第54話・モコの正体
その頃、船底で大きな衝撃音が響いてヴィナールとクルズは、ただ事ではないことに気がついた。どこからか水が漏れてきている。
「早く止めないと」
二人で穴が空いた場所を見つけ、そこを塞ぐために、応急処置として、その辺に転がっている藁や布きれを丸めて突っ込んで止めようとした。ところがどこからか女性の綺麗な歌声が聞こえてきたと思ったら、クルズがその声に聞き入ってしまい、動かなくなってしまっていた。「クルズっ」
ただ事ではない彼の状態を不審に思い、彼の体を揺さぶると「行かなくては」と、言って穴を更に大きく開けて船の外へ出ようとする。
「正気に返って。クルズ!」
クルズを取り押さえようにも女の力では無理がある。彼に突き飛ばされて、それでもクルズに追いすがっているとモコが跳ねてきた。
「モコっ」
モコがクルズに顔面衝突し、彼は気を失った。しかし、穴は大きく開いたままなので海水がどんどん入り込んで来た。
「モコ」
気を失った彼を背負っていたら、あっという間に、海面の上に顔を出すだけの状態となる。モコは何とか海面に浮いていた。
「何とか上に行かないとね」
浮かぶモコを頼りに、クルズを背負って上の階を目指せば、背中に波がぶつかってくる。その波に押し出されるようにして、上の階へ押し上げられた時に、そこにいきなり現れた巨大な影を見て、ヴィナールは驚いた。
「きゃあっ」
巨大な影の正体は、鎌首もたげた大蛇で、大きな赤い目を爛々と輝かせてこちらを見下ろしていた。瞬き一つせずこちらを注視している。どうやら獲物として認定されてしまったらしい。
ヴィナールはヒヤッとした。背中にはクルズを背負っている。地上ならまだしもここは海の中。体は海水に浸っていて身動きが自由に取れない。逃げるには不利だ。だからといってむざむざ食べられるなんて嫌だ。
──絶対、絶命! どうしたらいいの! 神さま! 仏さま!
前世でいう困った時の神頼みをした時だった。突然、目の前が明るくなった。目を開けていられないほどの輝きに満ちた。そこで思わず目を閉じると、誰かに横抱きにされているのに気がついた。目を閉じる前に、吸盤の触手のようなものが視界の隅に見えた気がする。
光りが収まってから恐る恐る目を開けると、ヴィナールを抱き上げているのは、白金の髪に琥珀色の瞳をした凜々しい男性で、彼の頭には片側だけ羊の角のようなものが見えた。その角にもしかしたらと思う。
「あなたモコ?」
「きみにはそう呼ばれているな」
そう言って微笑む彼の声は快活で好感が持てた。琥珀色の瞳は澄んでいて見とれてしまった。
「あの、大蛇は?」
「心配いらない。元の場所に戻っていったさ。あいつは私のことを嫌っているからね」
「良かった。クルズは?」
「彼なら甲板の上にいるはずだ。きみのお友達に助けられていたから」
危機を脱したと知り、ヴィナールは安心した。気がつけば二人は光りの柱の中にいた。海の中から天に向けて光りの柱が立ち、二人がその中に姿を見せたことで周囲の注目を浴びていることにまだヴィナールは気がついていなかった。
「あなたは何者なの?」
「私はミフル。元は──」
「私の邪魔をしたのが誰かと思えば、呪われた神か」
ヴィナールが自分を抱き上げている、モコが変身した姿に問いかけていると、そこに割って入った者がいた。
「アランさま。ミフルが呪われた神って?」
「こちらの御方は、私達よりも神格の高い御方だった。ところが無謀にも、全知全能の神アラマズドさまに戦いを挑んで敗退し、罰を受けて神籍を抜かれて魔界へと追いやられた」
マロフ公爵の正体を知っているヴィナールは、彼の名を呼んだ。ミフルはそれに対して何も言わず静観していた。
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