第47話・派手に行こうぜっ


 イディア公国に着くと、御触書が出回っていた。それにはいままでの大公は汚職に横領、さらには前大公夫妻の殺害容疑で捕らわれ、高位貴族や、宰相、将軍の総意を持って大公を退任させられる事が決まったということ、そして新大公には、亡くなったと思われていた、レコウティア嬢が生きており、彼女がその座に就くことが正式に決まったと書かれていた。


「大公が汚職、横領ですって。大公は反大公派に捕らわれているとあなたは言っていたけど、これは反大公派のでっち上げなの?」

「いや、なんとも言えない」


 アイギス公子としては父親を信じたい所だが、父親がコルビンやその母親に対しての所業などから、自分が信じていたとおりの人間ではなかったことを知ってしまったので、反大公派が出した御触書が全部嘘だとは思えなかったのだ。


「これではわたし達の方が遙かに不利ね。あちらの思惑に乗せられてしまうようで癪に障るわ」


 例え大公の性格に問題があろうとも、帝国側としては反大公派の手から逃れてきた公子を保護して、公子の要請を受けてその父親を救いに来たという名目で乗り込む予定であったので、ここまで大公の不評が広まっているとなると、嫌われ者の大公を救うことで、今度は帝国側が大きく非難されることにもなりかねない。


 どうしたものか? と、思っているヴィナールに背後から声が上がった。


「そう悩むこともないだろう? 簡単なことだ。帝国の海軍兵関係なく、乗り込めばいいんじゃないか?」

「お父さま。いつのまに?」

「港に行ったら丁度、この船が出る所だったから乗り込んだ」


 いきなり父親のヴァハグンが現れて、ヴィナールは驚いた。しかもヴァハグンは、モコを床に何度も叩き付けて片手ドリブルを楽しんでいる。


「ちょっと。お父さま、モコに何しているのよっ」


 父親の手からモコをもぎ取りヴィナールが憤る。モコはヴィナールの胸元に顔を埋めた。


「いやあ、よく弾むなと思ってな」

「酷いわ。こんなにも可愛いモコを痛めつけるなんて」

「痛めつけてなどいないぞ。遊んでいただけだ」

「嘘つけ」


 酷いな、ヴィヴィ。パパは嘘などつかないぞ。と、ヴァハグンは悲しそうな振りをした。大の大人が見苦しい。


「信じてくれないのかい? ヴィヴィ。パパ悲しいぞ」

「ハイハイ。ところでさっき言っていた海軍兵関係なくと、言うのはどういうこと?」


 ヴィナールが父親の発言を追及しようとしたら、ヴァハグンは娘の側にいた男に気がついた。


「それはさ、おや、きみはアイギスじゃないか?」

「……お久しぶりです」


 アイギスが苦笑を浮かべる。ヴァハグンは態度を豹変させ「おいっ」と、彼に凄んだ。


「ヴィヴィと婚約解消したらしいな。どうしてヴィヴィを振ったんだ? そっちからどうしてもって言うから嫌々ヴィヴィを婚約させたんだぞ。陛下にも散々頭を下げられて、仕方なく認めてやったと言うのに、これはどういうことだ? あの阿婆擦れがそんなに良かったのか?」

「お父さま。それはもう終わったことだから。止めて」

「いや、俺の気が済まない。こいつとは約束したんだ。ヴィヴィを泣かせないとな。男同士の約束を忘れたのか? アイギス?」

「申し訳ありません。私はコブリナに惹かれてヴィヴィとの婚約破棄を望みました。男の約束を忘れていました」

「歯を食いしばれ。アイギス」


 ヴァハグンは利き手で拳を作ると、反対側の手でそれを強く押しとどめ、ポキポキと指を鳴らしてから、拳をアイギスの頬に向けて振り下ろした。

 アイギスはヴァハグンに殴られてすっ飛んだ。壁に背を打ち付けて動かなくなる。


「アイギスっ」

「まだまだこんなんじゃ気が済まないぞ。可愛いヴィヴィの傷ついた心の痛みはこんなものじゃない。起き上がれ、アイギス」

「お父さま。止めて。死んじゃうわ」

「ヴィヴィは優しいな。こんなクズ男の身の上を心配するなんて。まだ好きなのか?」

「こんな人、もう好きじゃない。コブリナのお手つきなんて惚れる価値もないでしょう?」

「まあ、その通りだな。あの阿婆擦れは何でも人のものを欲しがるからな。手に入れた後はポイだ。どうせこいつもヴィヴィの許婚だったからちょっかい出しただけで、向こうに行ったら他の男漁りをしていたようだしな」


 薄れゆく意識の中でアイギスは、いい言われようだと思った。でもヴァハグンの怒りはもっともで、いまは後悔しか出てこなかった。

 ヴィナールと婚約したばかりの頃。英雄ヴァハグンから男同士の約束をしようと持ちかけられた。


──ヴィヴィを泣かせるなよ! ヴィヴィを泣かせたら承知しないからな。


 ヴァハグンはアイギスにとって憧れの人だったし、その人の娘との婚約に浮かれていて、当時のアイギスは絶対にそのようなことはしない!と、言い切っていた。

 ところが数年が経ち、英雄との約束を忘れかけていた頃にコブリナに出会ってしまった。そして彼女の儚げな見目と、せつせつと訴えてくる彼女の可哀相な身の上話に同情して守ってあげたいと思った。そしていつしか彼女を支えて生きて行きたいと願い、愛していた。

 それが全て彼女の嘘によって、作られた世界だったとは知らずに。


 皇帝と会った時に、大公やコブリナが囚われの身になっている。彼らを救い出す為に、救援の兵を出してもらえないだろうかと打診した時に渋られたので、つい、感情的になってしまい、


「彼女はあなたの妹では無いのか」


 と、情に訴えようとしたところで、


「あの者は、皇家とは縁も所縁もない娘。先代の陛下の遺言により生かしてきた。母親は娼婦で、父親は誰とも知れない娘だ。本来なら前皇帝を誑かした罪で裁いても良いところを、貴殿がぜひ嫁に欲しいと言ったから、我が国とは縁を切ることを条件で送り出した」


 と、言われてしまった。皇帝は言った。コブリナは帝国にとってとんだお荷物だったと。それを厄介払いできて貴殿には感謝しているが、コブリナとは二度と係わりを持ちたくないのだと。

そこまで言われて、アイギスはようやく目が覚めた思いだった。


「ヴァハグンさま。こいつ、もう気を失っています」

「悪かったな。ヴィヴィ。こんなのをヴィヴィの夫に迎えようとしてしまった。俺の見る目がなかった」

「お父さま。もう終わったことですから。それよりも──」

「みな、用意はいいか?」

「はい。ヴァハグンさま」


 ヴィナールの言葉を遮り、腕組みしたヴァハグンが皆に声をかける。ヴァハグンの目は、丘の上の宮殿に向けられていた。


「じゃあ、いっちょ、派手に行こうぜ。宮殿に向けて砲弾をぶっ放せっ」

「了解!」

「ちょっと。待った──っ」


 誰もヴィナールの制止の声など聞いちゃいなかった。ヴァハグンの指示に生き生きとして従い、イディア公国の宮殿にめがけ、何発も砲弾を撃ち込んだ。


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