第44話・厄介な事になりました


 そして帝国に着き、登城して皇帝陛下にアイギスを引き合わせたヴィナールは、自分のすることは終わった。とばかりにさっさと屋敷に帰って、モコに癒やされようと踵を返しかけた時だった。

陛下付きの侍従長に止められた。


「ハイク男爵令嬢。お待ち下さい。あとで陛下よりお言葉がございますので」


 そう簡単には返してもらえないらしい。謁見室の控え室でしばらく待っていると呼ばれた。謁見室には皇帝しかいなかった。アイギス公子は侍従によって、他の部屋に連れて行かれたらしい。


「ヴィナール・ハイク少将。貴殿にはイディア公国に向かってもらいたい」

「……!」

「名目上は、イディア公国に救援としてそなた達を送ることにする」


 つまりヴィナールと愉快な仲間達と共に、囚われのイディア大公を救ってこいと言うこと? と、首を傾げかけたところに皇帝が囁く。


「イディア公国に軍事介入する機会だ。この際、徹底的にやって構わない」

「陛下。あの国を乗っ取れと?」

「あの大公には以前から思うところがあった。おまえとの婚約解消にしても謝罪の一つもなかった。なし崩しにされてきた。なあに、慰謝料がわりにあの国をもらっても安いものだろう?」

「真相を知ったなら公子が嘆きますね」

「こちらを頼ろうとした公子が悪い。3年前の一件で我の顔を潰しておいて、よくのうのうと助けを求めてこられたものだ。おかしいだろう?」

「コブリナが陛下の妹だから助けてくれると思ったのでは? コブリナは宮殿に残っていたようですから」

「あの男も馬鹿な男だ。父親と嫁が懇ろな仲になっていたのを知らなかったのだからな」

「えっ? 嘘? 初耳です」


 わたしも知らなかった。と、ヴィナールが言えば、皇帝は苦笑いを浮かべた。


「影が知らせてきた。あの男にも教えてやったがな。これで目が覚めたようだ」


 アイギス公子はいままで、コブリナの不貞の噂が流れようと信じて来なかったようだが、皇帝からも言われて信じるしかなくなったようだ。


「アイギス公子もそれは相当なショックを受けたでしょうね? 節操のないコブリナのことを盲目的に信じていたようですから」


 恋とは怖い物だとヴィナールは思った。正常な判断を失わせてしまうらしい。サイガあたりが恋ははやり病のようなものだと言っていた気がする。恋とはとんだ病だと思ってしまう。そのせいでアイギスは国や、公子という立場を失いそうになっているのに気がついているだろうか?


「コブリナは傾国ですね」

「単なる阿婆擦れの間違いだろう? 母親にそっくりだろうが」

「コブリナの母に一度もお会いしたことはありません。儚く亡くなられたとは聞いておりますが」

「ヴィナールは知らなかったか? コブリナの母親は高級娼婦だった。先代皇帝が身請けして後宮に入れた。その為、コブリナが皇帝の娘だったかも疑わしい。その時にはすでに妊娠していたからな。コブリナの母はお腹の子は皇帝の子だと言い張って、それを前皇帝も疑ってなかったが、我やヴァハグンは疑っていた」


 素行からしてあの娘は、皇家の娘らしくないと陛下は言った。


「父親が誰とも知れぬ娘だ。前皇帝の遺言によって一応、皇女として置いてやったが、いまはイディア公子の妻だ。もう我らとは縁が切れた。もう少し、本人に可愛げがあれば妹として助けてやったかも知れないが」


 皇帝が深くため息を漏らす。


「あれは生かしておいても後々の為にはならぬ。我らにとって害になるようならば切り捨てろ。余が許可する」

「はっ」

「ではさっそくイディア公国に向かうように」

「畏まりました」


 皇帝はコブリナを捨てることに躊躇いはなかった。アイギス公子を連れてイディア公国に乗り込むことになり、ヴィナールはあの公子を連れてくるんじゃなかったと後悔した。


「だから言ったではないですか?」


 控え室に戻ってくると、そこで待っていたクルズは大体の事を察したようだ。開口一番に言ってくる。


「そうね。わたしの見通しが甘かったわ。陛下が話を聞くだけでは済まないってことを忘れていた」

「いつも深く考えないで、何でも引き受けてしまうのはヴィヴィの悪い癖ですよ。一体、陛下の話は何だったのですか?」

「アイギス公子を連れてあちらの宮殿に乗り込むことになったわ」

「いよいよ、あちらの国を乗っ取るのですか?」

「さすがクルズね。それだけで理解してしまうのだから」

「まあ、サイガらは張り切って乗り込むでしょうよ。やり返すチャンスですからね。それを陛下も狙っての事でしょうし」

「やり返す?」

「まあ、ヴィヴィは黙って指揮していればいいですよ。後は我々がやります」

「危ないことは止めてよね」


 ヴィナールは嫌な予感がした。彼らが妙にやる気を出す時は碌なことにならない。それに相手方にはあのアランがいる。先が読めない争いに突入しそうだ。


「わたしだけじゃ収拾つかないわ。どうしよう?」


 不安に駆られるヴィナールの脳裏に浮かんだのは、認めたくはないけど、やっぱりあの男だった。


「こんな時ぐらい役に立ってもらおうじゃないの」


 ヴィナールは、ほの暗い笑みを浮かべた。しかし、彼女は忘れていた。あの男が自分の手に負える存在では無いことを。規格外の男は、常識外れの行動しか取らないって事を。その事を良く理解していたのは皇帝だけだと言うことも、後で嫌と言うほど知るのである。

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