつての親をその手で斬れたことがそれほどまでに嬉しかったか?」

「その体がかつての親だとしても死んだ人間を斬った所で何の感慨もない。だが、そうだな――確かに心地よい感じはあったな」

「それがお前の本性か、主に聞いたとおりの男だ。――だがそれでこそ面白い、死に別れた親と殺し合いをするなどまたとない機会だろう?」

「確かにまたとない機会ではあるが……そんな体で僕を御せるとでも」

「やってみようか? この体の持ち主は死霊術だけでなく戦闘術も遥かに高みにある。それを越える事はお前には出来ない」

 右腕を失い足を悪くしている体であってもなお勝利への確信があるようで、杖をつきながらだというのに悠然と近づいて来る。そして神前はおもむろに杖を口に咥え持ち手を横に引くとそこから白銀に輝く刃が現れる。

「仕込み杖ですか。まあだから何だと言いたいですが」

「軽口を叩いていられるのもそこまでだ。この体を知っているお前なら実力は知っていよう」

 なおも神前はゆっくりと近づいてきており、遂にはユリウスとの距離は顔同士が触れ合えそうな程まで接近していた。

「確かに知っていますが十年も死体となっていた者に今更遅れは取りませんよ」

 そしてその緊迫した状況の中、先にユリウスが動きだした。

「はぁっ!」

 左手に持った短剣が素早く動き、右サイドからの攻撃に右腕という防御手段の無い神前では短剣を素早く対処する手立てはない。そしてその刃が神前の首筋へ到達する寸前――ユリウスの体は後方へと仰け反っていた。額に痛みを抱えた状態で。

「素直な攻撃だ。この至近距離でならどう考えても短剣の方が速いが……それが分からないとでも?」

 ユリウスが仰け反ったのは神前がユリウスの行動を読んで頭突きを喰らわせたためであり、ユリウスの短剣が首筋に触れるよりも神前の行動の方が速かった……ただそれだけであった。

「ほらほら! 手を止めている場合か」

 ユリウスの攻撃に対しカウンターを決めての迎撃が成功した神前は、体勢の崩れた相手への追撃が始まる。

 一撃目は袈裟懸けに斬りつけ、ユリウスは右肩から左腰辺りにかけて傷を負った。だが最初の頭突きで体制を後ろに大きく崩したことによる弊害なのか思ったより深くは攻撃が入らなかったようだ。

「その程度で――」

 初撃は大した痛手を与える事は無かったが頭部へのダメージの方がユリウスの動きを鈍らせる。そこに第二撃と言わんばかりに神前がユリウスの襟を指二本で掴んで引き寄せ、二発目の頭突きを与える。

「――ぐっ!」

 それにはユリウスも堪らずに呻き声を上げ一撃目の時よりさらに大きな隙を晒してしまう。そしてその隙を神前は先ほどの意趣返しの様に刀をユリウスの首筋へ向けて薙ぎ払う。

「そうは……させるかっ!」

 首筋へと刀が迫る――それを回避すべく右手で順手に握っていた直剣を逆手へと瞬時に持ち替え自身と刀の間へと剣の腹を割り込ませた。すると辺りには金属同士がぶつかった音が響き渡り、寸での所でユリウスの首は繋がったままとなる。

「どうした? さっきの威勢のいい発言をした後とは思えない程無様だぞ?」

「ふ……ふふふ……」

「何が可笑しいっ!」

 神前から立て続けに攻撃を喰らっていたユリウスが突然笑い出す。その理解不能な行動に神前は内心狼狽えながらも吼える。

「いやなに……確かにその動きは生前のメリカを彷彿とさせますがキレが大分劣っていましてね。その程度でイキがってるあなたを見るとつい――」

「…………っ!」

 神前をあざ笑う言動、それは神前の拳を震わせそれと同時に激しい怒りが沸き起こらせていた。

「お前も――私を嗤うのか。何の取り柄もないと嗤うのかっ!」

 ユリウスの言葉で神前の怒りに火が付き一歩――また一歩とユリウスへと詰め寄る。だが神崎はユリウスへの怒りの為か周りが全く見えていない、その事実が神前の勝敗を分かつことになるとは本人は知れない。

「ちよっと⁉ いつまであたしを除け者にするつもよ!」

 神前がユリウス事以外外目に入らない状態になってからすっかり蚊帳の外の住人になってしまった海織がしびれを切らし堪らず叫ぶ。すでに海織は水恋は両手に持っており、すでに攻撃態勢に入っていた。

「纏わりつけ、水恋!」

 海織は無視され続けている間、辺り一帯に水恋から水を張り巡らせており、その水は神前の足元で集まり龍の顎となってその体を飲み込みつつあった。

「もうもうもうっ! なんなのよさっきからあたしを無視して。無視するにしてもあたしでも分かるように言ってよ!」

 どんな扱いを受けようとも仕事はキッチリとこなす海織である。

「まさか、海織が働くだと⁉ だが私を捕らえた所で大局は揺るぎはしない。アレを見ろ!」

 海織が視線を右に向ける。そこでは緑色の炎が吹き荒れたり地面が捲れあがったりと環境が変わりかねない程激しく戦っており、逆に左に視線を向けてみると大の男二人が無言で殴り合っており、特に大五郎は筋肉の上を汗が伝ってなんというか直視しがたい状態だった。

「樹や梨鈴、それにあのスキンヘッドの男も中々やるみたいだがこちらに薬袋がいる以上お前達に勝ち目はな――」

 ヌチャッ……

 水の龍に纏わり付かれたままなのに自分たちの勝利を宣言する神前だがその言葉は最後まで続くことはなかった。

「いい加減騒がしいですよあなた。誰が勝つとか負けるとかそんなものは誰か一人で決めるものではないのですよ」

 自らの高説を述べる神前にウンザリしたのかそれとも戦争の終結を急いだのかユリウスの意思は分からない、だがただ一つ分かる事は神前の魂が入っていた器となる肉体はユリウスの一刀の下に縦一直線に真っ二つに両断されていた事だけだ。

「うわぁー……グロッ!」

 海織が思わず呻く。だがそれも一瞬の出来事で斬り伏せられたその肉体は魂との繋がりが途絶えた瞬間灰へと還り後には全ての痕跡が消え去っていた。

「さて――自分には勝てないだのなんだのと喚いていたのが消えた事ですし、白慈達と合流しましょうか」

「あのユリウスさん? 樹さんとか大五郎さんとは合流しないで良いんですかね」

「逆に聞きますが海織さんはあの中に割り込みたいのですか?」

「うっ……それは……身が持たなそうかも」

 片や超常現象が吹き荒れる戦場、片やむさ苦しい男二人が己の筋肉をぶつけ合う戦場。そんな中に海織が飛び込んだところで何かの役に立つのか、改めて考えてみるととてもではないがそんな場面は想像することすら叶いそうにない。

「でしょう? ならば僕たちはあちらの援護に行くよりも神前が放った援軍を食い止める方がよっぽど良い」

 そうして海織とユリウスは雪華とレックスそして白慈の援護に行くのだが、後に海織は樹や大五郎の援護に行かなかった事が生き残る唯一の選択であったと知る事となる。

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