2、若い女性店員が一人しかいない店に、 春菜達を筆頭に次々と人が入ったためだろうか?
若い女性店員が一人しかいない店に、
春菜達を筆頭に次々と人が入ったためだろうか?
料理が来るのが遅い。
時々意味ありげに眉根を寄せながら、
繊細な睫毛をしきりに動かしている。
さかんに瞬きをする隆さんを見て、
春菜はなんだか、
はらはらしだした。
眉間の皺がよりくっきりしだしたのに慌て、
春菜が店員さんを呼ぼうと席を立とうとする。
やっと店員の女の子がやってきて、
ごめんなさい、
もうしばらくお待ちください、
と謝った。
隆さんがかっと
「君、来るのがあまりに遅すぎないか!
この店は雑誌に宣伝するのばかり熱心で、
店員の教育はろくにしていないんじゃないか?」
と女の子に土砂降りの雨のように怒鳴りつけている。
女の子は眉をハの字にして、
今にも泣き出さんばかりの表情で、
何度も頭を下げている。
隆さんの打ち付ける雨のような怒鳴り声の合間から、
申し訳ありません、
ごめんなさい、
という声がかすかに聞こえる。
「まったく気のきかない、
ここの経営者は誰だろう?
クレームいれとこうかな?
春菜ちゃんを待たせたりして!」
と言いながら春菜の方を振り向いた隆さんはいつもどおりの笑顔だった。
おだやかな光を放つ瞳が優しそうに春菜を見つめている。
結婚を前提に付き合いだしたのだから、
話は早い。
いつ頃お互いの両親に挨拶に行こうか?
とか今日あたり指輪を見に行こうか?とか、
新婚旅行はパタゴニアなんてどうかな?
昨日テレビの特集でやっていて良さそうだと思ったんだ、
とか春菜はそんな話を聞いて、
たちまち夢見心地になった。
隆さんがパタゴニアってこんな所だよ、
とスマートフォンで検索して春菜に見せていた時だった。
隆さんのスマートフォンがぶるぶるゆれながら、
オルゴール調のシャ乱Qの『ズルい女』を奏でだす。
隆さんのスマートフォン画面が黒くなり、
電話マークの下には白い字で「はげ社長」と書かれている。
隆さんはアクション映画のヒーローのように眉をぎゅっと素敵にしかめ、
チット小気味よく舌打ちをすると、
ちょっとごめん、
と電話を取った。
「ああ、田中社長……
いえどうぞお気遣いなく」
と電話の相手に挨拶しながら隆さんの顔がみるみるにこやかに変わっていく。
「え?
本当ですか?
なんてありがたい!
本当にありがとうございます!
いやあ、どうか気になさらないでください。
たいした相手じゃありませんから」
と満面の笑みで、
電話を耳に当てながら、
起き上がり小法師みたいに、
何度も何度もお辞儀をしている。
長い電話である。
少なくとも十篇ずつはお礼の言葉と体を気遣う言葉と、
またお食事しましょう、
と言うのを聞いた。
ぜひまたお会いしたいものです!
いつでもお電話下さい……
とスマートフォンを耳からはずし、
手のひらに置き、
細く長い指を画面の上でスライドさせた。
隆さんは福助のように愛嬌たっぷりだった顔を、
親の敵にあだ討ちすることを決意した侍のような厳しくもりりしい顔つきに変えると、
スマートフォンを鋭い眼光で睨み、
「このストーカー野郎!」
と叩きつけるようにテーブルに置いた。
「本当にごめんね、
春菜ちゃん、
この人、
日曜日に平気でつまんないことで、
電話かけてきて長話するのだけど、
父の代からお世話になっている人だから、
そう
と謝ってくれたけど春菜はそんなこと、
ちっとも気にならない。
それよりもその後、
「婚約指輪はどんなのがいい?
後で高島屋の一階で見てみようか?」
という話になったので天にも昇る心地になった。
頭の中でウエディングベルが鳴り響いた時だった。
隆さんの電話が電子音の河村隆一の『 Love is… 』を奏でだした。
「ちっ、
今日電話多いなあ」
とスマートフォンの画面に目を向けた隆さんは、
「え?
あいつ何の用だろう?」
と呆然とした顔で受話器もとらずに画面を見つめている。
黒い画面の中央には「遠山かば雄」と書かれていた。
隆さんは電話を取り、
「遠山君、
どうしたの?」
とほがらかに言ったとたん、
目をまん丸くして、
しばらく黙っていたかと思うと、
一瞬顔をにやっとさせた。
その後すぐに神妙な顔になり、
「そうでしたか?
それはご愁傷様でございます。
お母様もどうかあまり気を落とされないように」
としめやかに言った後、
電話を置いた。
ほおっとため息をついた後、
欲しい玩具を買ってもらった子供のような顔で、
歓喜の声をあげた。
「ざまあ!」
どうしたの?
と春菜が尋ねると、
「うん。
いや。
まあいわゆる商売敵で、
子供の頃からの知り合いで、
アメリカ留学帰りが自慢の、
かばみたいな顔した野郎なんだけどね。
商売で失敗して、
昨日、
駅のホームから飛び込んで死んだんだって。
いい気味さ。
俺、
子供の頃、
よくいじめられていたんだ」
と犯人の罪を暴いた少年探偵の様な得意そうな顔で答える。
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