第55話・わたしはミフルを信じる


「ミフル、助けてくれてありがとう」

「どういたしまして」

「ヴィナール。気にならないのかい? 彼は天界を追われた神だよ。今や、魔物に属している者だ」

「だからそれが何? 叔父さん」


 アランは苛立つように言う。ヴィナールにミフルの過去を告げ、そいつは魔物だから親しくしない方が良いと言いたいらしい。

 ヴィナールは一笑に付した。


「わたしはミフルを信じているわ。彼の過去なんて気にしない。もう終わったことだもの。がっかりだわ。叔父さんって案外、肝の小さな男なのね。そんなちっぽけなことに拘るなんて」

「こいつは神々の王を、怒らせたんだぞ」

「王さまが怒ったって関係ないでしょう? 叔父さんにそれがどう関係するの? 全知全能の神アラマズドさまは、他の神々にミフルと付き合うなとでも言ったの? 随分と矮小な神さまね。バカバカしい」

「ヴィナール。おまえ、私を馬鹿にしているのか?」

「その通りよ。叔父さん、もう観念したら?」

「なに?」


 マロフ公爵の姿をしたアラン神を、吸盤の多い触手が掴んでいた。


「おい、離せ。止めろ──っ。私にこんなことをしてただで済むとは思うなよ」

「大丈夫だと思うわ。オクちゃんはお母さまの眷属だもの。マーメイド達も勝手に呼んでいたようだけど、お母さまに知れたらどうなるかしらね? 叔父さん」


 巨大タコのオクちゃんに締め付けられて、アラン神は抗おうとしたが無理だった。そこに水柱が立つ。


「おいたはいけないと言っておいたのに、いけない子ね。アラン」


 水柱から姿を現したのは美しい女神アストヒクだった。銀髪に暁色の瞳をした女神は相当、美しく海上の男達は皆、見惚れて唖然としていた。


「お母さま」

「久しぶりね。ヴィヴィ。元気にしていた?」

「はい」

「ヴァハグン。あなた、随分と派手に騒いだようね。わたくしの眷属達が怯えていてよ」

「あ──、アストヒク。これには訳があってな」


 妻である女神に睨まれて、英雄ヴァハグンは気まずそうに目を泳がせた。


「全て眷属達から聞いていてよ。あなたも後でお仕置きね。まずはアラン、盗んだものを返してもらえるかしら?」 


 話が長くなりそうだとヴィナールが思っていると、ミフルは彼女を抱きかかえたまま、仲間の船の甲板の上に降りた。ふとこの船の事が心配になる。


「大丈夫かしら? この船、底に穴が空いているのに沈没するってことは……」

「大丈夫だよ。私の力で穴は修復してある」

「えっ? あの一瞬で?」

「勿論。きみの願いはなんでも叶えたいからね」

「ありがとう。ミフル」


 ミフルがそっと甲板の床の上に降ろしてくれて礼を言うと、ヴァハグンが側にやって来た。愛娘と並び立つ存在を気にくわないようで睨み付ける。


「いつの間に? こいつは何者だ? ヴィヴィ」

「お父さま、分からないの? 彼はモコよ」

「はあ? あの小羊だと??」


 嘘だろうと? 瞬かせるヴァハグン。海上の上ではアラン神が姉神アストヒクにねめつけられて、素直にあるものを懐から取り出し差し出した。一本の羊の角で青く透き通っていた。見覚えあるそれは、モコの頭についている角と同じ物。


「あれは私の──」

「あれは俺がアストヒクに贈ったやつ」


 それを見てミフルが反応し、ヴァハグンが声を上げた。そしてヴィナールは父を批難した。


「お父さま。酷い。ミフルの角を折って、それをお母さまのお土産にしたのね?」


 ミフルが可哀相じゃない。と、ヴィナールが父親に食ってかかる。


「お母さま。それはミフルのよ。ミフルに返してあげて」

「あなたならそう言うと思っていたわ。綺麗な角だし、わたしのお気に入りのコレクションの一つにしようと思っていたけど、ヴィヴィがそう言うのなら仕方ないわね。ミフルさま、あなたさまにこの角をお返し致します」


 アストヒクは、ミフルを呪われた神と見下すことはなかった。そればかりか自分よりも格上の存在と認めたように丁寧な対応をした。

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