第48話・海賊の考えることは良く分からない

 イディア宮殿では砲弾が次々と打ち込まれて、宮殿内にいた者達が、ワー、キャー、言いながら逃げ惑っていた。その中を宰相は新大公のもとへと急いでいた。レコウティアの側には、後見役のマロフ公爵がいる。彼女の身は安心だとは思うが、場合によっては避難してもらった方が良いかもしれないと思っていた。


「失礼致します」

「宰相? これは何が起こっているの?」

「レコウティア殿下。ただ今、何者かが港からこちらに向けて砲弾を撃ち込んできております。詳細を調べる為、将軍が配下の者を連れ、港に向かいました」

「港? 謀反かしら?」

「今のところ、何者の仕業か分かりません」


 執務室には新大公となったレコウティアと、後見役のマロフ公爵がいた。レコウティアは宮殿に打ち込まれた砲弾の音や、衝撃に震えながらも、マロフ公爵が側に付き添っていることでどうにか平静を保っているように思われた。元大公夫人なら気を失っているような場面だ。

 先ほど宰相は、元大公夫妻らの幽閉されている部屋を覗いてきたが、元大公は呆然としていて、夫人の方はと言うと寝台の中で震えていたのを見た。

 二人ともこの先を憂いているようでもあり、ここ数日間でかなり老けたように感じられた。


 新体制は始まったばかり。いきなり砲弾を浴びせられて幸先良い感じはしない。嫌な出だしではあるがこのままにはしておけない。

 マロフ公爵を窺えば、彼は何やら考え事をして言った。


「まさかとは思うが……、これはアイギス元公子の仕業とかでは無いだろうな?」


 アイギス元公子は未だ、行方知れず。彼がもし、誰か頼るとしたらハヤスタン帝国だろうか? 彼の妻は帝国の皇女。その兄である皇帝を頼ったとしたら? 皇帝は皇女との婚姻の際、元大公らと揉めたと聞いている。

 もともとは皇帝の弟であり、英雄として知られるヴァハグン男爵のご息女がアイギスの許婚だった。そこにコブリナが割り込んで二人の仲を裂き、元公子の妻の座におさまった経緯がある。

 ハヤスタン皇帝はそれを快く思ってないとも聞く。例え、アイギス元公子が泣きついたとしても、果たして皇帝は手を貸すだろうか?

 この砲弾を打ち込んできた相手がもしも、帝国だとしたら、アイギス元公子と手を組んでいると考えられる。彼らの狙いは元大公らの奪還。そして大公の返り咲きだろう。マロフ公爵の眉間の皺が深くなる。そこへ港に向かった将軍からの使者が駆けつけて来た。


「申し上げます! 行方知れずだった、元アイギス公子が見付かりました」

「アイギス元公子が? 彼は今までどこに?」

「それがその……、海賊の一味に捕らわれていたようでして……」


 宰相が聞き返すと、急に使者の歯切れが悪くなった。


「海賊? 宵闇の一味なら捕らえたはずでしょう? 確か大公の隠し子だったのよね?」


 レコウティアが怪訝そうに言う。使者は声を張り上げた。


「相手は宵闇の海賊と名乗っております。そしてアイギス公子はこちらで預かっていると」

「つまり彼を人質にしていると? 相手の要求はなに?」

「アイギス元公子を返して欲しければ、力尽くでも取りに来いと。海の上で勝負だと。もしも、公子を見捨てるようならば公都に砲弾を撃ち込むと言って来ています」

「めちゃくちゃな要望ね。普通、そういうのは金銭の要求があるものではないのかしら?」


 元公子を人質に取っているのだから、彼の命と引き換えに金品や物を要求しても良いでしょうにと、レコウティアは首を傾げた。

 普通の悪党ならそれもありだろう。でも彼らは知らない。向こうにはヴァハグンがついていることを。ヴァハグンは娘を裏切ったイディア公国を良く思っていない。完膚なきまでに潰してやろうとのろしをあげたことを。


 ヴィナール配下の者達も、ヴァハグンが「今までの恨み晴らしてくれる。暴れてやろうぜ」と、煽ったことで同調した。今までヴィナールが涙してきたことを知っているだけにいつか仕返しを。と、望んできていたのだ。それがヴァハグンからお許しが出たことで皆、箍が外れていたのだ。

 それを知らないイディア公国側は、海賊の考えることは良く分からないと困惑していた。

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